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忘れがたき後悔の地

現代、短編ややファンタジーです。

よろしければお付き合い下さい。


 未練と後悔とは同じ物な様であり、同時に全く別であるとも言える。

 表裏一体であるにもかかわらず、それが指し示す未来は全く異なる。


 未練であるならば、まだ足掻く事が出来る。

 諦めたくない為の何かがそこにあり、そしてその為に動く事が、考える事が許されるからだ。


 だが、未練が後悔となってしまえばもうどうしようもない。

 それが取返しのつく内容であればまだマシなのだが、大体の場合後悔している時は手遅れとしか言いようがない状態であり、はっきり言ってしまえば後悔している時点で既に話はエンディングを迎えている。


 未練はまだ前を向いている。

 ネガティブで、どうしようもないければそれでもまだ生きている。


 だが、後悔は違う。

 それはもう終わった後にする事であり、前でなく向いている方角は深い地の底。


 黄泉戸喫を行い二度と現世には戻れなくなった様な、そんな状態。


 つまるところ、後悔というものには建設的な内容は一切含まれず、心情的な意味で考えてもどうしようもない。

 終わりのない終着点であるという事だ。


 そしてここに未練が後悔に変わり……その後悔を理由に電車に搭乗した者がいた。


 男の名前は周防丈(すおうたける)

 実家が神社の次男坊で現在二十歳。

 宗教系とは何ら関わりのない一般的な大学に通う、特に変わった事もない普通の男子学生である。


「おや。一人かい?」

 唐突に電車の中で話しかけられ、周防はちらっと顔を横に向ける。

 そこにはいかにも人の良さそうな老婆がニコニコした顔でこちらを見ていた。

 周防は軽く会釈をし、うすっぺらい笑顔を顔に貼りつけた。

「はい。一人です」

「珍しいねぇ。いえ、若い人が来る事は偶にあるけど一人ってのはね。要件を聞いても良いかしら?」

「はい。ちょっとお祭りに」

 その言葉に老婆は少しだけ驚いた様子を見せた。

「まあまあ。お祭りと言っても若い人が楽しめる様な物なんてないのよ?」

 心配そうにそう言葉にする老婆に苦笑いを浮かべ、周防は頷いた。

「あ、はい。大丈夫です。知ってますから。俺神社の生まれなんでお手伝いにと」

「まあ! それはごめんなさい。若いのにしっかりしてると思ったけどなるほどねぇ……」

「いえいえ」

「そうね……ええ。私ももう長い事行ってないわねぇ……。一度お布施をしに行ってみましょうかね」

「その時は歓迎しますよ。俺は神楽を踊る訳でもなければ祝詞を奏上するわけでもなく、ただの裏方ですけどね」

「ふふ。まあ行けるかわからないけど行けたら行かせてもらうわ。ごめんねさいね、おばさんの話に付き合わせて。これ、若い人の口に合うかわからないけど」

 そう言って老婆は周防に布でくるまれた四角い大きな箱を手渡した。

 何が入っているのかはわからないが、結構な重さがあった。

「そんな、頂けませんよ」

「良いのよ。それに、出来たら貰って欲しいの。……孫のお家に言ったら美味しい物が沢山あってね、渡せなかったの」

 老婆の悲しそうな顔にノーを突きつける事などただの男子学生である周防には出来ず、首を縦に振る事しか出来なかった。


 老婆が自分の席に戻ってから、周防はその包みを開けてみた。

 その布の中には小さめの、しっかりとした漆塗りの一段重箱が入っていた。

「……え?」

 そりゃあ重いに決まっている。

 箱だけで結構な重さがあるのだから。

 そしてこれだけしっかりとした作りという事は……この箱自体決して安い物と言う訳が……。

 黒く光るその箱を見ながら、周防は冷や汗を掻いた。


「返したら……悲しむよなぁ……」

 かと言って貰うのもアレすぎる。

 悩んだ末、周防は重箱の中身を見て、食べ切れそうなら食べて箱を返すという選択を思いついた。

 洗わず返すのは失礼なのだが、それよりもこのまま箱を持って帰る事の方がより失礼だろう。

 そう思って周防は箱を開け……絶望を体験した。


 中に入っているのはおはぎである。

 それはそれは美味しそうなおはぎであり、都会の人にあげたら珍しさと美味しさで涙を流すであろう位出来の良い、見ただけで絶対に美味しいとわかるようなそんな素晴らしい物だった。

