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皇帝が座る大きな椅子が少し高い位置にあり、真ん中には絨毯が敷かれた謁見の間に入ってからしばらく待たされた。その間3人は黙って待っていた。
「皇帝陛下がいらっしゃいます」
ロベール侯爵が先頭に夫人、ディアンヌがさらに少し下がったところで頭を下げた。
数人の歩く足音と椅子に座る音がして皇帝が入ってきたのが分かった。
「ロベール侯爵」
「はい」
父親が顔をあげたが、母親がまだそのままなのでディアンヌもそのままで待っていた。
「夫人は久しいな。そなたがミアの妹か」
「皇帝陛下ありがとうございます。はいディアンヌでございます」
母親がゆっくり顔を上げながらディアンヌの背中に手をあて少し前に押された。一歩前に出たところでスカートの端を持ち再度頭を下げ挨拶をした。そこで皇帝の横にアルベルトが立っているのが見えた。
「ミアとは似てないが大丈夫なのか」
「陛下、ディアンヌは素晴らしいよ。私はずっと側にいたから知っています」
アルベルトがにっこり微笑んで皇帝に答えた。皇帝は横にいるアルベルトを見て小さくため息を吐いた後ディアンヌを見た。
「話を聞いているとは思うが…エリックとミアの事は残念だが、本来こんな事はあってはならない。この騒動の責任はロベール家にもある」
「ここはそなたが誠意をみせ我々に仕える事が1番の解決策であり1番温情ある裁きだと提案した訳だが…」
アルベルトが階段を降りディアンヌのそばまで来て手をとる。
「アルベルト様…」
何を言われるのか分からず身構えていると、ふふっと笑いながらディアンヌの耳元で呟いた。
「みんなの為に君が僕の所に来ればいいんだよ。ミアの後始末は君がするべきだよね」
「!!」
驚いて手を離そうとしても力強く握られており、アルベルトはいつもの笑顔でディアンヌを見ていた。
「陛下。ディアンヌも納得しているからこのまま説明の為抜けていいですか?」
まるで遊びに行くかのように軽く皇帝に尋ねるアルベルトにロベール侯爵が振り向いて声をかける。
「アルベルト様申し訳ございませんが、ディアンヌを皇宮仕えにするつもりはありません」
「は?」
「お父様!」
ロベール侯爵は再度頭を下げたが、ゆっくり顔を上げ皇帝をまっすぐ見る。
「我がロベール家の責任をディアンヌ1人に背負わせる事はしません」
「何?」
アルベルトもロベール侯爵が何を言い出すのかと少し驚いて掴んでいた力が弱くなったのでディアンヌは自分の手を引いてアルベルトから距離をとる。
「ロベール侯爵どうするつもりだ?」
「私は今の職を辞して妻カーラの実家で過ごそうと思っております」
その場にいたロベール侯爵夫妻以外の人達は驚いて空気すら凍ったようだった。
しばらく考え込んでいた皇帝が絞り出すように聞く。
「それは…侯爵を返上すると言うことか?」
「妻は子爵の出になりますのでそうなります」
今ロベール侯爵は司法長官第一補佐として皇宮での仕事もある。いきなり辞められると困る立場で影響も大きい。
実際のところエリックは不貞を働いたが、ミアは性格が悪かっただけである。その責任にロベール侯爵の進退までかける程では無い。
「そこまでロベール侯爵が…」
「いえ婚約のお話を頂いた時にわかっていたものを引き伸ばしてしまった責任はございます。私の責任を娘に擦り付けるつもりはございません」
ロベール侯爵ははっきりと胸を張って答えた。
皇帝は頬杖を付き少し目線を上げ大きく息を吐いた。
「しばし時間を取ろう。すぐの決断でなくても良い」
「父上!!」
「アルベルトも一度下がれ」
「そんなややこしい事しなくてもディアンヌが…」
「アルベルト!下がれ」
グッと言葉につまりながら、はいと引き下がった。
「また知らせる」
皇帝は立ち上がり吐き捨てるように言って出ていった。
残ったアルベルトにディアンヌが近づいて
「アルベルト様、私は宮使いには向いておりません。ご存知かと思いますがあまり出来がよくないので…」
「そんな事関係ないよ。私がディアンヌに側にいて欲しいだけで…なんなら婚約者としてでもいいんだよ」
アルベルトは手を広げディアンヌを受け止めるような仕草をしたが、ディアンヌが首を振ってアルベルトの目を見る。
「私あの計画はやめる事にいたしました。助言頂いていたのに申し訳ございません。私はカール様と…」
アルベルトは顔をディアンヌから逸らし握った手を口にあて唇を噛んでいた。
「聞きたくない…」
震える声で答えそのまま走るように出ていってしまった。
「ディアンヌ計画って何?」
母親が聞いてくるのを笑顔で誤魔化しディアンヌは父親に詰め寄る。
「お父様、先程の話は本当ですか?」
「本当だよ。私はもうこの地から離れてゆっくりしようかと思っているよ」
笑顔で答える父親にかける言葉がなく目に涙が溢れてきた。
「安心しなさい。私たちの爵位が下がってもお前を変わりなく迎え入れてくれるとパルマ公爵は約束してくれた」
「ミアも一緒に連れていくわ。長閑な所で過ごせば何か変わってくれるかもしれないしね」
両親揃ってディアンヌに微笑みかけそれぞれが肩に手を置いた瞬間ディアンヌははボロボロと泣いてしまった。
「お前は何も心配しなくていい。さあ帰ろう」
ロベール侯爵は娘を抱きしめた。




