コンビニ IN ダンジョン
初出:エブリスタ
俺が働いているコンビニは、全国規模の大手チェーン店ではなく、ローカル展開の店だ。それゆえにか、品揃えもだいぶ変わっている。
ノルマのようなものはないから楽だけど、テレビで特集される「コンビニベストスイーツ」的なものにも縁がないので、そこは弱みだろう。大手の看板は強い。
だが、ローカルにはローカルの強みもあるはずだ。
うちのコンビニにある風変りなものの筆頭が、入口にいちばん近いところに陳列されている、とあるものだと思う。
安全靴、脚絆、革手袋、ゴム手袋など。
俗にいうところの「保護具」がドーンとラインナップされているのである。初めに見たときは驚いたものだが、勤務していくうちにわかってきた。
売れるのだ、これが。
この辺りは工業区画で、大企業の下請け工場や、町工場などがそこかしこにある。コンビニのオーナーが、そういった会社のひとつであるため、自社の社員に対して「あそこで買え」と推奨しているらしい。
まあ、言ってみれば御用達。
靴に関してはサイズのこともあるので、大口の場合は事前に注文もくる。
いったいここは何屋なんだと思わなくもないが、そもそもコンビニエンスとは、便利の意だ。大半の客にとって「便利」なものが置いてあるのだから、正しくコンビニなのである。
もうひとつ、ここが特殊なコンビニといえる理由は、客層だ。
決まった時間帯にのみ、変わった客が訪れる。
異世界の客人だ。
深夜帯、いちおう防犯の意味をこめて二人体制での勤務が義務づけられているのだが、相方がゴミの片づけなどで店外、ないしは奥に引っ込んだとき。
店内に俺だけがいるワンオペ状態になったときにのみ、このコンビニはどこかの世界のダンジョンに出張するのである。
◆
ブーンと自動ドアが開いて入ってきたのは、ファンタジー系ゲームに出てくる剣士っぽい男である。
「いらっしゃいませー」
声をかけると、頷きが返った。男は慣れたようすで入口すぐの棚の前に立つと、革手袋を取った。そしてそのまま俺のほう――レジへやってくる。
バーコードを読みこませ、金額を告げる。男は首からぶら下げたカードを手に持ち、レジ前に設置してある端末にかざす。電子決済時の音が鳴り、これにて支払い完了。
「中身だけ持って行かれますか?」
「いや、これは予備にしようと思っているので、袋に入っているほうが助かる」
「わかりました。では、このままで。ありがとうございましたー」
鷹揚に頷いた男が、コンビニから出て行く。
その背中が暗闇に消えたあと、相方がバックヤードから戻ってきて、入口の外は、見慣れた風景に戻った。大型トラックが通行し、窓がガタガタ揺れる。
以後はたいした客もないまま時間が過ぎ、夜勤終了。
値引きしてもなお残った廃棄弁当を持って、家に帰る。
このことに対して、コンプライアンスを叫ぶ奴もいるかもしれないが、ローカル店ならではのゆるさだ。ゴミ削減のためオーナーも了承していることなので、見逃してほしい。通報いくない。
初めて「異世界の人」を見たときは、そりゃあ俺だってビビった。
あんまりにも驚きすぎて、思わずバックヤードに逃げ込もうと思ったぐらいだ。
だが、逃げられなかった。
何故なら、奥へ続く扉の先が土壁だったのだ。
ならば外に助けを求めようかと思ってみても、なにやら真っ暗だ。街灯の明かりすらない。それだけなら停電の可能性もあるが、いつもなら時折見える車のヘッドライトもないのだから、おかしい。
土で汚れたごっついブーツを履いた男は、おもむろに27センチの安全靴を手に取って、レジに来た。
外人だ。目が青くて、金髪。
いらっしゃいませって、英語でなんて言うんだっけ?
