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嫌がらせを受けて前世を思い出したので、注意喚起することにしました



 ひゅんという音がした途端、目の前をなにかがかすめ、カツンと硬質な音がした。

 思わず立ち止まってまばたきをひとつ。

 視線を下へ動かすと、敷き詰められた石畳とは違う色合いの石があった。さっきのは、これが落ちてきた音だったのだろう。

 落下による衝撃で欠けてしまった石を取り上げて確認すると、魔力切れとなった魔石だった。

 どうしてこんなところに?


 訝しむ私の耳にクスクスと笑い声が降ってきて、空を仰ぐ。校舎の三階にある窓辺にふたりの女生徒が立っており、こちらを見下ろしている。

 その瞬間、衝撃が走った。空からとてつもない重力で押されたような感覚。

 私はこの状況を、知っている?

 前世でプレイしていた女の子向けシミュレーションゲームで、似たシチュエーションがあったような――


 いやいや待て待て。決めるのは早計だ。

 私は自分の姿を確認する。


 漫画的デザインの制服は、赤茶色を基準にしたブレザータイプ。チェック柄のスカートは膝上丈で、つるりとした膝小僧が覗いている。ガサついた角質まみれのアラサーとは程遠い十代の肌に目を見張る。黒のハイソックスの先に、学校指定っぽい焦げ茶色のローファー。

 うん、学生。


 ポケットに入れてあるコンパクトを取り出すと、内側にはめこまれた鏡に自分の顔を写した。

 肩にかかるピンク色の髪。クリッとした大きな瞳と出合って息を呑む。

 いかにもな「ヒロイン」の姿。


 よりによって主人公とか勘弁して。


 姿形が日本人ではない時点で、これは『転移』ではなく『転生』だろう。

 転生理由は。


「あー……。やっぱ死んだか。そりゃそうだよね」


 思い当たった最後の記憶がよみがえり、命を落としたであろうことを納得する。

 私は地元の土建会社に勤める事務員だったのだが、その日は訪れたお客様の案内に現場に出ていた。


 少人数の職場なので、たまに応援に出ることはあるのでそれはいいんだけど、訪れた客がバカだった。

 どこそこのお偉いさんの親族だという男は、よりにもよってノーヘル半袖で現場に入り、訳知り顔であちこち触って薀蓄うんちくを垂れる。一緒に案内を務めていた主任は愛想笑いを浮かべつつ必死で止めるも、「おまえ入社何年だ」だのとクソみたいなマウントを取ってきて逆ギレする始末。私に対してもセクハラかましまくってきて、「なんでスカートを履いてないんだ、生足を見せろ」とかアホみたいなことを言ってくる、絵に書いたようなクソだった。


 私たちが「さっさと終われ」と祈る中、客の男はついにやらかしたのだ。

 どこをどう触ったのか私にはわからないけど、主任は血相を変えたので相当ヤバイことをやったんだと思う。

 上から落ちてきた砂利。

 自然と見上げた頭上。

 何かが落ちてくる。あれはなんだろうと考えているあいだに迫ってきた視界いっぱいのそれ(・・)に、私はおそらく潰された。




 ぶるりと体が震えた。

 腕をさすった仕草を見てか、上からさらに笑い声が落ちてきて、小声と装った「聞かせるための悪口」が追加される。状況から考えて、犯人は彼女たちだろう。


 私が認識しているゲーム世界だと仮定すれば、舞台はお嬢様学校。隣接する男子校と交流しながら進めていく一風変わった設定だ。

 共学じゃないとは驚愕だけど、海外のパブリックスクールって基本的に男子校だよね。男女入り乱れているほうがむしろ異質。貴族令嬢は家庭教師による自宅学習のはずだけど、それだと物語が始まらないよね。仕方ない。

 ゲームはマルチエンディング方式で、恋愛に邁進するもよし、勉強に猛進してキャリアウーマンを目指すもよしというところも、ちょっと変わっていたと思う。


 挨拶が「ごきげんよう」というハイソなお嬢様学校に通う主人公は、地方の男爵令嬢。領地は取るに足らない場所だったはずだが、山から新しく採掘された鉱石が魔力を良く吸うことがわかった。使い捨てが当たり前だった魔石を、再利用できる充電式魔石として世に出したことで脚光を浴び、一部からは成金貴族と囁かれる立場にある。

