雪に願いを。
初出:アンリ様(ID:613731)の活動報告
アンリ様の文章に続きを書いてみよう、というお題に参加しました。
さて。どこで私の文章に切り替わったか、わかるでしょうか。
瞼に重さを感じふと時計を見たら、壁かけ時計は21時を指していた。
百人超のデスクが配置された広いフロアにはまだ数名が残っていて、カタカタとキーボードを打つ音が、遥か遠い国の潮騒のように、寄せては返すように耳に届いてくる。
肩を回しがてら窓を向くと、闇に染まったガラスにフロアの照明が反射してやけに眩しく感じた。
「……クリスマスイブだからといって雪が都合よく降るわけがないか」
私のどうでもいい呟きに、向かいに座る谷口君が「え?」とこちらを見つめてきた。
「ああ、ごめん。ただの独り言だから」
顔の前に片手を立てて謝る。
けれど谷口君はこのどうでもい独り言にのってきた。
「桜田さんの言う通りですよ」
「え」
「だってほら、僕達いつもどおり仕事なんですから」
「どうしたの、急に」
「いえ。だって神様やサンタクロースが本当にいたら、こんなことになるわけないじゃないですか。これじゃ恋人もできやしない」
その口調にいら立ちがこもっているのは、あまりに抱える仕事が多いからだろう。
その気持ちは私にもわかるのでうなずいてみせる。
「そうよね」
でもね、と続ける。
「それって私達が信じられなくなったことが原因なのかもしれないわよ」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ」
やや大げさにため息をついてみせる。
「私達が信心深ければこんなことにはならなかったんじゃないかと思って。神様もサンタクロースも、信じつづけていられたなら、きっとこんなことにはならなかったのかもしれない」
「なんですかそれ」
笑い飛ばそうとした谷口君に強めの視線を送って黙らせる。
「だからね」
いったん目を伏せ、少しの沈黙ののち、再度谷口君と視線を合わせる。
「私達、これから一生仕事に追われるしかないのよ。誰からも愛されず、孤独な夜を過ごすしかないのよ。信心を失った罰として」
ひたと見つめ合う。
いつになく真剣な面持ちの私に、谷口君が生唾をごくりと飲んだ。
「じゃあ……どうすれば」
かすれた声が谷口君の動揺を正直に伝えてくる。
「僕はどうすればいいんですか。どうすれば……!」
「信じればいいのよ」
間髪入れずに断言する。
「信じる……? 信じるって何をですか」
「あなたが信じるべきだと思ったものを」
「信じるべきだと思ったもの?」
「ええ。たとえばこれ、なんだと思う?」
化粧ポーチの中から、小さな石を取り出す。照明を受けて輝く、白い石だ。
眉を寄せた谷口君に差し出すと、受け取って検分する。
「なんか特別な石ですか? パワーストーン的な」
「いいえ、雪よ」
「空から降るあの雪ですか?」
「少なくとも、幼い頃の私は、それを信じていた――」
まだ純粋にサンタさんを信じていた頃。赤い服を着て、ソリに乗って空を飛んでいる姿を、夜空に探していた。
当時好きだったクリスマスの絵本では、子供たちが雪だるまを作っていて、私はそれがひどく羨ましかった。
だから、願った。
私は、雪が降ることを望んでいた
クリスマスという特別な日に、雪を求めていた。
「結局、雪は降らなかったんだけど、窓の外にね、この小石があった。太陽の光を浴びて、キラキラ光ってて、子供の私は、雪のカケラだって思ったわけ」
子供部屋は二階にあったし、家の庭にこんな綺麗な石はなかった。
つるつるしていて、真っ白で。
子供心に、もう間違いないって思った私は、それを両親に見せたし、家を訪れた祖父母にも見せた。
融けて消えない不思議な雪。
サンタさんがくれた特別な雪は、私の宝物になった。
「まあ、でも、大きくなればわかるわけ。これ、たぶん玉砂利だなーって」
私が、目覚めた時に見る雪にこだわっていたものだから、大人たちが用意したのではないだろうか。
