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第31話

「と、取れないぃ〜」


私は爪先立ちで必死に手を伸ばしていた。

その理由は図書室の本棚にある本を取ろうとしているのだが、取れずに悪戦苦闘していたのだ。


なんでこうなったかと言うと…。

今朝の一件で風ちゃんといじめっ子3人組の和解及び真の友情が芽生えた事で、この件は一件落着!!


…と思われていた。

いや、思っていた。私だけが…。

だが、今まで空気だった奈緒ちゃんのとある一言が私の運命を大きく左右することになったのだ。

その一言とは…


「そう言えばなっちゃん。勉強は大丈夫?週末、補習でしょ?」


その一言で今まで笑顔で絆を深めていった私達を現実へと引き戻した。

そう、入院で私だけが中間テストを休んでいたのだ。


「そうだったぁ〜!!すっかり忘れてたぁ〜!!」

私は絶叫しながら天を仰ぐ。


美月は「あら」と、嬉しそうな顔をする。

香澄は残念と言う面持ちでこちらを見る。

奈緒ちゃんは素っ頓狂な顔をする。

風ちゃんはおろおろしながら、大丈夫?大丈夫だよ!!と慌てながらも励ましてくれる。

だが、約1名は…次元が違った!!


「ご愁傷様…」

両手を合わせた菜々ナナが私に向かって言い放つ。

…そこ!拝むんじゃない、縁起でもない!!

まだ死んでない!!いや、一回死んだけどまだ生きてる!!


「あなた、勉強は?」


「全然やってない…。入院中も補習の事を知らなかったからできなかった」

私が涙目になりながらそう言うと、美月は大きなため息を吐く。


「はぁ、しょうがないわね。今回は私達にも責任があるし、教えてあげるわ」


「そ、そうだよ。私も教えてあげるよ!!学年1位2位の実力を見せてあげる!!ねっ!!」


厳しくも冷静に言う美月と慌てながらも優しく言う風ちゃんを見て、私は…女神と天使がいた!!と、感涙を流す。


「風ぢゃ〜ん、みづきぃ〜ありがど〜!!」

と、二人の手を取る。


…ん?抱きつかないのかって?

それはセクハラ案件に抵触するのでしませんよ?

身体は女の子でも気持ちは男!!コンプライアンスは守ります!!


私達が戯れている様子を見て、一人大きなため息をつく人間が輪の中にいた事に私は気がつかなかった。



「風ちゃん、取れない〜!!椅子使ったらダメ?」


「ダメです!!何事も自分の力で解決しないと!!頑張って!!」

眼鏡をかけた家庭教師モードの風ちゃんが欲しい本が届かない私に向かって言い放つ。その言葉に愕然としながら私は再び手を伸ばす。


「…無駄な時間ね」


「あの子、勉強をする時は色々と無駄に厳しくなるのよ…」


私の無様な様を見ながら、眼鏡をかけた風ちゃんの変わり様に元いじめっ子3人衆もドン引きし、奈緒ちゃんはため息をつく。


…無駄な時間ってわかってるんだったら取ってくれたらいいのに!!あと10cm!!あと10cmが届かない!!


