南の島と雪寄せの巫女姫
初出:エブリスタ
飾り付けられた船が本土から滑るようにやってくる。
冬とはいえ明るい日射しの下、ベールを深くかぶった小柄な人物が座しているのが見て取れた。
浜についた船に近づくと、ライムンドは己の妻としてやってきた姫に手を伸べる。
武骨な男の手に重なったのは、たおやかな女性のもの。
これからを思って落としそうになる溜息を飲みこんで告げた。
「ようこそ、パルガン島へ。ムースンの巫女姫よ」
◇
それを耳にしたとき、ライムンドは思わず訊き返してしまった。友人のユゼフは答える。
「だから、スノーティア・ベンティスカ・デー・モンテ・ウォルータエ・ライネ・ムースンだよ」
「なんの呪文だ」
「名前だろ。古代帝国ムースンの末裔。スノーティア・ベンティスカ・デーモンテン・ウォルター・ライネ・ムースン姫」
「さっきと違わないか?」
「知らねーよ」
憮然と突きつけられた書面を受け取ると、渋々目を通す。
王家の印が押されたそれは、もったいぶった言い回しで書かれているが、いま聞かされたことが記されている。
すなわち、隣国との騒動に貢献した褒賞として、パルガン領主へムースンの姫君を妻とする栄誉を与える、と。
王国南部にあるイーリス領、その目と鼻の先にあるのがパルガン島だ。
海流が複雑で橋をかけることも困難なため、本土との行き来はもっぱら船。その船とて大きなものは接岸できないため、十人が乗れる程度のものが主流という、取るに足らない島のはずだった。
それが脚光を浴びてしまったのが、隣国が領海戦争をしかけてきた先日のことである。
海における国境問題は漁獲量に通じる。王国最大の港町イーリスは、ここ数年、隣国からの脅威に晒されていた。ついには武力をもって侵害してきた隣国に応戦したのが、パルガン島の男たちだ。
彼らにとってこの海は生活の場所であり、イーリス領は兄弟よろしくやってきた大切な仲間。なにより、自分たちの商売相手でもある。島民にとって、本土との窓口であるイーリス港は死守しなければならない命綱だ。
その結果、王国から感謝されることとなり、イーリス領の一部とされていたパルガン島は独立領として認められ、あのムースンの姫君が与えられたのである。
「どう思うよ、ユゼフ」
「そりゃ、監視目的だろ」
「だよなあ」
ムースンは、不思議なちからを持っている一族として知られている。彼らは天候を操ることができるのだ。
風を呼び、雨雲を呼ぶ。
そんな奇跡の技を持った一族の末裔は王国北部に居を構え、匿われているし、利用されているともいえる。砂漠の国へ派遣し雨をもたらすのは、我が国が誇る事業のひとつ。
噂によると一族の数は減少傾向で、血を絶やさないために国内貴族との婚姻を進めているのだとか。
一団を率いて勝利に導いたライムンドに姫を嫁がせるのも、その一環のように思えるが、たぶんそうではないのだ。
「国に反旗を翻そうなんて、思っちゃいないんだけどなあ」
「寝首をかかれるかもしれない、わずかな可能性すら怖いんだろ」
「なんでそんな面倒なことをすると思うんだ」
「過去に囚われている臆病者だから?」
かつてパルガン島は流刑地だった。島民はその末裔。
とはいえ、数百年も昔の話だ。本土から嫁いできた者、漂流者など、移民たちが住み着いたことで混血も進んでいる。今は昔というやつなのだが、王家は未だ報復を恐れているきらいがある。当時を知る者など誰もいないのに、ただ歴史だけが横たわり、溝を作っているのだ。
「まあ、いいんじゃないか? 形だけの結婚でいいって匂わせてきてるし、ノルベルト様が領主館に部屋を用意するってさ」
イーリスの若き領主ノルベルトは、公爵家の長男。五年前に父親から管理を任され、領主の座に就いた二十六歳。同い年のライムンドとは幼いころからの知己である。
王家としては、べつにおまえが島の女とよろしくやっててもいいんだよ。ただ、正妻として由緒正しい姫を据えて体裁を整えておきたいんだ。他の領主に恰好がつかないからな。
ざっくばらんに言うと、そういうことらしい。
辺境のちっぽけな島の荒くれ者が「領主」の名を冠すると、たしかに問題はあるだろう。
実際に大将を捕えたのはおまえだからと、島長である父は、領主の座をライムンドに譲った。面倒だからぶん投げたのだ。
