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第2話 春樹と夏樹

俺が意識を取り戻して1週間が過ぎた。

その間度々検査を受けたり、医師の往診を受けるなどはあっても、一切説明はされなかった。


ただ看護師が俺の周りに来ては髪をすいていく。

どういう意味かわからなかったが、されるがままになっていた。


身体はと言うとまだ全身の感覚が定かではなく、1週間たってようやく上半身を動かすことができるようになった程度。


あと、声も徐々にだが出るようになってきたが、以前のような低い声では無く、高く柔らかい声が俺の口から発せられていた。


…不思議だ。

声帯がやせ細ったのだろうかと疑ってしまうくらいだった。


俺には今の曜日感覚は無く、数えて8日目の朝、医師が部屋に入ってきた。


「……さん、おはようございます。気分はいかがですか?」と、神妙な口調で話す。


「感覚…ハナイです…が、特に変わらないデス」

 聞き慣れない声が再び俺の口から発せられる


「そうですか…今日は、大事な話があります」

と、いうと、どうぞ!!と言う声をドアの方に向かって言う。


すると、2人の女性と、1人の男性が部屋に入ってきた。1人は40代くらいの男性で、もう1人は30代くらいの女性。もう1人は、俺の知っている顔だった。


間違えようがない、この女性は…俺の嫁だった。少し痩せたように見え、暗い顔をしている。


だが、一緒に入ってきた2人は誰だ?ここは完全無菌室のような所で、個室だ。


なので嫁や、まだ健在の両親、義理の両親が入ってくるのはわかる。だが、それ以外の人が入ってくるのはなぜだろう…と、訝しんでいると、


「夏姫…」


と言いながら嫁じゃない方の女性が俺に近づいて来た。俺にハグをしながら泣いているようだ。


最初は心臓が跳ねたような感覚が襲ったが嫁の目の前で、見知らぬ誰かに泣かれながら抱きつかれた俺は居心地が悪くなる。


「…誰」


いてもたってもいられなくなった俺は抱きついて来た人に問いかけると女性はゆっくりと俺から身体を離して後ずさる。


目には大粒の涙を流し、嗚咽とともに声を上げて泣いている。それを見た男性も、その身体を支えながら泣いている。


一方で、嫁の方も俯いている。


「四季?」


俺は、嫁の名前を呼んだ。すると、彼女はビクっと反応してこちらを見ている。だが、その目には涙が流れている。


「と言う具合です、お三方。手術は成功し、意識は田島さんの旦那様の意識があります」


と、俺の主治医らしき人物が3人に対して何かしらの説明をしている。すると、主治医は俺の方を向いて話し始める。


「田島 春樹さんですね」


「はい…」


「貴方は、3ヶ月前に雑居ビルの放火事件の日に全身に大火傷を負われました。その後、状態は回復せず、貴方は亡くなりました」


と、真剣な表情で主治医は俺に告げる。

俺はそれを聞いて


…何言っているんだ?俺が死んだ?あり得ない、じゃあ今の俺はなんなんだ?田島 春樹は生きているじゃないか?


と、戸惑いが起こる。自分が死んだと俺に言ってくる医者に当の本人はどう答えるべきなんだろ。

室内に蔓延する啜り哭く声が、どうも居心地が悪くなる。


「田島さん、貴方が助けようとした女の子は覚えておられますか?」


「はイ…」


そう、女の子を助けようと必死で火の海を駆け抜けた事は覚えている。だが、俺が目覚めた日に彼女は死んだと伝えられていた。その事に涙を流した事も記憶にある。


…だが、なぜ?