私は自分の身長のなさを恨んだ。

昔の俺なら難なく取れたはずなのに、40cmぐらい縮んだ身体には本棚すらもデカすぎる。


いっそのこと足をかけて登ろうかとすら思ったが、スカートでそれははしたない。

一度諦めて美月に頼もうかと思い、くたびれ体の力を抜く。

すると私の後ろに影ができる。


「これですか、白雪姫?」

私が焦って後ろを振り向くと、加藤君が私の欲しい本を取ってくれていた。

その光景に元いじめっ子3人は羨ましそうな表情をし、奈緒ちゃんはびっくりしていた。


「ありがとう、加藤くん。助かったよ。けど、白雪姫はやめてよね。恥ずかしいから」


どこか秋樹に似た空気を醸し出す加藤くんに私が言うと彼は笑う。


「そう言えば、足の調子はどう?少し大きくなったみたいだけど」


「良くなってきてるよ。姫に言われたとおり、焦らずに筋トレしてるから、少しは力がついた気がするよ」

彼は腕をまくり力瘤を作り、嬉しそうに笑う。

それを見て私も笑う。


「もう少しで練習にも戻れるらしいから、それに備えて今朝からランニングもしてる。だから、姫も練習を見にきてくれると嬉しいな!!」


「うん、がんばってね!!」

照れながら話す加藤くんの初々しい様子を見て、少し羨望の眼差しを送りながら私は最低限のエールを送る。

私は夏姫じゃない、期待させたらかわいそうだ…。


話もそこそこに切り上げて、私たちは別れて5人の待つ席へと加藤くんが取ってくれた本を持って戻る。


そこには待ちくたびれた?と言うか、興味津々と言った表情の友人達が手ぐすねを引いて待っている。


「なっちゃん、どう言うことか説明してくれる?」

まず第一声を上げたのは奈緒ちゃんだった。

その声に元いじめっ子3人も食いつく。


「どう言う事って言われても、どう言うこと?」

私は訳もわからず、聞き返す。


「惚けないの!!確か、加藤くんってこの前ラブレター貰って断ったはずだよね?」

ずいっと顔を近づけて来る奈緒ちゃんに私はたじろぐ。


…近いって!!


「そ、そうだけど…?」


「それなのに、ちゃっかり仲良くなってるじゃん!!付き合ってるの?」


「ちがう、ちがう!!入院の時に偶然会って仲良くなっただけだよ」


「本当にぃ〜?怪しいなぁ!!これみてよ!!」

と言って、彼女の取り出したスマホの画面をずいっと私に見せつける。

そこには少し上目遣いに彼を見上げる私の顔が写っていた。


「この顔!!恋する乙女の顔だよ!!」


「ち、ちがうよ!!」

奈緒ちゃんの言葉に私は全力で否定する。

外から見たらそう見えるかもしれない。


だが、私にはそういった気持ちはさらさらない。

上目遣いは私の背が小さいから仕方がないし、私が思っているのはただの羨望だ。それ以外に他意はない。


「…ただ、羨ましいと思っただけだよ。私みたいに何かに縛られている訳じゃない。やりたい事も、やるべき事もしっかりと持ってるあの子が羨ましいの。…ただそれだけ」

そういうと、みんな黙る。

少なからず、彼女達は私の過去を知っているから私の言葉の意味もわかるはずだ。


過去の俺に縛られ、仮の身体に縛られ、変わった性別に縛られた私に恋沙汰なんて似合わない。

私には残された家族のために生きるという目的以外に私が生きる意味を見いだせていない。

そんな私だからこそ、彼の輝かしい青春の光が私には眩しくて…羨ましい。


「ごめんね、なっちゃん…勉強しよっか」

奈緒ちゃんが遠慮がちに私に謝って来る。


「ううん。大丈夫だよ?ごめんね、奈緒ちゃん。気を使わせて…」

それ以上の質問攻撃はなく沈んだ空気の中、私たちは勉強を再開する。

代わりに家庭教師モードに戻った風ちゃんの執拗な

出題攻撃に私は四苦八苦する。


「夏樹ちゃん、ちーがーう!!何回間違えたら気が済むの!!もう一回!!」


「うぇ〜!!またぁ?」

私は涙目になる。机にへばりつき問題を解く。


「社会に出たらこんなの使わないのにぃ〜!!」


「甘いわ、夏樹ちゃん!!そんな考え、砂糖のシロップ漬けよりあまい!!」

元35歳が15歳に叱られると言う珍事を晒しながら、机にへばりつき問題を解く。


「風ちゃんの鬼ぃ!!ぴえん、ぴえん」


「ぴえんって本当に言う人初めて見た!!」

私が泣き事を言うと、奈緒ちゃんが呆れた表情を浮かべる。


「え、言わないの!?最近の中高生の中では流行ってるって聞いたのに!!」


「流行ってるかもしれないけど、実際に使う人っていないよ!?」


「嘘〜!?」

私は中学生に自然に馴染むために、夜な夜な女子中学生の流行について勉強していた。


だが調べた内容は35歳から見た中学生女子のアナログタイプのイメージであった様で、実際のJCとはちがう様だと私は初めて知り愕然とした。


「そこ、死語は慎む様に!!」


「「はいっ!!」」

風ちゃんの睨みに私達は戦慄を覚えて、縮こまる。

その様子を元いじめっ子3人衆は苦笑いしながら見ていた。


この日分かったことは、中学生になるにあたって調べた内容はアテにならない。調べるくらいなら、自然体で過ごす方がいい事と、風ちゃんに勉強を教えてもらうのは恐ろしいと言う事だった。


…今度からは美月に教えてもらおう

私は心からそう思ったのだった。


後日、補習テストの結果が返ってきた。

どうにか赤点はなかったが、私は心身ともに疲弊してしまったことは言うまでもなかった。

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