 それは周防が今まで神社のお供え用に専門の職人に頼んだ物と比べてても遜色ないものであり、むしろ味だけで言えばきっと上である。


 ちなみに、田舎の人は良く食べる人が多い。

 農家の人が多いく食べなければ体が保たないからだ。

 つまり何が言いたいのかと言えば……そのおはぎは、恐ろしく大きかった。

 具体的に言えば、握りこぶしより少し小さい位である。


 そのおはぎがお重の中にぎゅうぎゅうになって、おはぎの形が四角くなるほど詰め込まれている。

 これを今周防一人で食べるのは……いや、どんな人でも一日で食べるのは絶対に不可能だった。


「……おばあさん。洗っておきますので……お祭り、来てくださいね……」

 周防はそう祈りながら、おはぎとは思えない重量をした黒い塊を手に取り、思いっきりかぶりついた。

 予想よりも更に旨い。

 その味は、涙が出そうなほど旨かった。




 胃がいっぱいになった周防は電車からの風景に目を向けた。

 その瞬間に、幼い頃の記憶がおぼろげに蘇ってくる。


 これを全く同じ景色を、確かに昔自分は見ていた。

 今とは目線が違うが、それでもその景色は全く同じと言っても良い。

 デジャブに似た感覚を覚えつつ、そののどかな変わり映えしない風景に目を向ける。

 だが、今はその景色がモノクロームに映っていた。


 周防には一つ、大きな未練があった。

 それは良くある、幼い頃に出会った子ともう一度会おうという約束からだ。


 周防が十二歳の時、実家の都合でその田舎に向かい、数日を過ごした。

 そこで、周防は同世代の子達と遊んだ。

 その内の一人に、恥ずかしながらも彼は恋をした。

 それは、遅れて来た初恋だった。


 とは言え幼い彼にそれを告げる勇気などあるわけがなく、あっという間に楽しい時間は過ぎて別れの時が来た。

 そこで周防は、彼女達と再開の約束をした。

 何と言ったのか、誰が言ったか。

 それは覚えていない。

 だが、確かにもう一度会おうと約束したのだ。


 十二歳という時から四年が経過した。

 高校生という多感な時期に回りは恋人をせっせと作り青春を謳歌していた。

 だが、周防だけは誰ともそういう関係にならなかった。


 なれなかったというわけではない。

 ただ、単純に、幼い頃の眩しい記憶が忘れられなかったのだ。


 度し難いほどに女々しく、そして気持ち悪いものだ。

 自分の事ながら学生時代はずっとそう思っていた。


 だが、それでも周防はその気持ちに嘘を付く事はなかった。


 そして彼はこの後、大学に入学する前にもう一度、件の場所に行くチャンスがあった。


 空港なんてあるわけがなく、電車に乗るのすら山を越えなければならない陸の孤島。

 例え日本が沈んでもそこだけは生き残るだろうと言われる様な辺鄙な土地。

 ドが付く田舎を更に鼻で笑う様な昭和臭漂う忘れられた町、城宮町(しろみやちょう)


 そこに行くチャンスはあったのだが、彼は行かなかった。

 より正確に言えば、行く理由がなくなっていたのだ。


 それは良くある話と言えば良くある話だろう。

 そう、子供が亡くなる事なんて……悲劇としてもありふれた話である。


 そしてその悲劇を知った瞬間に、少年の中にあった未練は後悔に変わり、少年は胸に秘めていた情熱の様な感情を全て失った。


 それで話が終われば、まだ良かった。

 良くある悲劇に悲しんだ少年は大人となり、その記憶を忘れ幸せに暮らしました。

 そうなるはずだった。


 だが、そうはならなかった。

 別に追加で悪い事が起きたわけでもないし、少年に何か悪い事が起きたわけもでない。


 ただ単純に、忘れられなかっただけのだ。


 後悔はいつまでもじゅくじゅくと膿んだ傷口の様に痛み、憧れのキャンパスライフを送っても心にかかった()()が晴れない。

 何をしても、どんな時でも胸に棘が刺さった様な気持ちが抜けなかった。

 しかも、その棘は時が経っても癒える事がなく、それどころか痛みが体をより蝕んでいく。


 だから、周防はこの城宮町に戻って来たのだ。

 一切の建設的な理由もなく、何一つ楽しみを持たず、後悔だけを胸に抱えたまま――。




 電車を降りた後の景色を見て、周防は何とも言えない悲しみを抱え込んだ。

 良くテレビなどである『ああ、変わってないなぁ』という気持ちになるかと思ったが、そんな事はなかった。

 と言うよりも、前に来た時は夏であり今回は冬に近い秋である。

 同じ街並みでもその雰囲気は全く異なると言っても良いだろう。


「……そもそも、俺前来たのガキの頃でしかもたった数日だしな」

 そう呟いた後、数年後には今の自分もガキだったと思うのだろうなと思い、何とも言えないノスタルジィを感じつつ周防はバス亭を探した。


 田舎のバスという物は本当に恐ろしい。

 一時間に一本?