 その背景から、土砂や砂利をぶっかけられたことはあるのだが、上から石を落とされたのは初めてだ。

 しかしこれは序の口で、そのうち的当てゲームよろしく石が落ちてくることになるはずだ。


 リーダー格の女生徒は、これまで国内の魔石流通の最大手だった伯爵家のご令嬢で、名はアザリア。我が領地の充電石じゅうでんせきのおかげでだいぶ売り上げが落ちて、それゆえの嫌がらせであることがのちのち作中で語られるんだけど、だからといって石を上から落とすなんて危ないだろう。頭の上に落ちたらどうするんだ。


 私は彼女たちがいる教室へ向かって走り出した。

 窓を乗り越えてショートカット、廊下を走り、階段を一段飛ばしで駆け上がる。

 さすが十代。体が軽い。

 彼女たちがいるはずの教室へ向かうと扉を開ける。

 驚いたことにまだそこに居て、肩で息をする私を奇異の目で見つめた。


「まあ、さすが田舎の出ですのね。とっても足がお速いですこと」

「おかげさまで、体育の科目でも『優良』をいただいておりますわ。アザリアさまは運動が苦手でいらっしゃるのですね、お気の毒に」

「はあ!? 運動が得意だなんて、淑女が聞いて呆れますわ」

「体が丈夫なのは誇るべきことですわよ。貴族社会では次代を育むことが責務と伺っておりますが?」


 病弱な体では出産も難しかろう。この世界の医療がどれだけ進んでいるかわからないけど、現代ですら出産は命がけなのだから。


「それよりも、これはアザリアさまが落とされたのですか?」


 私は手のひらに欠けた魔石を載せて見せつける。するとアザリアは眉をしかめ、ふんとそっぽを向いた。


「なんですの、それ。そのように地面に落ちている石すら拾ってくるだなんて、卑しいものですわね」

「こちらはアザリアさまのご実家が扱っていらっしゃる魔石ではありませんこと?」

「魔石なんて、どれも同じではありませんか」

「いいえ、違います。ペリエ伯爵家の魔石は加工が丁寧で、ケレン味のないことで有名です。こちらの魔石、とても上質なものです」


 業界シェア、ナンバーワンの名は伊達じゃないのだ。

 家柄を盾に取って威張るなら、自社製品のことぐらい把握しておいてほしい。それぐらいの矜持を持て。


「手に取って確認しましたが、刻印が入っておりますわね。なんらかの記念に作られた魔道具にセットされていた、初期ロットの魔石ではないでしょうか。記念品ではよくあることだと聞き及びます」


 成り上がりの魔石屋だからこそ、業界のことはよく調べた。

 ペリエ伯爵家は数代続く魔石屋で、ぽっと出の我が家なんて吹けば飛ぶような存在ではあるが、新しい魔石の形ということで許容され、なんなら共同で製品を作ってみようかという動きすらあるぐらいだ。


 ペリエの魔石を多く扱っている商家もかなりの大手。ハーヴェスト家は爵位こそないものの、そのへんの末端貴族よりもよほど裕福で、社交界にも積極的に顔を出しているとかなんとか。

 跡継ぎは長男なので、次男はみずから会社を立ち上げようとしており、今回の伯爵家とのコラボを言い出したのも彼らしい。子どものころから才覚を発揮していて、まだ二十歳ながら野心家だと評判の若手実業家である。



「……あの、わたくしは、べつになにもしていなくて、アザリアさまがどうしてもっておっしゃって」

「な、なにを言いますの。あなただってマリエが気に入らないって以前から何度も」

「それはアザリアさまが声高におっしゃるから、わたくしたちは伯爵家には逆らえませんし」


 私が考えこんでいると、目の前で仲間割れが始まった。ずっと黙っていた片割れの女子が無関係を主張し、アザリアは食ってかかる。醜い争いだ。もともと仲間でもなんでもなかったのかもしれないけど。

 だが、そんなことはどうでもいい。止めなかったんだから同罪である。


「そちらさまの言い分もわかりますが、殺されかけた私にとって、どちらも犯人ですわよ」

「殺され!? 大袈裟なことを」

「当然でしょう。これが頭の上に落ちていたら、どうなっていたとお思いですか?」

「どうって、たかが石じゃない。しかもこんな小さな」

「こちらの魔石、かなりの硬度がありますわよね。その石がこうして欠けてしまったということは、どれほどの衝撃になるか想像がつかないのですか?」


 子どものちょっとしたイタズラがとんでもない事故を引き起こすことがある。歩道橋の上から物を落として走行中の車のフロントガラスにヒビが入ったとしたら、どうなるか。状況によっては何台もの車を撒きこんだ重大事故になり、多くの命が失われかねない。


