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星のランプ

初出:エブリスタ

 ランプが完成したのは、星が降る日――その朝だった。


 これまで何度も失敗している十歳のカタカにとっては、これが最後のチャンスだ。光が宿らなければ、すべてが水泡に帰す。

 ロウマ村の子どもにとって、それは死んだも同然だ。

 自らの手で作りあげたランプを持って、出かける。

 それが、探掘者にとってのはじまりの儀式であり、儀式を受けずに穴へもぐることは死を意味する。

 それほどまでに、穴は暗く、そして深い。

 闇はどこまでも続き、光なくして進むことも、戻ることもむずかしいのだ。



 穴とは、文字どおりの「穴」だ。

 村の北側に、ぽっかりとあいた大きな穴は、カタカが生まれるずっと前にできたもの。空から降ってきた巨大な岩が、地面をえぐった。吹き出したマグマは森の木々を焼き、やがて冷えて辺りを荒廃させた。

 底知れぬ穴からは、ときおり風の音がして、まるでどこかへ通じているかのように人々を誘った。


 調査にやってきた研究家たちがこぞって中へ向かい、そうして戻ってこなかった。

 次にやってきた者たちは、地面に杭を打ち、ロープを張った。

 己の腰に巻きつけ穴の底へ向かったが、やはり彼らも戻ってはこなかった。うなだれたロープを引きずりだしてみると、はじめからそこにはなにもなかったかのように、まっさらな一端があるのみ。結び目のあとすら見つからなかった。