学生時代の記憶をさらってみるけれど、出てこない。
「これを頼む、あと煙草をくれ」
日本語だった。よかった。
告げられた番号の煙草をひとつ取り、商品のバーコードを読み取る。POSレジに表示された金額を、業務的に読み上げた。これはもう職業病というか、無意識の反射行動。
すると男は、なにかのカードを手に持つ。
現金支払いは少なく、電子決済が主流になっているため、そこにも違和感なく反射的に応じた決済を操作しようとして、レジ画面を見て固まった。
表示が変わっている。
見慣れない選択肢が現れており、「ギルドカード」とあった。
なんだそれ。
男が言った。
「ギルドマネーで」
なんだそれ(二回目)
どこのRPGだよ。
だが、明らかに異質な風貌の男は、冒険者が出てくる小説のキャラクターといっても差し支えない。実体を持っていることだけが異質だが、コスプレにしてはリアリティに溢れている。
漂う気配に、立ちあがる匂い。
それは、日本の平和な日常とはかけ離れていた。
おそるおそる、ギルドカードという部分を押してみる。決済を促す画面が出て、男はまたも慣れたようすでカードを端末に触れさせた。
電子決済特有の音が鳴り、支払いが完了したことがわかる。
これ、どういうふうに売り上げにあがるんだ??
レジを閉めたときがすげー怖いんだが。
謎の外人が出て行ったあと、ふっと店内の空気が変わった。有線放送から流れる陽気な音楽が耳に届き、俺はようやく、いままで無音だったことに気づく。
なんだったんだ、あれ。
「およ、どうした」
バックヤードから顔を出したのは、今日の相方である先輩。
先輩は俺の顔色を見てなにかを察したのか、端的に問いかけた。
「あ、もしや買いに来たか、異世界人」
◆
先輩によると、俺は「選ばれし者」らしい。
なにそれ、カッコイイ。
「意外と大変だぞ。あいつら土まみれで来ることあるから、掃除しなきゃなんねーし」
指さした先をみると、入口からレジまで大きな足跡があった。雨が降っているとこういうことはよくあるが、ここ一週間は雨なんて降ってないし、付近に水場もない。
足跡ぐらいならいいほうで、たまに血が落ちているとかいうから恐ろしい。巡回中の警官に見られたら、とんでもないことになる。
先輩と一緒にモップ掃除をしながら、詳細を聞いた。
深夜のとある時間帯、このコンビニは、どこかの世界に入口を開くらしい。
場所は、ダンジョン。固定された階層に開かれる店。それが、うちのコンビニ。
かつて家庭用ゲームの「なんたらの不思議なダンジョン」とかをやっていた俺は、そういうふうに理解した。
驚いたことに、この怪現象はオーナーも認識しており、むしろ彼らのためにせっせと商品を並べているらしい。
たしかに保護先芯の入った安全靴は、モンスターが出現するダンジョンでも大活躍だろう。踏み抜き防止のインソールがあれば、足場が悪い場所だってへっちゃら。
丈夫な革手袋は、耐熱以外にも役に立つ。切創用の手袋もあります(宣伝)
こういった「現場作業」で使われるものは、基本的に安全に考慮した、安心のJIS規格の製品だ。日本の技術は素晴らしい。
たまたま夜勤の時間帯に店を見にきたオーナーは、この現象にひょっこり遭遇してしまった。
破れて役に立たなくなったグローブ、切り傷だらけの手のひら。
爪先に穴が空いているブーツ。覗いている指には血が滲んでいる。
自動ドアの向こうからやってきた満身創痍の外国人を見て、警察に通報するより前に、「お兄さん、この革手を使いなさい」と言ったオーナーはちょっとおかしいのではないかと思わなくもないが、彼は夢だと思ったらしい。気持ちはわかる。俺もゲーム脳だし。
だが、数日後にも同じように男が現れたことで、考えが変わった。
幾分か身なりを整え、まるで登山者のような荷を持って現れたその人物は、オーナーに切々と感謝を告げたらしい。
彼はダンジョンに潜り、レアアイテムを持ち帰って売ったり、ギルドの依頼を受けて目的の物を取ってくる冒険者。
新しいエリアが見つかって入ってみたところ、地盤が崩れてしまった。
そんなときに見えた明かりを頼りに辿り着いたのが、この店だったという。
助かった。命の恩人だ。
貴方が与えてくれた防具のおかげで、新しいマップが開拓できた。
感謝している。本当にありがとう。
およそ儲けとは程遠いレベルのコンビニを経営しているぐらいの男だ。
オーナーは、人を大事にするタイプで、たったひとりからの支援でも、糧とする篤い人物である。まったく異なる世界の、得体の知れない人からであっても、感謝の言葉に込められた想いに差はない。
彼からの言葉と、「ダンジョン内の店」の需要を知ったオーナーは、従来の現場作業者向けの保護具を、冒険者用の防具としても取り扱うことを決意し、売り場を拡大したのだという。
面接のとき、そんなトンチキな話、聞いてねえよ。
と思ったが、どうも、このダンジョン出張店には制約があるらしく、いつでもウェルカム状態にはならないようだ。
ひとつ、店内にたった独りでいること。
ふたつ、時間帯は深夜。
あとは偶然? よくわからん。
ただ、俺はたまたま何故か選ばれたようだ。先輩は来月にはバイトを辞めることになっていて、俺は彼から引継ぎを受けている最中だった。
これも先輩から引き継がれた業務ということになるのだろう。たぶん。
――もしや俺、先輩にハメられたんじゃね?