「初等科生ならともかく、私たちはもう十七歳です。自分がやったことが他人の命を奪う可能性があることを理解し、行動を起こすべきではありませんの? どう責任を取るおつもりですか」

「責任って」

「アザリアさま、昨年デビューを済ませ、王子殿下とファーストダンスを踊ったのだと自慢――いえ、報告なさっていたではありませんか。私たちの誰よりも早く社交界へ出た。つまり世間で認められた大人になっているわけですから、当然ご自身で賠償責任を負っていただけるということですわよね」

「ばいしょう?」


 アザリアは目を白黒(彼女の瞳は碧眼だけど)させ、隣に立っているモブ令嬢に助けを求めるも、彼女は一歩下がって距離を取った。モブ子さんはアザリア父の部下の娘らしいので、権力に逆らえず巻き込まれたんだろうけど、これも社会勉強だと思って聞いてほしい。お店の信用問題にかかわるとあなたの家もヤバいんだから。


 本人だけではなく親兄弟にも影響が出るであろうことを言うと反論されたけど、他家が起こした問題で発生した悪意ある噂話をひとつも聞いたことがないのかと問い返せば、目が泳いだ。

 そうだよね、むしろあなたが発信源になって、ないことないこと言いまくってましたよね。

 ご令嬢のお茶会は恐ろしい場所です。どこの世界でもスクールカースト上位の女子は怖い。


 同年代ならともかくとして、今の私は中身がアラサー事務員。ひとつ労働災害が起きれば、どれだけのひとが動き、対応に走り、内容によっては公的機関の立ち入りがあり、類似箇所の洗い出しがおこなわれ、改善を指示されたりするのかを身をもって知っているのだ。苦言を呈したくもなるというもの。これは私の優しさだといってもいいだろう。

 断じて前世の死にざまを思い出した、ノーヘル野郎への八つ当たりではないのである。


 あなたの行動ひとつで、この学校の品位が下がり、家格が下がり、世間からは「問題を起こした家」として色眼鏡で見られ、それはぜんぶ今のあなたが気軽におこなった「窓の下に石を落とす」という行為によって引き起こされる未来のひとつ。