こんなことになるのなら、やはり父親を領主にしておくべきだったと思う。その場合、二十歳の姫君を男やもめの後妻にしようなどと思わなかったことだろう。たぶん。
◇
嫌だ嫌だと思っていても王家は手筈を整えている。姫御一行が島へ訪れる日がやってきた。
本土の貴族が纏うような服は島では無用の長物だ。襟を締める服など暑くて着ていられるものではない。
もうこうなったら最初からパルガン流でやらせてもらい、早々に幻滅して島を去っていただき本土で暮らしてもらう、別居スタイルでいこうと決めて、ライムンドは島の正装で対面に臨んだ。
出迎えた姫は目深にベールを被っている。お辞儀をすると青みがかった銀色の髪が零れ落ち、陽光に反射して煌めく。
島の人間は多様な容姿をしているが、ここまで色素の薄い者はいない。ライムンド自身は赤茶けた髪だし、金髪の者も多いが、銀髪は初めて。それだけで異質だ。
場を家に移したのち、結納品が運ばれて積み重なる。こちらが用意した品は島の特産物だが、使者はやんわりと辞退した。
なるほど、下々の物は肌に合わないということらしい。
ますますもって不快感が増した。
これはもう絶対に合わない相手だ。なにしろ当の本人は、さきほどから一切しゃべらない。ずっと顔を伏せ、屋内なのにベールも外さずにいる。
(さすが古代帝国の末裔。御大層なものだな。顔を晒す気もないってことかよ)
使者の男は朗々と告げる。
ムースンの秘儀。大気に満ちるマナを集め、天を動かす神にも等しい御業は、私利私欲のために使うべからず。
御業は体力を使うものである。再びその力を行使するためには回復させなければならない。
回復方法は人によって異なり、他人に見せてはならない。決して知ろうとするな。静養する場所を用意すべし。
この巫女姫は塔に籠って回復に努めていた。似たところを探せ。
なんと面倒な。
動かない姫を見ながら、ライムンドは小さく舌打ちをする。視線を送ると父は欠伸を噛み殺しており、話半分どころか、ほぼ聞いていない。
(くそ親父、丸投げするつもりだな)
膝の上で握った拳に力を入れた。
あとで殴る、ぜってー殴る。
使者の弁を右から左へ流しながら、ライムンドはそれだけを考えていた。
昼食は豪華だったが、それは南部流のご馳走。口に合うかどうかはわからなかったが、受け入れられたらしいことは料理の嵩が減っていくことでわかった。王家の使者ともなれば仕事で全土を巡っており、出されたものを食するマナーを心得ているだけかもしれないが。
ライムンドの隣に座っている姫はといえば、こちらは食が進んでいない。介助役の女性が小皿に盛り、耳許でなにかを囁きながら渡している様子を見ながら、ライムンドは盃を空ける。祝いの場ということで酒が出されているが、昼間に出すもの。度数は低い。
それでも、慣れぬ空気に酔っていたのかもしれない。ライムンドは苛立ってきた。
嫁だというのならば、顔ぐらい見せて然るべきだし、会話ぐらいさせてほしい。
通訳よろしく傍に張り付いていたら、なにも出来ないじゃないか。いや、なにかするわけでもないが。
鬱憤はうっかり口をついて出てしまったらしく、使者の中でも一番偉そうな男がまくし立てた。
「なんと無礼な、こちらにおわすのは偉大なるムースンの――」
「遥か昔、海底に沈んだ国のことなど、どうでもいい。俺が知りたいのは、ここにいる女のことだ」
言い放つと、隣に座っていた女の腕を掴んで立ち上がる。驚くほど細く、枯れ枝のようだ。折ってしまいそうでヒヤリとしたが、注目を浴びているいま、手を放すわけにもいかない。
父と目が合うと、ニヤリと笑って盃を掲げた。
「よいではないか。夫婦となるべく引き合わされた二人だ。年配者として、野暮なことは言うもんじゃないだろう、なあ使者殿よ」
長年、海の荒くれ者を率いてきた男の弁は、茶化したような言葉とは裏腹に威圧的だ。都の文官らしき使者は、気圧されたように黙りこむ。その機を逃さずライムンドは、女の腕を引いて外へ向かう。
抵抗するかと思われた姫は、予想に反し、引かれるままに足を動かし、ライムンドはひとまず丘へ向かうことにした。
◇
島の中心にある山。その中腹にある開けた場所は、島全体を一望できる絶景スポット。
海風が火照った頬を冷ましていくにつれ、頭も冷えてきた。
やんごとないお姫さまには、乱暴な振る舞いだったかもしれない。
普段は、威勢のいい島の女たちを相手にしているぶん、高貴な女性の扱いがわからない。