 そんな次元ではない。

 一日に二本である。

 朝の七時と夜の六時。

 これ以外にバスは出ていない。


 その為周防もバスに乗る事は出来ないのだが……何事も例外は存在する。

 具体的に言えば、土日を除いた祝日だけ、昼の一時にもバスが出るのだ。

 幸いな事にお昼は爆弾おはぎで腹が膨れた為いらず、時間には余裕があった。

 周防はゆったりとした気持ちでバス停を探した。


 ……結局見つかったのは一時間後、ギリギリの十二時五十五分だった。

 田舎の不便さを舐めていた周防はおはぎをくれた老婆に心から感謝した。


 電車を降りた後バスで峠を三つ越え、その後に徒歩で三時間。

 そこが目的地である城宮町である。

 ちなみに予定ではタクシーに乗る予定だったのだが、タクシーが来る気配がなく徒歩で移動せざるを得なかった。


「……きっちぃ」

 冷たい風が運動により火照る体に吹き付ける。

 それは決して気持ちの良いものではなく、むしろ無理やり冷やされたり無理やり温められたりと良くわからない苦しさがそこにはあった。

 もう少し風が暖かかったら、またはもう少し道が快適で疲れが少なければこんな苦しみを味わう事はなかっただろう。


「怨むぞ……タクシーの見当たらない事……いや、後悔を捨てられない俺……」

 そう呟いた後、目的の神社を目指し足を運んだ。




「……子供の記憶って、当てにならねぇなぁ」

 周防は小鹿の様に震える足のままそうぽつりと呟いた。

 迷ったわけではない。

 むしろ、思った以上にあっさりと目的の場所に到着する事が出来た。

 ただ、子供の頃と印象が全然違うだけである。


 子供の頃は、ちょっと高い位置にある大きな神社というイメージだったが……今見たら全然違う。

 めちゃくちゃ高い位置にあり、数百段という恐ろしく長い石階段が周防の前に立ちふさがっていた。


 子供の頃はこれをちょっと疲れるで登れていた辺り、過去の自分を褒めたくなった。

「……エスカレーターとか……あるわけないか」

 階段が自動で動く事を切に望みつつ、体力的にも心情的にも重たいその足を必死に振り絞り一歩ずつ前に出し続けた。




「すまんのう周防んとこの。わざわざ来てもらって。いやまあウチがやるわけにも行かないしかといって町民は最近やり手がいなくてなぁ……」

 長い石階段を上り、挨拶をして部屋に通して貰った後お茶をもらい、一気のみした後おかわりを貰った後、その神社である三常みつね神社の神主はそんな愚痴を放った。


「まあ仕方ないですよ。ええ……この階段ですし……」

「……バイト代とか出した方が良いかやっぱり? 最近の事情は良くわからないんだが、そういうのは厳しいんだろ?」

 八十代である神主がそう言葉にすると周防は首を横に振った。

「いえ。あくまでお手伝いとしてですから。それにお金もらったなんて知られたら父にどやされます」

「そうかい。すまんのぅ。終わったらぱーっと……何が食べたい?」

「肉」

 周防は迷わず即答した。

「よしよし。ステーキでも焼肉でもすき焼きでも何でも用意してやる。何もない田舎だけどな、肉は美味いぞ」

「俄然やる気が出てきました。しっかりとがんばらせていただきます」

 そう言って頭を下げる周防。

 その姿勢は、これまでの人生で最も美しかった。


「にしても……周防んとこのもんが来たのは……えっとひのふの……八年ぶりか。どうして今までこなかったのかな?」

 その言葉に周防は表情を曇らせ、下を向いた。

「……すいません。受け入れるのに時間がかかって」

 その言葉を聞き、神主はバツの悪そうな顔となった。

 狭い町である為、その事件を知らない者は誰もいなかった。


「……すまんかった。そうか。知り合いだったの……じゃあ、墓とかには……」

 その言葉に周防の足が鉛の様に重くなった。

 とてもではないが、それを見に行くのだけは体が拒絶するほど嫌らしい。

「すいません。勇気がなくて……」

 あるがまま、そう答えると神主は申し訳なさそうに頷いた。

「……今日はゆっくり休みなさい。泊まる場所は……うん。ウチで良いかね?」

「宜しいのですか?」

「ああ、もちろんだとも、こんなジジババと一緒で良いなら食事も用意しよう。今日は無理だが明日からはちゃんとがっつりした物を用意させるぞ」

「いえ。お構いなく。どんな食事でもありがたく頂かせていただきます。……終わった後のご馳走は期待していますが」

「はは。当然そうしてくれ。ただし、その分は働いてもらうぞ。じゃ、部屋の方は頼むよ」

 そう神主が言うと奥の方にいた六十代位の女性は微笑みながら頷き、周防の案内を始めた。


 ぴしゃり。


 ふすまが閉められ、一人となった後、神主はぽつりと呟いた。

「……そうか。もう、五年になるのか……。時が立つのは早いもんだ」

 悲しい事件があった。

 心を痛めた者は大勢いた。

 そして今、ここに、傷を癒せない若者がまた一人現れた。

「……順番通りに、行かない世の中よのぅ」

 お迎えを待つ身としてそう呟かずにはいられなかった。




ありがとうございました。

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