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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王の彼が言うことには

作者: 和泉 撫子

山なし谷なし。軽ーくお読みいただければ幸いです。

「はっ…、はっ…う、」







あたりには瓦礫が崩れるわずかな音と、2人の荒い息遣いが聞こえるだけだ。




ここまで共に戦ってきた仲間たちは、あちらこちらに倒れたまま、ぴくりとも動かない。さっき捨て身の攻撃を仕掛けた勇者も、次の一撃で首を取られた。

何の魔力も見えないので、きっともう生きてはいないだろう。




私もそろそろ限界が近い。血を流しすぎて足元がふらつく。




敵ももう立っているのは1人。人間にはあり得ない、真っ黒な長い髪に煌めく紫色の目、髪の間から覗く角、赤い唇からのぞく牙。

魔族の王たる彼も、仲間たちの命を賭した攻撃によって、かなりのダメージを負っている。たが、1番攻撃力の高かった勇者はもういない。もう彼にとどめを刺せるのは聖女といわれる私だけだ。



攻撃力のある魔法はほとんど使えないが、私のもつ聖魔力は魔族の魔力を相殺、あるいは傷つけることができる。





しかし人間にしては魔力の多い私も、そろそろ限界がきている。できて中規模魔法一撃というところか。




荒い息や再生しない傷を見て、向こうにも余力が残っていないことを知る。









「さあ、ラストダンスといこう。」







そう言いながら彼が魔力の濃度を上げる。






最後の攻撃で、勇者の手から離れた剣を手に取った。もちろん私の手には重すぎる。だが、この剣に私のありったけの魔力を込めた。勇者の剣は聖剣だ。私の魔力を吸い上げて、多少底上げしてくれる。私の魔力の素であるアイスブルーの瞳が光る。





彼が詠唱をはじめた。それは、彼もこの攻撃で最後にしようとしているということ。

完成される前に走り出し、体に身体強化魔法をかけ、スピードをあげる。瞬間移動で体を左右に振りながらあっという間に近づいた。詠唱がやんだ刹那、彼の前に出て、剣を振り上げる。






「っ!」







その瞬間、彼は全ての防御を捨て、翼を広げるように大きく手を広げた。聖剣が彼の心臓を貫き、消えた。



「くは、…」


ふわりとその手で優しく抱きしめられた。同時に私たちを中心に大きな魔法陣が展開する。それは大きく、見たことがないほど美しい陣だ。






「なにをっ…」





「お前も連れて行く…必ずまた逢おうぞ…」







そういうと、彼は私の首筋にその牙をたてた。つぷりとその牙が肌を破った瞬間背中を駆け上った感覚は何だったのか。





「っぁ、ん、」



「ん…」




魔法陣が鮮やかな紅に染まる。その光は徐々に強くなる。










私を抱いたまま牙を引き抜いた彼は、見たことのない幸せそうな顔で笑った。





「次の、生、こそ…」




いっそう眩い光に包まれ、そこでは私の意識は途切れた。

















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー









「桃、おい、桃!!」







はっと目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋だった。






「また嫌な夢、見たのか?」





心配そうに弟が顔を覗き込む。

子どもの頃から時々、痛みや周囲の匂いすらわかるやたらとリアルな夢をみるのだ。




「…うん…もう大丈夫…」






「そう。早く起きてきなよ。午後から入学式だから、母さんもうすぐ美容院予約の時間だって。」








その言葉にがばりと起き上がる。

そうだった!今日は高校の入学式!

慌ててベッドから降りて顔を洗い、少し茶色かかった柔らかい髪をとかしコンタクトを入れてリビングへ行く。先ほどの夢はもう、記憶から消えていた。

リビングに降りると、入学式のために珍しく仕事を休んでくれた父と、慌ただしく準備をしている母がいた。大企業ではないが、企業の社長をしている父はなかなか休みがないのだ。










「おはよう!」



「おはよう。早くご飯食べて頂戴。お母さんそろそろ行くから。(いつき)ありがとね。」




「桃、寝相悪すぎ。」



「桃、片付けは自分でやってね。」



「はーい。樹うるさいよー!」





あらかた指示を出すと、母はそのまま出かけていった。

今日は私と双子の弟、樹の高校の入学式だ。学費だけでなく、それなりの偏差値も求められる私立光鳳(こうおう)学園に入れたのは、樹との勉強合宿の成果だ。







食事を終えて持ち物を確認し、届いてからまだ着たことのない制服に袖を通す。同じく着替えた樹と一緒に父に写真をとってもらい、友達と無料通話アプリでそれをやり取りする。




あっという間に時間が来て、家族で車に乗り込むと学校へと向かった。





高等部からの外部生は基本的に優秀なため、特進クラスになるらしく、樹はS1クラス、私はS2クラスになった。しばらく教室で待っていると、上級生が来て、講堂に案内された。退屈な校長先生の話を聞きながしていると、生徒会長あいさつになった。


会長が壇上に上がると小さく歓声が起きた。真っ黒い髪に濃茶の瞳の美丈夫だ。日本人にしては彫りの深い顔をしている。


彼が話しているのを、まるでテレビの中のようにみていた。
















入学してからしばらく経ち、学校や授業にも慣れてきた。友達もできた。部活は悩んだが、授業についていけなくなると困るので、入らないことにした。もしやりたくなれば途中入部でいい。