「悪かったな、連れ出して。あんただって王命で来たんだろうし、この結婚に不本意なのはお互いさまだ。腹を割って話そうじゃないか。言いたいことがあるなら、自分で言えよ」
「よろしいのでしょうか」
初めて発した声は、澄んだ鈴の音のようだった。
キンキンわめく女たちとは異なる声色にライムンドの身体は震え、ベールを外した彼女の美しさに目を見張り、続いて発した言葉に衝撃を受けた。
「もう、疲れたー! あれもダメこれもダメって、そんな取り繕ったって意味ないと思いません? 貴女は口を開かなければそれなりに見えるから婚家では黙っていなさいって言うんだけど、もう息が詰まるったらないわよ。嘘なんてバレるに決まってるじゃない。ほんと考えの底が浅いわ。ねえ?」
言葉尻で問われたが、ライムンドは肯定も否定もできない。
見目麗しい姫君が島の女顔負けの口調でペチャクチャと喋っている図は、なんというか騙し絵のようだ。
沈黙を同意とみなしたのか、姫は腕組みをして、うんうんと頷く。
「だけど、あのおじさん。ほら、一番偉そうにしてたひと。あの方は、わたしをなんとか押しつけて帰りたがっているんだけど、さっきのは痛快だったわね。長さま、カッコよかったわ」
「……生憎だが、あの男は『惚れた女は一人だけだ』と公言してはばからない。亡くなった母以外は寄せ付けない奴だぞ」
「ますます素敵。奥さまが羨ましい」
いや、なんの話をしているのか。
はたと我に返り、ライムンドは姫を眺める。
風に吹かれる銀糸の髪。色白の肌に映える澄んだ碧眼。ライムンドの胸元までしかない背丈。手足は細く、華奢な体格。
しかし、顔を上げて話すさまは生気に満ち溢れている。
「貴方がパルガン領主のライムンドさま。わたしの夫に選ばれてしまった気の毒な方ですね」
「気の毒とはどういう意味だ」
「さっき不本意っておっしゃったでしょう? だからわたし、安心したんです。期待されていないことがわかって」
「期待?」
「ムースンの奇跡をご覧になったことは?」
「ガキのころ、一度」
話の主導権は完全に相手に移っているが、ライムンドは答えるしかない。
「イーリス港が増築され新しい船も造られて、式典が行われた。そのとき、ムースンの巫女姫が呼ばれていた」
巫女は港に作られた舞台の上に立ち、歌をうたった。
歌声は風を呼び、その風に乗って集まった人びとの耳に届く。港には入り切れず、遠くから見守っている群衆たちの耳にすら歌声は届いたという。
風は海を渡り、沖に停泊させていた小舟に届き、帆が風をはらんで動きはじめる。
自在に風を操り、複数の舟がそれを受けて進むさまは魔法のようだったことを覚えている。
「もう一人の巫女は小雨を降らせて、風の巫女が雨雲を晴らして虹がかかったときは、皆が騒いだな」
「あらまあ、かなり派手なものをご覧になってしまったのですね。しかも子どものころ。これは痛いです」
「何が痛いんだ」
「思い出補正というやつです。それを上回るのは至難の業。これはますますもって不成婚という形にしなければなりませんね。頑張りましょう」
「おまえ、さっきからなに言ってんだよ」
「かなり残念なお知らせなのです。どうか気を落とさないでくださいな。いえ、もう叫んでくださっても構いません。でも武器を持って王都に攻め入ることだけはご遠慮いただければ助かります」
「結論を言え」
のらくらと遠回りしつづける姫に、ライムンドは言う。
すると姫はやや視線を逸らせ、観念したように呟いた。
「わたし、はずれの巫女なんです。雨も風も呼べない。私が呼ぶと、雪が降るんです」
◇
誰かがいつのまにか設置した椅子に並んで腰かけて、ライムンドは改めて姫の言葉を聞いた。
スノーティア・ベンティスカ・デー・モンテ・ウォルータエ・ライネ・ムースン。
古代ムースン帝国の血を引くと言われている、ムースン一族、五の姫。
一族の者は多かれ少なかれ天候を操る能力を持っている。突出しているのが王族というだけで、一般の民でも小さな風は起こせるのだという。
異端として迫害されたが、十数代前の王がムースンの民を受け入れた。北嶺に土地を用意し、その感謝として助力するかたちで今に繋がっているらしい。
「行き場を求めてきた移民だったと」
「ええ。そのくせ『我々は彼らとは違うのだ!』とか言っちゃうひともいますけど、まあ老害ですね」
「そうか」