「彼女も、一酸化炭素中毒でお亡くなりになりました」


「はい…」


「このお二方は、彼女のご両親です」

 涙を流し続ける2人は彼女の両親か。

 けど、なぜ…


「ここからは、本当に重要な話になります」


主治医は念を押すように俺に話しかける。


「貴方は、このお二方の娘さん…香川 夏姫さんの身体を頂いて今生きておられます」と言う。


…何をいっているんだ、この人は。


驚愕の事実を突きつけられ、いや、荒唐無稽な話を押し付けられ困惑する俺を置いて主治医は続ける。


「香川 夏姫さんはあの後、心肺停止状態になりましたが、なんとか息を吹き返しました。ですが、そのまま目覚める事なく脳死と言う判定を受けました」


主治医が話すと香川夫妻は堰を切ったように大きな声を上げ泣き出す。


「一方で、全身に大火傷を負った貴方は瀕死状態でしたが、皮膚の移植だけでは間に合わず死を待つのみになっていました。だが、助かる可能性が一つありました。…脳死判定を受けた香川 夏姫さんの身体に貴方の脳を移植する。偶然にも血液型は同じA型でしたので、もしかしたら貴方は助かる可能性があった。その事を彼女のご両親に話すと是非にとの事でしたので万が一の可能性にかけて行い成功したのです」


俺は半分理解できないような状態であったものの、香川 夏姫とご両親が俺を生かしてくれた…と言う事だけは理解ができた。

動きづらい首をゆっくりと動かして彼女のご両親の方を向く。


「…ゴメん…な…サイ…」

いつのまにか出てきた言葉と一緒に俺の…いや、香川 夏姫の身体から大粒の涙が零れる。


それを見た彼女の両親は、泣き噦ったままで話す。


「こちらこそ、娘の為にごめんなさい。火傷を負った自分より先に娘の為に必死に助けを求める姿を見ていたので、可能性があるのならと…死んだ夏姫の身体を提供したんです…よかった…」


と、俺の身体を包み込むように、2人は抱きしめてくる。


彼女の心が…心臓が反応したのかはわからないが、2人に抱きしめられると安心した。

まるで遠い過去のものとなってしまった自分の両親に包まれているかのような、安心感があった。


しばらく泣き続けた俺は、四季の方を向く。

四季にたいしても、香川夫妻同様に謝った。


俺は死んでしまった。俺が死んでから今まで、彼女は一人で息子冬樹を育ててきた。

だから、彼女の涙が俺の心に重くのしかかる。その事やこれからの事、全て含めて謝った。


今は…多くは語れない


"ごめんなさい"を言うだけで精一杯だった。


だが、彼女は涙を流しながら呟くように言う。


「貴方は…私達の誇りよ。助からなかったとしても、その子を必死で守ろうとしたん…だから。貴方が…謝る事は…ないわ…」


最後の方は泣き声とともによく聞こえない。


だが、彼女に迫られ抱きしめられた瞬間に全ては許された気がした。今までは俺より小さかった身体が、大きく包み込んでくる。違和感を感じながら俺はホッと一息をつくことができた。


室内では看護師が泣いている様子が伺える。

そんな中、主治医が語りだす。


「ただ、安心はまだできません。身体との拒否反応が起こる可能性がまだあります。しばらく様子を見て、容態が安定したらリハビリを始めましょう」


その一言を聞いて、俺は気持ちを改めて強く持つ。


亡くなった香川 夏姫の為、この身体を提供してくれた香川夫妻の為、自分の死を一身に背負って行く田島 四季の為…

そして、父が居なくなった息子、冬樹の為、俺は死なない!!…せめて、冬樹が成人するまでは。いや、孫を見るまでは!!


一人、決意を固めながら俺は眠りについたのだった。



…!!

その晩、突然目が覚めて気がついたことがある。


俺が助けようとした女の子、香川 夏姫を抱き抱えて走った感覚を思い出す。


そして、今日の昼に面会した俺の嫁の行動を思い出す。田島 四季は身長が確か160センチ(自称)だ。


だが、今日会った四季はどう考えても今の俺(香川 夏姫)の体をゆうに包み込んでいたのだ。


小さいとからかっていた四季にマウントを取られかねない事態が今後予想される。


…ちくしょー!!この子、ほんとはいくつなん?


ふとした疑問が湧いたので、翌日お見舞いに来た香川 夏樹の母に夏姫の年齢を聞いてみた。


すると夏姫母は笑顔で…

「14歳よ!!」と、笑って答える。


俺はその事実に驚きを隠せなかった。


俺よりも20歳以上歳下で、息子の方が歳が近く、しかも現役中学生。愕然とすると同時に、医療の進歩に感心したのだが…


…あれ?ちょっと待て!!JCの頭の中に入る俺の脳って、どんだけちっさいねん!?


声が出ないから心の中で叫ぶ春樹だった。

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