◆
先輩からオーナーに話が行き、俺は正式に「後継者」になった。
それに伴い、必然的に「異世界仕様の業務」は俺担当である。
つまり、異世界のお客様が帰ったあとの掃除――血痕を消す作業も、俺ひとりでやることになる。警察沙汰はまずい。
鑑識の人に分析なんてされようものなら、人間じゃなさそうな血液や、地球上のどこでもなさそうな成分の土など、地方のいち企業でごまかせないレベルの一大事だ。
不思議なことに、該当時間内は防犯カメラが停止しており、それでいて撮影時間は連続している。
つまり、あの瞬間のみ時空が歪んでいるのだ。
コンビニは異世界に行き、だからあの「ギルドカード決済」ができる。異世界の技術もすげえ。あちらの通貨を受け取っても仕方がないもんな。
ギルドマネーとやらがどう日本円に換算されているのか、俺にはよくわからないのだが、オーナーがなにも言わないのだから、俺が口を出すことはないだろう。
彼らは防具だけではなく、酒や煙草も買っていく。
惣菜スナック関係もその対象なんだが、バックヤードに行けないぶん、店内に出してある品がすべてだ。
夜の時間帯だけに、揚げ物などは数を絞るのが一般的。
だって売れねーもんよ。あるのはせいぜい、冬場のおでんぐらい。
ところが、たまたま余っていた唐揚げ棒を進呈したところ、異世界人は喜んだ。食べる物まで買えるとは思っていなかったらしい。
一緒に勤務する相方には、余ったら俺が買い取るからと言いおいて、常に少量の品を揃えておくことにした。
しかしそれを聞きつけたオーナーが言った。
深夜帯、お腹を空かせた人がいないとはかぎらない。
それに、最近は災害も多い。食料確保の意味でも、並べておくのはいいことかもしれないな。
無論、俺が自主的に用意していた本当の理由は察しているだろうが、それをさりげなく汲み取り、経営方針として許可してくれた。
こういうところ、オーナーを尊敬する。
賞味期限が明日になっているおにぎりとかも、彼らは喜んだ。店内に湯があるので、カップみそ汁とかも教えてやった。
イートインコーナーに滞在するようになり、俺は異世界人とさらに顔見知りになり、友好を深めた。
異世界に、日本のものが浸透していった。さすがメイドインジャパンといったところだ。エロ本に言葉はいらない。エロは世界を超える。
あと、ポテチ最強。
◆
たまに思う。
コンビニの入口から外へ出たらどうなるのだろう。
背中を見送りながら、そんなことを考える。
彼らが消えたと同時に空間は閉じられて、コンビニはいつもの場所に門戸を開き、時間も進み始める。
あの狭間、そこに身を置いたとしたら、俺はどうなるのだろう。
うっすらと忍び寄る誘惑に耐えながら、今日もコンビニはダンジョンに出店する。
仕事に戻る彼らを、俺は挨拶とともに送り出す。
「ありがとうございましたー」
どうか、気をつけて。
また買い食いに来いよ、名も知れぬ異世界の友人よ。
エブリスタの超・妄想コンテスト第145回「ありがとう」に参加。
コンビニにはモデルがあります。それは全国チェーンの大手コンビニではあるんですが、売ってるんですね。
あそこ、どういう経営形態なんだろう。