「助け合うのはいいことだと思うんですよ。おかげで暮らしが成り立っているわけですし、芸の興行みたいなものだと思いません?」
「だいぶ違うと思うが。それで、あんた――えっと、スノーティア・ベンテン……?」
「いいですよ、覚えなくて。すみません面倒で」
連なった名前にはそれぞれ意味があるらしい。両親の旧姓、加護、生まれた日の天気、吉兆とされる方角、名付け親の名前、などなど。長ければ長いほど位が高い証なのだとか。
「普段はなんと呼ばれていたんだ?」
「ひとによって違いますけど、多かったのは『デー』ですね」
「やけに中途半端な」
「どこを切り取ってもいいですよ、お好きにどうぞ」
「じゃあ、スノーティア」
先頭にあって、まず覚えたそれをくちにすると、姫――スノーティアは呆けたように固まってこちらを見た。澄んだ青空のような瞳に己の顔が映っている。
「どうした、駄目ならそう言えよ」
「いえ、いいえ、いえいえいえ」
パタパタと目の前で手を振って否定し、スノーティアは俯いた。なにやらしばらく肩で息をしたのち、ふたたび顔をあげる。
「本題に入りましょう。御業のことです。多くの港町がそうであるように、風が期待されていたかと思います。いかがですか?」
「否定はしない」
「そうでしょうとも。風を操ることができれば、船の安定性は上がります。ですがさっきも言いましたとおり、わたしは風が呼べないのです」
「雪を呼ぶといったな」
「ええ、なぜか雪が降ります」
「雨ではなく」
「雪です」
そう言うと、スノーティアは手のひらを上に向けた。
すっと表情が消え、瞳が虚空を見据える。人さし指がわずかに動いたあと、はらりと目の前になにかが舞い降ちた。それはまるで花びらのようではあったが、今の季節に咲いている花はないはずだ。
ライムンドは空を仰ぐ。
すると、空から灰色の埃が落ちてきた。
しかし目線の高さにまでくると色を変え真っ白になり、地面にポタリと落ちるとしばらくして消えた。
雨でもないのに頬が濡れ、ぬぐってみると指先が湿る。ハラハラと舞うそれを手のひらで受ると、ひんやりと冷たい。夏に食べる氷菓子のようなもの。それは。
「……雪」
「パルガンでは降りませんか?」
「ああ、少なくとも俺は、島で雪が降ったのを見たことはない」
大陸南部は温暖な気候ということもあり、冬であってもさほど気温は下がらない。
「御業というのは歌を伴うものではないのか?」
「ああ、あれはハッタリですよ。だって歌ったり舞ったりしたほうが、それっぽいでしょう?」
「夢を壊す発言だな」
「奇跡の裏側なんて、そんなものです」
肩をすくめるスノーティア。いつしか雪は止み、普段と変わらない日射しが肌を温める。
雪を呼ぶスノーティアは、北嶺地では無意味な存在だったのだろう。なにしろ放っておいても降る。わざわざ呼ぶ必要はない。
砂漠に雪を降らせたところで、それは飲み水としては使えない。せいぜい足裏を濡らす程度。
おまけに降る雪はパウダースノウ。砂に似たそれは、歓迎されなかったという。
「というわけで、わたしは役立たずなのです。すみません」
「あんた勘違いしてるな。べつに俺はそんなものを求めてるわけじゃない。雨季になれば死ぬほど雨は降るし、風は常に吹いている」
「ですから、それを人為的に」
「そこが違うって言ってんだよ。俺たちは自然と共存して生きている。操ろうなんて思っちゃいない。普通の人間はな、それが当たり前で生きてんだよ」
「……わたしは最初からいらなかったんですね」
苦笑したスノーティアにライムンドは大きな溜息を落とし、ひとつ提案をした。
◇
巫女服を纏ったスノーティアが広場の中心に立っている。
見慣れない姿をした娘に皆が興味深い眼差しを向けるなか、ライムンドは集まった島民に声をかけた。
「ムースンの巫女が御業を見せてくださるそうだ。皆、期待しとけ」
その声を合図に、スノーティアが動いた。
手のひらでなにかを抱え持ち、天へ捧げる仕草をしたのち、両手を泳がせるように左右へ広げる。伸びた指先がゆるやかに空を掻き、ある一点でピタリと停止すると、シャンと涼やかな音がした。両腕に嵌めた鈴が澄んだ音を響かせ、スノーティアは次に足を踏み出す。
たっぷりとした布を使った真っ白なスカートが揺れると、布地に施した鮮やかな色の刺繍が顔を覗かせる。回転に伴い、赤や橙の糸が軌跡となって目に映った。
シャン!