 伯爵令嬢だと居丈高に言うのであれば、家に泥を塗るような真似はするべきではない。

 見られる立場であることを自覚し、恥じない行動を取れ。お天道(アポロニア)様は見ているのだ。



 喋り倒したあと、一息ついたタイミングで鐘が鳴った。そろそろ退校しなさいという合図だ。

 すっかり気圧された感のあるアザリアだが、この程度でへこたれるようなタマではないことはわかっている。でも言わないよりマシ。


「今回たまたま大事には至りませんでしたが、あなたの行動ひとつで物理的にも社会的にもひとが死ぬことを心に刻んでおいてくださいませ」


 私は彼女たちに背を向け、教室を出る。

 おっと、別れの挨拶を忘れていた。お嬢様学校の規律は厳しいのだ。教師に見つかったら「きちんとご挨拶を」と言われてしまう。お嬢様も楽じゃないね。


「ではお二方。ご安全に」


 にっこり笑ってそう告げて、私は教室を後にした。

 ごきげんよう、じゃん。

 別れの挨拶を間違えたことに気づいたけど、まあ間違ってはないからいいか。


 ひょんなことから前世を思い出して脳が疲れた。糖分を補給したい。とっておきのお気に入りのスイーツが食べたい。


「あー、ナルセのチーズケーキが食べたい。クルミケーキでもいい」


 地元の洋菓子店が浮かぶ。通勤ルートにあったので、会社帰りによく立ち寄ったものだ。

 雑念を振り払うべく頭を振った私だが、いきなり腕を取られてつんのめった。誰だよ、危ないじゃないか。まったく今日は厄日か。


 今度はいったい誰の嫌がらせだと睨みつけると、視線の先にいたのは男のひとだった。

 たぶん少し年上。二十代前半。

 教師というにはいささか若い気がする。伝統ある王都の女学院というだけあって、恋愛沙汰に発展しそうな若い男性は採用していないと噂で聞いている。

 では誰かの親族だとしても、案内役もなくひとりというのも不審。


「……どなたですの?」

「今、ナルセって言わなかったか? ケーキ食べたいとかなんとか」

「レディの独り言を取り上げるだなんて、紳士失格ではありませんこと?」

「教室で話をしてたの、君じゃないのか? 石を落としたことに対してあれこれ言ってただろう」

「そ、それがどうかいたしまして?」


 ヒートアップしすぎたか。声が教室から漏れていたらしい。

 間違ったことは言ってないと思うけど、十七歳の女子が、同じく十七歳の女子たちにする内容ではなかったかもしれない。


「私の地元は鉱山がありますの。ああいった事故については叩き込まれておりまして、危機意識が足りない方をみてついカッとなってしまいました。お耳汚しを失礼いたしました」


 丁寧に頭を下げてみる。

 どうだ、それっぽいだろう。納得してくれたまえよ、青年。

 すると彼はとんでもないことを言った。


「青野建設工業の石村(いしむら)麻里江(まりえ)さん?」

「は?」


 なんですと? それは私の生前職場じゃないか。


「だよな。そうだよな。俺、俺だよ!」

「いや、そんなオレオレ詐欺みたいに言われても」

「その返し懐かしい! じゃなくて、俺、森川(もりかわ)幸二(こうじ)

「森川主任!?」


 なんですと? パート2。

 あの日、ノーヘル半袖野郎にマウントを取られた気の毒な主任は、前世とは似ても似つかない外国人顔でそこにいた。

 いや、私もたいがいひとのこと言えないビジュアルだけどさ。



     ◇



 場所を移した。校内併設のカフェは、外部からのお客様にも開放されているため、在校生の親族がやってきたときにも利用される施設である。


「まずは、おひさしぶりです、石村さん」

「にわかには信じがたいけど」

「うん、それは俺も。石村さんがこんなコスプレ女子みたいな姿になっているとは」

「それは言わないで! 染めたい。このカラーリングは人類としておかしいと思う……」


 思わず突っ伏して嘆く私に、森川くんは笑った。


「まあ、魔法がある時点で地球の科学とか物理法則とか通じないわけだし、髪がカラフルなのもたいしたことじゃないって思う」

「たいしたことだよ。私は地味に生きたい、主人公とかマジ勘弁」

「ベタなこと言いますけど、誰もが自分という人生の主人公ですよ」

「……森川くんって、わりと真顔でそういうこと言うよねえ」

「悪かったですね」

「悪いなんて言ってないよ」


 むしろそういうところが好きだった。べつに恋愛的な意味ではなくて、人間として。

 若手のホープで、三十歳で主任へ昇格した森川くんは、みっつ年下の後輩社員だったけど、すごくしっかりしてたんだよね。


「ところで森川くんはなぜ女子高に侵入を?」

「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。目的はひとに会うことだったんです」

「誰ですか?」

「今、会ってます」

「へ?」

「マリエ・ドローバーグ。石村さんですよね」

「なぜ私に?」


 すると森川くんは背を正し、穏やかな笑みを浮かべた。


「申し遅れました。私はニルス・ハーヴェスト。新しい魔石開発事業を担当させていただくことになり、王都にいらっしゃるお嬢様方にもご挨拶に伺ったところです」

「ああ、あのハーヴェスト家の次男。え、森川くんだったの?」

「だったんですよ。こっちも、会いにきた相手がずっと気になってたひとだとは……」


 笑みが崩れて泣きそうな表情へ変わる。

 っていうか、ほんとに泣いてない?