 すべてを呑みこむ闇の穴とされたそこに、唯一無事に行き来できるのは、ロウマ村の住民――それも、幼い子ども達だった。

 十に満たないまでに穴へ入った子どもは、それ以後も穴に巣食う何者かに許されるのか、自由に出入りすることができたのだ。



 穴のなかは神秘に満ち、持ち帰るものすべてが称賛された。

 穴のおかげで滅ぶはずだった村は、穴によってふたたび生かされた。

 ゆえに、こぞって皆が穴へ向かう。

 しかしそれには条件があり、それが星のランプだ。


 穴を降りた先は暗闇であり、明かりが必要となるが、炎は役に立たない。

 持ちこんだ松明は、瞬く間にその炎を小さくし、やがて消えてしまう。どれほど火を起こそうとしても、決して燃え上がることはなかった。

 かつて穴へ向かった者たちはきっと、闇に足を取られ、歩く道を踏み外し、さらなる底へと落ちていったのだろう。




 天から岩が降った日以降、ロウマ村付近では、もうひとつ不思議な現象が起こるようになった。

 それが『星降り』と呼ばれるものである。

 半年に一度、光の雨が降るのだ。

 流星群よりも多い光が、夜空を駆ける。

 星が流れるときは、どこかで誰かが命を落としたときだというけれど、もしもそれが本当なら、世の中の大半が死んでしまっていることだろう。


 夜空を流れた光は、地へ落ちると淡雪のように掻き消えた。

 好奇心旺盛な村人のひとりが、興味本位でそれを手で受け止めたところ、ほわりと光を放ったまま、一晩中輝きつづけた。

 明け方には消えてしまったけれど、ロウソクや油を使わずとも明かりが取れる、不思議な光だった。


 次に同じ現象が現れた時には、多くの者が光を捕まえた。

 一晩で失ってしまうのがもったいなくて、箱に仕舞った者や、ガラス瓶に入れて暗幕をかけてみた者。

 しかしそのどれもが、長くは持たず消えてしまった。

 どうにかして、あの光を留めておけないだろうか。

 皆が、おもいおもいの方法を試した結果が、ランプだった。

 光は、灯芯を宿り木のようにして留まり、闇に反応して輝きはじめたのだ。


 それはいつしか『星のランプ』と呼ばれるようになり、燭台となるランプをつくり、星の降る夜に光を捕まえることが、穴へ降りるための試験になった。

 炎ではない光源を用いることが、穴を長く進むことができる、唯一の方法だったからだ。




 光は気まぐれで、生き物のようにランプを選ぶ。

 まるで、己の住まいを見定めるかのような行動だった。


 カタカは、八つのころからランプを作っていた。

 材質はさまざま。決して燃えることのない光源を宿すのだから、なんだってかまわない。

 お金のないカタカは木を削り、譲ってもらった円筒型のガラスにピタリと合うように、木製のランプを作っている。

 いったい自分のなにがいけないのか。

 同じように、木を削って作り上げたランプに光を宿した子どもたちを何度も見送りながら、カタカは悔し涙を流しつづけた。



 村のなかでも貧富の差が存在しているが、それらが影響しているとは思えない。

 裕福な子どもも、貧しい子どもも。平等に光を手に入れて、穴へ向かった。持ち帰ったものを行商に引き取ってもらい、貧しさからゆっくりと脱却していく家も少なくない。


 カタカの家は片親で、きょうだいもいない。母と子、ふたりきりの生活だ。

 家族がたくさんいる他の家ほど、生活費がたくさんかかるわけではないけれど、生きていくために、お金がたくさんあるほうがずっといいことは、間違いじゃない。

 貧しくて、幼い妹を亡くしてしまった友人も、時を同じくして星のランプを手に入れた。もうすこし早く手にしていれば、妹を救えたかもしれないと嘆いていた彼は、今日もなにかに憑りつかれたように、穴へもぐっている。

 哀しみは、癒えていないのかもしれない。




 を当てて、細かな模様を刻んでいく。すこしでも、光に気に入ってもらえるものに仕上げたい。

 光に意思があるわけではないだろうけれど、いままでやっていないことを試してみようと思ったのだ。

 彫刻師に頼むようなお金はないから、ボロボロの小刀を使って、少しずつ削って模様をつけていくしかすべはない。譲ってもらったやすりをかけても、美しさには程遠い仕上がりだ。


 ――でも、母さんは素敵だって褒めてくれた。


 たったひとり、カタカにとって大切な家族が褒めてくれたのだから、もしもこれで失敗したとしても、悔いはない。

 星のランプを持てなかった子どもはカタカだけではないし、それならそれで、別の仕事をして生きていくだけなのだから。




 その晩。完成したランプを持って、カタカは家を出た。眠っている母親を起こさないように、そっと扉を閉じる。

 同じ目的の子どもたちが、それぞれランプを持って、丘へ向かう。すれちがう子どもが抱えたランプが光を放っているのを見るたび、胸が騒いだ。

 今夜こそ、自分も光を手に入れる。

 それだけを願い、ランプを作ったのだから。


 見上げた夜空に星が降る。

 目の前で降り注ぐ、輝く光を手に取りたい気持ちをおさえて、カタカはランプを掲げた。


 どうか、光よ。

 僕のランプに宿ってください。

 選んでください、この僕を。



 喜色の声が響くなか、カタカはひとり、ランプを掲げつづけた。

 たくさんの星が降り注ぎ、地面に触れるとともに、すっと消えていく。

 消えた光はどこへ行くのだろう。

 雨が地中に滲みこんで、やがて蒸気となり大気に溶け込み、ふたたび雨となって降り注ぐように。

 光もまた昼間の陽光へ溶け込み、時間をかけて形をなし、星降りの夜を待っているのかもしれない。


 熱を発しない光の雨に打たれながら、カタカは唯一の光を待ち続けた。

 やがてひとり、ふたりと人の姿が消えていき、立っているのはカタカだけになってしまった、

 東の空がほんのり白み始めて、カタカはぼんやりと思う。

 ああ、今夜も駄目だった。

 けれど、半年前とは違うのだ。

 今夜を逃せば、もうカタカが光を得ることは二度とない。

 十歳を期限として、星のランプを手にいれることはできなくなるのだから。


 目を伏せ、ため息を漏らしたカタカのまぶたを、光が焼いた。

 朝日だと感じた光は不思議とあたたかくはなく、カタカはおそるおそる目を開ける。

 するとそこには、ふわりと漂う『光』があった。

 地へ降りることもなく、ゆらゆらとしばらく漂った光は、やがてカタカが手に持っているランプへ向かい、灯芯へ留まった。

 息を呑んだあと、あわてて蓋をして、留め金をかけた。しっかりと固定したあと、確かめるようにランプを目前に掲げると、そこには光があった。

 たくさんの子ども達が持っていた、星のランプ。

 そこに燦然と輝いていたものと同じ光が、いま、カタカの手にある。


 ――やった。ついに僕も手に入れたんだ!