鈴の音が鳴り、ピンと伸びた指先が天に向かう。
くるりと舞えば鮮やかな色が散り、美しい銀の髪が遅れてなびく。
島民が知る「舞」とは違う、静かで厳かな演舞に魅入られるうちに、彼らは目の前に白いものを見た。銀の髪でも純白の衣装でもないそれは、花びらのように降って来る。
手に受け止めた誰かが「冷たい」と呟き、やがてざわめきは伝播する。
なんだこれ、と顔を見合わせる島民たちに、長の息子は朗々とした声で宣言した。
「雪だ」
誰もがポカンとした顔をする。しんと静まり、ただスノーティアが鳴らす鈴だけが響き渡る。
「ゆきー?」
「ああ、雪だ。本で見たことあるだろ」
あどけない子どもの疑問にライムンドが笑う。まだ遠くまで旅をしたことがない子どもたちは瞳を輝かせ、「ゆき!」と叫んで手を天へ伸ばした。
どよめきが歓声へ変わるなか、スノーティアは無心に舞う。
応じて雪が降る。
静かに、ゆっくり降りてきて、広場一帯だけに雪が降り積もっていく。
南の島に雪を降らせることができる。それは俺たちにとって、なによりの奇跡だよ。
落ち込むスノーティアに告げたとき、半信半疑といった顔つきだった。いままで落胆され続けてきたせいか、彼女には自信が欠けているように思えた。
だから実践させたのだが、興奮し始めた島民とは別の意味で、ライムンドは胸を騒がせる。
(たしかにハッタリは必要かもな……)
粉雪の中で舞うスノーティアは美しく、さながら妖精のようだ。
柄にもないことを考えて渋面をつくるライムンドがもう一度視線を送ると、ちょうど顔をこちらに向けたスノーティアと目が合った。無に徹していた彼女は、そこで思わずといったようにふわりと微笑む。
急に周囲の温度が変わった気がした。頬に落ちる雪が心地良い。
はしゃぐ子どもたちがスノーティアを取り囲んで一緒に踊り出すと、皆が手拍子を送る。
それに合わせて鈴を響かせ、降り積もる雪に足跡をつけながら、巫女は雪を呼び続ける。
南の島に、雪が降る。
舞を終えた美しい巫女には惜しみない拍手が送られて、戸惑いを浮かべる彼女の前に歩みよった男は、改めて手を差し伸べた。
「ようこそ、パルガン島へ。歓迎するよ、スノーティア」
降り注ぐ日射しの下、雪の巫女姫は男の手を握り返し、笑みを浮かべた。
エブリスタの超妄想コンテスト第166回「降りつもる」に参加。
準大賞を頂きました。
政略結婚ゆえ、お互いに「相手は命令で仕方なく結婚しただけ」だと思っていて、本当の気持ちを伝えたら迷惑だと思っている両片思いカップルが好きです。
「好いた奴ができたら、そっちと生きればいい」とか言いつつ、居もしない男相手に嫉妬するヘタレヒーローとか最高ですね。
高位のお姫様だから、こんなむさくるしい海の男は合わないだろうと卑下しつつ、他の男には渡したくないと思っているヘタレヒーローも至高です。
ライムンドは、海に生きる荒っぽい一族を束ねる島長の息子のくせに実は酒に弱くて、逆にスノーティアは、儚い可憐な少女に見えて、ザルです。(北に住んでいるので、度数の強いアルコールを飲む人が多い)
酔った姿にキュンとするイベントは、この作品においては、男女逆転します。
そんな話をいつか書けたらいいなーということで、ひとまず短編集に入れておきます。
【追記】
相内充希さまより、バナーを頂きました。