「いや、ちょっと大丈夫?」

「だってさ、自分が生まれ直ったらしいことがわかって、地図見たら知らない形してて、地球以外にも人類居たのか、科学じゃなくて魔法が発達した宇宙人もいるのかって思ってさ。なら、以前にはできなかったことをやろうって決めたときに、石村さんのことを思い出したわけですよ」

「まあ、死にざまがアレだったしねえ」

「俺が頼んで、突発で現場案内に付いてもらったのに、あのクソ野郎にセクハラされて、あげくに――」


 森川くんはくちをつぐんだ。机の上に置いた拳が震えている。


「……すげー後悔して。俺のせいで石村さんが事故にあったのに、俺だけ新しい生を満喫してるとか最低じゃないっすか」

「ちなみに森川くんは、いつそういった記憶を?」

「十歳のときに、父親に連れられて木材加工の現場を見に行ったんです。兄貴はもう作業場に連れていってもらってたけど、俺は初めてで、嬉しくて。あちこち動き回っているとき、立てかけてあった角材が倒れてきて。あ、って」


 そこで教えてくれたことによると、あのとき我々の頭上に落ちてきたのは、積んであった木製パレットだったらしい。

 それからは前世で培った知識や経験を基に行動し、親と一緒にいろんな職種に携わり、各現場で働くおっちゃんたちからはずいぶんと可愛がられたそうだ。


 想像つくなあ。森川くん、現場受けがよかったし。いじられつつ可愛がられていた印象が強い。



「気に病ませてごめんね。でも私なんて、普通に呑気に生きてて。自分が新しい世界で生きていることに気づいたの、ぶっちゃけついさっきだよ」

「マジですか」

「だから本当に気にしないで。どんな偶然かわかんないけど、こうしてまた会えて、しかもうちの家と仕事するってことは、これからも会う機会がありそうだし。充電石に関する商品開発とかさ、森川くんとなら楽しくやれそう。だってあれ、充電式乾電池みたいなものじゃない? 森川くん、たしか工業高校卒だよね」

「電気科です。俺、モノ作りの仕事がしたかったんですよね。だから父親にこの仕事を任されたときも嬉しくて。企画書出したら、これは分社化したほうがやりやすいんじゃないかって言われて」


 ついさっきまで悲壮な顔をしていたけど、今は瞳をキラキラさせて楽しそうに話してくれる。うんうん、若者はこうでなくちゃ。


「女子高生がなに言ってるんですか。俺より若いですよ」

「そっか。私、森川くんより年下かあ。タメ口きいてる場合じゃないよね。ニルスさま?」

「……なんか、すっげーもぞもぞする。石村さんに名前呼ばれるとか、やばい」

「私の場合、こっちでもマリエなんだよね」


 たぶん、あのゲームは主人公にデフォルトネームがないせいだろう。自分の名前でプレイするタイプじゃなかったから、適当な外国女性の名前を入れて遊んでたはずだけどなあ。


「ゲーム?」

「あー。言ってなかったっけ。生まれ変わるというだけで非現実的だけど、もっと非現実的なことがあってさ」


 説明すると森川くんは唖然とした顔をして頭を抱えた。わかる、わかるよその気持ち。


「そういう系、読んだことあるから知ってる。森川時代には姉がいたから、女の子向けの作品とか俺も結構好きだったんですよ。それで石村さんはどうしたいんですか?」

「どうって、エンディングのこと?」

「定番なら王子でしょ。たしか殿下は十七歳で、男子校に通ってますよね」

「あー、いるねえ。でも私はいいや」

「……じゃあ、他の攻略対象ですか」

「それもいいや。だって相手、高校生だよ? 体年齢的にはセーフでも、私の意識としてはアウトだよ。べつに無理に恋愛しなきゃいけないゲームでもなかったし、せっかくだからお仕事方面に行こうかなって思ってる」

「そっか、よかった、安心した」

「いや、さすがに高校生相手に恋愛感情は湧かないよ。もともと年下は対象外だったけど、年下通り越して相手はただの子どもじゃん」


 あからさまにホッとされて、ちょっとカチンときた。

 森川くん、キミは私をどういう目で見ているんだ。思い出す前はともかくとして、自覚した今はもう無理でしょ。

 高校卒業してすぐに結婚した同級生は、子どもが高校受験だって話をしていて、眩暈がしたもんだ。時の流れとはつくづく恐ろしい。


「そういう意味じゃなかったんだけど、まあいいや」

「じゃあどういう意味」

「石村さん、覚えておいてくださいね。今の俺は、あなたよりみっつ年上です」

「うん、年齢差が逆転したねえ」

「もう年下じゃないので」


 念押ししてくるので、訊いてみる。


「つまり、淑女としては、年上の男性に対しては丁寧に接しろと。今からでも敬語使ったほうがよろしくて?」

「――石村さんって、やっぱりそういうひとですよね。いいです。石村さんまだ学生だし、長期戦でいきましょう」

「商品開発の話?」

「会社作るの、手伝ってもらえますか?」

「勿論。ついでに卒業後は就職させてもらえたら嬉しいなあ。今度こそ終身雇用がいい」


 高卒で入社して事務員やって、途中退場しちゃった前世。

 思い出した途端に出会った、同じく退場したかつての同僚が起業しようとしているのだ。こんな契機、逃す手はない。狙うはバイトからの正規雇用!