今日は樹と一緒に校内の図書館で勉強をしていた。しばらく無言で勉強し、集中が切れたところで帰ることになった。2人で校舎の方へ歩いて行く。すると、正面から入学式で見た生徒会のメンバーが歩いてきた。5メートルほどの距離で、ずっと副会長と話していた会長の目が、私と合う。




会長の足が止まった。私の足も止まる。




「桃?」

隆臣(たかおみ)?」




会長の口角が上がる。でも目が全く笑っていない。むしろ瞳孔が開いているように見える。あの顔を私は知っている。いや、あの表情を知っている。

私の足が一歩後ろに下がる。



「あ…」



喘ぎのような小さな声が私の口から漏れた。




「見つけた」




もう一歩下がる。




「な、長生きさせてぇーーーーーー!!!」




凶悪な顔で笑った彼が、一歩踏み出そうとしたのを見て、私は耐えきれず、すべての荷物を教室に置いたまま、校門から飛び出して家に逃げ帰った。




すぐさま追おうとした彼を、タックルの要領で引き止めてくれた弟には感謝しかない。




そのままその日は樹になにを聞かれても答えず、部屋に篭った。







次の日以降、私は休み時間のたびに女子トイレに篭り、ホームルームが終わると同時に教室から飛び出すのが日課になった。





「でさ、その時のまるで抱き合うかのような成瀬様と樹くんの姿が、一部のお姉様方の性癖に突き刺さって、次々と薄い本が出来上がってるわけ。」



「全然嬉しくない」



「しかも、みなさんお金持ちだからなかなか本格的よ?」



「だから最近上級生からの視線が刺さるのか…」



「邪な視線ね」



「ごめんね、樹…」




あの日から、あちこち場所を変えてお弁当を食べている。樹と友達の赤羽美香もいっしょだ。



「桃のせいじゃないから。」



「そうそう。楽しんでるんだからいいのよ。」



「楽しんでるのは美香でしょ。」



そう言って3人で笑い合う。2人に事情は話していないが、感じるところがあるらしく、ありがたいことにあまり詮索せずに付き合ってくれている。



とにかく私の目標は天寿を全うすること!殺されるのはごめんよ!そう決意を新たにした。












その日はいつもいっしょに帰ってくれる樹が、先生から呼び出されて1人で帰ることになっていた。



周りに十分注意をしながら校門を出る。



校門を出て歩き出すとほ、っと息が漏れた。少し早足で歩き出す。すると、後ろから来た車が私の少し前で停まった。お金持ちの学校なので、車で送迎される生徒も多いため特に気にせず歩く。隣に来たところで、突然車のドアが開いて、中に引き摺り込まれた。






「つかまえた」




腕を掴んで引きずり込んだのは、生徒会長だった。




「ひっ…」



喉の奥で悲鳴が漏れる。




「失礼な奴だ。」



そういうと、がしりと私の肩を抱き込み、逃げられないようにされたまま、私は車で連れて行かれた。





しばらく走ると大きなお屋敷の前で降ろされた。逃亡防止に手首は掴まれたままだ。




「おかえりなさいませ。」



そう言ってきた執事?のような人に適当に返事をして、2階に連れて行かれる。





「ここは…?」




入った部屋はベッドと机と本棚があるだけのシンプルな部屋だった。




「俺の部屋。」




「えっ?!」




そういうと、抱え上げられ、ベッドに下された。








「なぁ、覚えているんだろ?」





腕の中に閉じ込められ、いままでになく優しい声で聞かれた。逃げる場所もなく、つい、コクリと小さくうなづいた。




「生まれ変わったら俺たちは必ず巡り逢う。流石にすべての記憶は持っていけないがな。」




あの時の魔法陣はそのためのものだったのか。

彼の指が、すっと私の髪を流し、首の後ろにふれた。そこには私が生まれた時からついている、小さな花のような形のアザが2つある。かつて彼の牙が入ったところだった。



そこに唇を押し当てられる。




「ここに、ん…目印もつけておいたから…すぐ、わかる…」




あの時と同じように、抱きしめられ首に頭を埋められる。今の彼には牙がない。その代わり、アザのあるあたりをちゅくりと吸われた。



「っあ」



ちゅ、ちゅ、と何度も吸われる。くすぐったいようなむず痒いような不思議な感覚だ。



耳をパクリと食まれ、くちゅりと吸われる。
















「言っただろう?『次の生こそ愛し合おう』と。もう邪魔するものは何もない。心ゆくまで愛しあおう。」




とろりととろけそうな笑みで、元魔王は私にキスをした。













結局彼の腕から解放されたのは次の日で、それも朦朧とした中婚姻届にサインさせられ、私の16歳の誕生日に出すことに同意させられた後だった。その後、家族に会えたのは一週間後で、その時にはすべての根回しが終わっていたのだ。











「生まれ変わって、聖女を見つけたら、次こそ誰にもさらわれないように、全力でがんじがらめにしようと思った。」



と、彼は悪びれることなく言った。




そう。まだ魔王でも聖女でもない頃にした小さな約束。










『ずっといっしょだよ』

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