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社会は真逆

 教師にビンタをされた回数のギネス世界記録があるのなら、僕のクラスの誰かがそうだっただろう。Jリーグが始まってサッカー人気があった頃、バレーボールでサッカーをやっていたら、担任教師が運動場を全速力で走り抜けてきて僕の頬を引っぱたいた。


「バレーボールはサッカーボールじゃない!」

「あべしっ!」


 全く付け入るスキのない正論でぶっ飛ばされた。


 確かに悪いのは僕だ。でもサッカーボールが他のクラスや学年でも人気で無かったから、止む得ずバレーボールでサッカーをしたのだ。


「でも、先生サッカーボールがなくて」

「言い訳するな!」

「ひでぶっ!」


 殴られたショックで嗚咽と涙が出る。


「……ぼ、僕だけじゃなくて皆だって」

「人のせいにするのか!」

「たわばっ!」


 何を言っても恫喝とビンタが当たり前。


「皆、誰がバレーボールでサッカーをやろうと言ったんだ!? ほら言ってみろ!」


 終いには自分の正論を通す為に脅迫めいた同調で、一斉に僕を指すクラスメートにウンザリした。


「やっぱりお前が悪いんじゃないか!」

「ぶべらっ!」


 ボッコボコにされたが殴る必要はないし、バレーボールでサッカーをやった所でキレる必要もない。そもそも、世界のどこぞにいる恵まれない子供が、ボールとも言えないボールでサッカーをやってる写真があったが、あいつらにも教師は同じことをするのか? FIFA公認のサッカーボール以外は認めないと張り倒しに行くのか? 僕たちと彼らを分けるのは差別じゃないか?


 大体、教師には得も損もない。むしろ子供たちが楽しく運動をしていることを喜ぶべきだが、自分の中で許せない事が有れば、「殴れば更生」できるという価値観で数多の子供はぶん殴られていた。


 忘れ物をすれば殴られ、宿題をやってこなければ殴られ、遅刻をすれば殴られ、問題が解けなければ殴られ、テストの点数が悪ければ殴られた。酷い時は廊下に立たされるという意味不明な事もあった。


 殴って更生できるのなら、刑務所の犯罪者を鞭打ちにしろと思っていた。殴られて更生してるなら、この世に犯罪者はいない。社会と学校で行われていることが真逆であり、僕はチョーク塗れの汚い手でぶん殴られる度にそんな疑問を膨らませていた。


 殴って良くなるのはテレビと中国製品だけだ。


 政府は火星人と手を組んで、パパはバブル崩壊でリストラされて、ママは共働きを始めて不倫して、娘はお小遣い欲しさに援助交際して、ガキは格好つけてナイフで人を刺して、教師は正義を信じて暴力を振るい、就職氷河期の平成が幕を開けた。


 そんな平和な日本を背負って立つ、立派な大人にならないといけなかった。



 僕にはその頃、新しくできた友達が一人いた。「たかし」は太っていて喋るのはノロまだったが、雨が降る予報が有れば必ず長靴と傘を持って登校していて、家が数百メートル離れているだけだから何度も助けてもらっていた。


 「たかし」はある日、クラスメートの目ん玉を理科の授業で使うエナメル線で刺した。幸い瞼に刺さっただけで痛みはあったが、大事には至らなかった。「たかし」曰く「向こうが刺せ」と言ったから刺したそうだ。本当かどうかはわからないが、僕は「たかし」の言い分を信じた。あいつは嘘をつけるほど頭が良くなかった。


 馬鹿の良いところは素直なところだ。先入観なしに受け取ってくれて、一緒に笑ってくれる。嘘をつく事もできず、本当のことを言ってしまう。誰かをハメることもできず、自分が泥をかぶってしまうこともある。「たかし」のそういうところが好きだったと思う。でも僕たちは友達をやめた。