 打算まみれの私の思いを察していないわけではないだろうに、森川くんは晴れやかな笑顔。


「いいですね、是非。ずっとずっと一緒に働いてください」


 熱い眼差しで見つめたうえで手を取られると、さすがにドキドキする。熱烈勧誘されて嬉しいかぎりだ。

 やっぱり森川くんも、日本の記憶を持った人物と会えて嬉しいのだろう。

 おまけに同じ会社にいたから、なにかの作業をするにしても「あのときのアレ」で通じるし。


「今度こそ、死ぬまで一緒に働きましょう」

「それ、受け取り方によっては社畜発言だよ。ブラック企業みたい」


 ゲームの主人公に転生したらしいと気づいたときには胃が痛くなったけど、前世の同僚と再会できたおかげで、これからもなんとか暮らしていけそう。

 私は安堵した。



     ◇



 互いの両親にも話をしたうえで学生時代から秘書よろしく付いてまわって現場に赴き、表立って行動を共にしているうちに、自然と呼び名も今世のものになっていった。

 部下であるはずの私に敬語を使うニルスは、単純に「誰に対しても丁寧なひと」と認識され、顧客の印象は良かったとかなんとか。


 そんなかんじで過ごして、私の卒業を待ってようやく新会社設立。

 いやあ、よかったよかった。これからも頑張ろうね。


 なーんて思っていたら、ニルスのご両親に「それで結婚はいつだね」と訊かれてポカーンとなった。

 茫然とする私に対し、もうすこし会社が落ち着いてからにしようと思ってるんだと普通に返答するニルスを事務所に戻ってから問い詰めると、呆れた顔をして言われた。


「いまさらなに言ってるんですか。マリエさんのご両親にも会いにいったし、うちの両親とも何度も会ってるでしょ」

「それとこれとは話が違わない?」


 だって私の両親へのそれは、未成年がバイトするにあたって保護者へ挨拶するようなもんだろうし、ニルスのご両親は私にとっても「実家の特産品を取り扱ってくれる商社の社長夫妻」なわけで。

 男女交際的なそれとは違うでしょう!


「違わない。俺は最初からそのつもりで声をかけたし、そちらのご両親にもきちんと話をしてる」

「聞いてないし!」

「あのさ、学校に通う成人前の娘を、未婚の若い男と一緒に働かせる親御さん、いると思う?」

「うっ……」


 最高学年にあがると、貴族令嬢たちは嫁ぎ先の話になる。だけどうちの両親は何も言わなくて、それは私がすでにニルスの会社に内々定を得ているから焦っていないだけだと思ってたんだけど、そうじゃなかった? 就職は就職でも、お嫁さん的な就職先だと思ってたってこと?


「嫌ですか? あなたにとって、俺はまだ『かつての年下の同僚』のままですか?」

「……イヤじゃないから困ってるんじゃないのよう」


 恥ずかしさのあまり机に突っ伏してうめいていると、笑い声が降ってくる。


「成果を確実にものにするためには、事前の根回しが重要なんですよ、石村さん」


 ずっと好きでした。

 落ちてきた言葉に、私のこころも撃沈した。




エブリスタ、超妄想コンテスト第181回「○○が落ちてきた」に参加。


上記をテーマに書き始めたお話でした。

ですから、説教かましたあと「ご安全に」と教室を出たところで終了です。

コメディかその他ジャンルで投稿しようと思っていましたが、あまりにも中身がなさすぎたので短編集行きとなり、ならばと思って付け足したのが、以降の部分。

つまり、中盤以降は余談でございます。


この時点でマリエさんはニルスに対して特に何かを思うわけでもない状態。

生前、ひそかに石村さんが好きだった森川くんは、すぐに囲い込みを開始します。やり手の実業家は仕事が丁寧で、狙ったものは逃がしません。


心底どうでもいい情報

立ち上げた会社の名前は「トーハト」です。だって家名がハーヴェストだから。

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