祖父母宅のお隣さんは、日本家屋の大きなお屋敷だった。通りすがりにちらりと覗いた時、美しい庭と配置された敷石があったことを覚えている。外からは見えないところに、玉砂利だって敷いているだろう。
祖父母が隣人に頼み、ひとつ譲ってもらった可能性は極めて高い。そういうことを、しそうな性格なのだ。
雪のカケラに願い、それを握ったまま目覚めた朝には、不思議と雪が積もっていて。
幼い私は、ますます夢中になった。
雪を降らせるだけではなくて、なにかを願う時に、私はこの石を握っていた。
石の力を信じなくなったのは、いつからか。
サンタも神さまも、本当の意味で信じなくなってしまったのは、私が大人になったから、というだけの理由ではないと思う。
慌ただしい毎日、忙しい日常に疲れ果てて、なにかを信じ、すがり、願うことをやめてしまった。
「だからですか!」
「なにが?」
「ほら、さっき桜田さんが、クリスマスイブだし、雪が降らないかなーって言ってたやつ」
聞かれてしまった独り言を蒸し返されて、視線をそらせる。
イブだというのに、残業確定の今日。天気予報に晴れマークが並ぶ中、降るはずもない雪を求めて、何年か振りに石を手にした自分がひどく子供じみていて、恥ずかしさを誤魔化すため、自嘲気味に呟く。
「信じることをやめちゃった今となっては、雪なんて、降るわけないのにね」
「いや! 僕は信じます!」
「え?」
「信じるべきだと思ったもの信じろって言いましたよね。だから、僕は桜田さんの話を信じて、これが雪のカケラだと信じます」
「ええ?!」
「一人じゃ無理でも、二人なら、こう、パワーがあるかもしれないじゃないっすか」
いや、もっとだな、と呟いた谷口君は、背中側の席に座っていた同僚に声をかけ、力説しはじめた。
なにを馬鹿なことを……と思ったけれど、こんな時間に、しかもイブに残っている人たちのフラストレーションは相当なものだったのか、次第にハイになっていく。
「よーし、じゃあ順番に回しますよー。念を込めろよー」
そう言って谷口君は、残っている社員を集めると、一人に石を手渡した。
「こんなブラックなんて聞いてねえー。帰りてえー」
念は念でも「怨念」を込めたのは、今年の新入社員だ。うん、気持ちはわかる。
第一声がそれだったせいか、みんな次々に自分の欲望を口にしはじめる。中には黙って目を閉じて、ぐっと石を握りしめている人もいたけれど、それでもノリよく石に願いを込めはじめた。
谷口君の番になり、「雪が降りますように」と声に出して願い、私に石を手渡した。
十数名の手を経由した石は、ほのかな温もりを帯びている。
それでも形を変えない、丸くて白い――雪のカケラ。
幾つもの願いが込められた石を握った時、ガチャリと大きな音が響き、扉が開いた。
「明かりが点いてたから陣中見舞いに来たぞー、メリークリスマース!」
赤ら顔で、赤いマフラーを巻いた男が一人、チキンの箱を抱えて大声をあげた。
デートだと張り切って帰ったはずなのに、酔っ払ってここにいるのは、どういう理由か。
まあ、お察しだ。
打ち合わせスペースに集まって、小休憩を兼ねた軽食タイム。
泣く男、それを遠慮なく笑う男たち。
なんだか、さっきまでフロアに蔓延していた陰鬱とした空気はなくなってしまって、肩の力が抜ける。
サンタを信じて待っていた子供の頃には戻れないけれど、大人は大人で悪くない。
乾杯よろしく、全員でチキンを掲げる。
「メリークリスマス」がフロアに響いた。
「ええ。たとえばこれ、なんだと思う?」以降が、私の文章でした。
なんとなく書いていくうちに、「信じるべきだと思ったもの」に繋がり、
クリスマスイブに雪が降る云々も回収できたことが、自分でも意外でした。
感覚でお話を作る私は、こういう偶然があると、ひとりで楽しくなる人です。
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