「今日、誕生日だから来て欲しい」


 ある日、「たかし」から誘われたことがあった。「たかし」の家で誕生日祝いをするだけ。僕は親に言ったら、簡単なプレゼントを用意してくれた。もう一人「つばさ」も招待されていて、僕と「つばさ」は一緒に「たかし」の家へと行った。僕は家へ上がると「たかし」にさっそく誕生日プレゼント渡したが、「つばさ」は持ってきてなかった。今でも覚えている。「たかし」の年の離れた兄の一言。


「誕生日に来たのに手ぶらかよ」

「……家に置いてあるから今度」


 「つばさ」はそう言って機転を利かせて答えていたが、胡乱げな目で見つめられていた。当日に突然、招待されて来たのに友達を馬鹿にされ、誕生日だからプレゼント持って来いという無神経に気持ち悪さを感じた。


 なんだかすごく居心地が悪くなったし、「たかし」は悪くないのに「たかし」の事まで嫌いになった。


 きっと馬鹿なまま世間の常識だけを手に入れると、「無神経なたかしの兄」のように「無神経のたかし」ができると感じてしまったんだろう。僕は一瞬で「たかし」の将来性を見て「たかし」との距離を開けたんだと思う。


 「たかし」の兄が二階へ行って、誕生日はそのまま静かに始まった。


 出てきたのは「雪見大福」1つ。


「今日、稽古の日だから帰るね」


 僕はすぐに食べ終わるとそう言って帰ってからは、二度と誘われなくなった。


 あれ以来、「雪見大福」はこの世で嫌いな物の1つ。


 僕は卑怯でセコくてどうしよもうないクズなんだろう。


 それでも僕の価値観は僕を正義だと言った。


 「雪見大福」を見ると「たかし」はあのまま大人になったのかな、と思う。


 「つばさ」も相変わらず「雪見大福」を見ると顔をしかめる。

★ギネス世界記録

ビール会社のお偉いさんが狩りに行った時に、鳥の速さ口論になって生まれた本。手に取った事ある人は、あまり多くない。私は本屋のどのコーナーに売ってるのかも知らない。


★無神経

「気の利いたことが言えないなら黙ってろ」と、ママから教わったのなら恐竜並みに鈍くはならない。大抵のおっさんは「無神経」によって人を傷つける。よく人から避けられている、と感じる方は喋りたいのを我慢して、月並みな発言に終始すると良い。貴方の喋りたい事は、相手が聞きたくない事だ。


★教師。

残念なお知らせだが、今そんな奴らが年金を貰っていて、君たちの給与から引かれている。私の幼馴染の「ゆうや」は、金八に感化され、姪によってロリコンに目覚めて教師を目指したらしい。


★殴って良くなるのはテレビと中国製品

ブラウン管テレビ時代、ぶん殴るとテレビの映像が綺麗に映った。叩く事でハンダ付けの甘い線が動いてくっつくから、という理屈らしい。中国製は内部の処理が雑なので、未だに数年で壊れたりもする。通常通りに家電製品を使っていて壊れた場合、大体は中国人の仕業だ。


★雪見大福。

冬限定のアイス。たかしの誕生日が何月何日か忘れたが、雪見大福を食べたのは忘れていない。あれ以来、食べていないし、食べたいとも思わない。誕生日に雪見大福が出てきたのは、あれが最初で最後であり衝撃的だった。「誕生日に雪見大福出されて食ったのは人類初だな」と、今では自己肯定している。


★お誕生日会

地獄。誘われてもなるべく断るようにしている。勿論、自分の誕生日会は絶対にやらない。


★たかし

小学校二年生の時に転校。それ以来、何処で何をしているかは不明。たかしが住んでいた家も取り壊され、別の家が建っている。


★つばさ

突然のお誘いに、親が共働きの為、誕生日プレゼントを用意できなかった。なんやかんやと複雑な家庭で、離婚や再婚と紆余曲折を得て元気にやってる。


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