 心臓が飛び出してしまうのではないかと思うほど、大きな音を立てるのを感じながら、カタカは用意していた黒い布をランプにかけると、駆け足で家へ向かった。

 その背中を朝日が照らし、行く先に長い影をつくる。それを踏みながら、カタカは走った。



   ☆



 星のランプを手にいれたカタカが穴へもぐったのは、それからしばらく経ったあとだった。

 そうするためには、時間がかかった。

 たくさん整理することがあった。



 あの日、ランプを見せようと家に戻ると家は暗く、母の姿が見えなかった。

 朝日が昇る前には起き出してくる母には珍しく、カタカは好都合とばかりに、薄暗い家の中を、持ち帰った星のランプで照らし、母のベッドへ向かった。

 起きた母親に一番に見せて、喜んでもらいたかったからだ。


 けれど、それは叶わなかった。

 母は、死んでいた。

 いくら揺さぶっても、声をかけても反応がなく、恐ろしくなったカタカは必死に母を呼んだ。

 やがていつものように、ミルクを配達にやってきた男がカタカの叫び声を聞き、その必死な様子を不審に感じて家へ入り、そうして事態が判明した。

 まだほんのりと温かい母が「死んでいる」のだと言われても、カタカにはまったく意味がわからなかった。

 けれど、どんなにカタカが呼んでも動かず、握った手がだんだんと冷ややかになっていくようすから、大人たちが言っていることは嘘ではないのだと感じ取る。けれどもやはり、現実だとは思えなかった。

 だって、どうして。

 ランプを作りあげたときには、あんなにも喜び、笑ってくれたのに。


 ロウナ村に限らず、人が亡くなるのは珍しくもないことだった。

 小さな子どもから、老人まで。年齢を問わず人死にはでるし、それらは平等に葬られる。

 星のランプを得たことは、不幸中の幸いだと、大人たちは言った。

 カタカは、穴へ向かうことができる。

 そうすれば、穴から持ち帰ったものを売ることで、生活ができるはずだから。


 けれど、カタカは母と暮らすためにランプを欲したのだ。

 その母がいないのに、穴へもぐる意味はどこにあるというのだろう。


 うつむくカタカに声をかけたのは、友人だった。

 妹を亡くした友人は、カタカにそっと囁いた。



 星のランプを持って、穴へ向かえ。



 とてもそんな気分にはなれないと頭を振るカタカに、友人は繰り返し言いつづけた。



 穴へ向かえ。

 光とともに、闇を進め。





 穴へ向かってみようと思ったのは、もうどうなってもいいかと思ったせいだ。

 こんなに苦しいのも、こんなにも哀しいのも。まっくらな闇の中に身を投じれば、まっくろに塗りつぶされて、なにも見えなくなるのではないかと。

 そんなふうに、思ったせいだった。


 みんなが寝静まった真夜中に、カタカはふらりと外へ出た。

 たくさんの子どもがそうしているように、穴を降りて底へ立つと、星のランプがいっそう輝き、光を放った。

 昼間と違って誰もいない穴の底。

 光源は、カタカが持つひとつの明かりだけ。

 それはとても眩しいのに目を焼くこともなく、温度のない光はどこかやわらかい。

 まるで母さんみたいだ。

 そう思ったとき、カタカの頭のなかに声が響いた。


 ――カタカ


 名前を呼んだその声は、母に似ていた。

 むしろ、母の声そのものだった。


 ――母さん。


 ――どうしたの、またそんなふうに泣きべそをかいて。まったくしようのない子ね。


 ――母さん?


 ――きいていますよ。


 ――どこにいるの、母さん。


 ――わたしはここ。おまえの手のなか。



 いっそう光が輝いて、風もないのにゆらりと揺れた。




 かつて、友人がこぼした一言が、カタカの耳によみがえった。



 僕は穴の底で、妹と一緒なんだ。

 あの子と話して、あの子と遊ぶ。

 だから僕は、穴の中でも怖くない。

 僕の光は、妹の命……妹のこころなんだ。



 ああ、そうか。

 だから君は言ったんだね。

 星のランプを持って、穴へ向かえ、と。


 友人の弁を思い出して、カタカは笑みを浮かべた。

 母が、好きだと言ってくれたランプ。

 不格好だけれど、母は褒めてくれたランプ。

 そのランプを選んでくれる『光』は――



   ☆



 たくさんの子ども達が、それぞれのランプを持って、闇を進む。

 光に導かれ、先へ向かう。

 光は道しるべ。

 持ち主に寄り添い、共にあるもの。



 星が降る。

 光の雨が降る。


 いのちの火を燃やして、ランプは輝く。



 だから今日もカタカは、穴の奥へ向かう。

 母に会うために。





エブリスタの超・妄想コンテスト第114回「光」に参加。


誰にでも降りてくるはずの「光」がランプに宿らない、魔法使い見習いの少年のおはなしを書こうと思って、なぜかこうなりました。

たぶん「光が降る→流星→星が流れた」となり、DTBが頭に浮かんだせいです。

穴は、メイドインアビスみたいな雰囲気のダンジョンです。

たぶん、レア素材とかがあるんだと思いますが、それらはおそらく宇宙からの飛来物です。


村人は飛来した隕石によって、なんらかのウイルスに感染しているという裏設定がありました。

そういうのまとまらないまま書いたので、いろいろと消化不良なんですよねえ。

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