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自称探偵 ジェイド 「黄金の竪琴」


初出:自サイト

「ファンタジースキーさんに100のお題」を使用

※この作品世界には、「翼猫」という種族が登場します。


 彼は常に事件を求めていた。

 幼少の頃、近所のおばあさんの入れ歯を見つけた時以来、彼は常に「探偵」だった。

 居なくなった翼猫つばさねこを見つけてあげて、隣のクラスの女の子から感謝されたことだってある。学年一可愛いと男達の中で評判の子だった。お礼にもらったクッキーを大事に持っていたら、父親と母親に食べられてしまったし、あげくにその子は学年一頭と顔がいいとされるがために男達に疎まれている奴とくっついてしまった。

 初恋は無残に砕けた。

 そんな時だったのだ。彼が現れたのは──

 怪盗・アレン

 メンブレン市に颯爽と現れ、その名を轟かせた怪盗だ。

 ニュースを聞いた時、彼は「これだ!」と思った。

 名探偵に相応しいのは、宿敵の存在。

 捜し物ばかりしている探偵は本物の探偵ではない。事件を未然に防いでこそ、探偵なのだ!

 当年とって十七歳。

 只今青春まっさかりの彼・ジェイドは、輝かしい名探偵への道を歩み始めたのである。



   ◇



  ジェイドは広告のチェックを欠かさない。

 町のいたるところに貼り出される広告には、市内で起きた事件などが報じられているのだ。

 怪盗を捕まえるためにはまず情報収集が必要だった。

 例えば、美術品だとか国外の重鎮がやってくるだとか。そういう「狙われやすい」モノの噂があれば、きっとアレンは姿を現すだろうと、彼の探偵歴十五年の勘が告げている。


「どう思う? タロウ」

 足元の翼猫に問いかけるも、その翼猫はといえば大きな欠伸をして顔を洗っている。

 そののんびりとした様子に、いつものことではあるのだが舌打ちが洩れた。

 彼が敬愛してやまない「アタック紳士の事件簿」シリーズにおいて登場する、黄金の毛並みを持つ翼猫のライアンは、アタック紳士の忠実なる助手で、事件のキーワードを瞬く間に提示してしまうのだ。

 そう思って、近所にいたおじさんから貰い受けた翼猫であったが、ちっとも役に立ちやしない。

「おい、タロウ!」

「ミャオウ」

 あんだよ、とでも言いたげな口調であった。

 言葉をしゃべることができるか否かは、その翼猫の素質やら遺伝やらがあるらしいのだが、この翼猫については完璧に騙されたと彼は思っている。

 翼猫をくれたのは、旅をしているという中年の男だった。

 捨てられていたのを拾ったんだというその猫を、ジェイドにくれた。

 押し付けられたのではないかと言う友人もいたが、欲していた彼にしてみれば渡りに船。男側の都合がどうであれ、そんなことはどうだってよかった。

「名前はタロウだ、可愛がってやってくれや」

「タロウ?」

「おう。男の名前といやーやっぱタロウだろうよ」

 と、わけのわからない理由を口にしていたけれど、その一風変わった名前が名探偵助手には相応しいだろうとも思ったので、そのまま採用している。


 新しい広告板が立った。

 号外だ。

「これだ!」

 ジェイドは叫んだ。

 踵を返して、家に向かって猛烈ダッシュを敢行する。

 貼られたばかりで糊が乾ききらずに浮いている広告には、大々的な文字が躍っていた。


 <黄金の竪琴 メンブレン美術館にて公開>



   ◇



「帰んな、小僧」


 美術館の警備員にあっさりと放りだされてしまったジェイドだったが、この程度の障害では彼の熱き探偵魂は燃え尽きたりはしないのである。

 持参した遠眼鏡を手に、植え込みに姿を隠す。

 張り込みだ。

 心が浮き立つのを感じていた。

 見張るのだ。そしてやって来た怪盗を捕まえるのだ。

 明日の広告を飾る自分の姿を想像してみては、笑みが洩れる。

 こんな風に目を付けているのは自分だけに違いない思っていたジェイドは、少し離れた植え込みで同じような姿勢で座り込んでいる男の姿を見た時に、むっとした。

 ライバルだ。

 むっとした数分後、考え直す。

 ライバルは必要だろう。

 アタック紳士にも、アクロンというライバルが登場する。いつも同じ事件に目をつけてはアタック紳士に先を越されてしまうキャラクターだ。

 ジェイドは、ライバルを観察した。

 年の頃は、二十歳ほどだろうか。動きやすそうな黒いタイトな服を身につけており、職能的なムードがあった。

(もしかしたら広告屋かもしれないな……)

 事件を記事にする人のことだ。ここで彼と親しくなっておけば、もしかしたら今後の探偵業の糧となるかもしれない。彼だって、探偵とお近づきになって損はしないはずだ。

 ジェイドはそろそろと匍匐全身で相手に近づいて声をかけた。


「広告屋ですか?」

「え?」

「記事者の方なんでしょう?」

「──君は?」

「探偵です」

「たんてい?」

 男はぽかんとした顔でしばらく絶句していたが、次第に笑いはじめた。

「探偵……探偵かあ。こりゃいいや。で、その探偵クンはここで何をしているんだい?」

「お気づきかもしれませんが、実は……」


 怪盗アレンが黄金の竪琴を狙うのではないかという推理を得意げに披露すると、記事者はなるほどねえと頷いて言った。

「それで、張り込みをしているということだね」

「ええ、そうです」

「なるほど。それで、具体的にはどう阻止するつもりなんだい?」

「それは守秘義務というやつです」

 微妙に違う気もする答えであるが、対して男はなるほどともっともらしく頷いた。その様子に嬉しくなって、ジェイドはさりげなく──あくまでさりげなく捜査方法を述べた。

「どの出入り口を使うのかが焦点です。今までの手口からすれば、彼は目的の品のある部屋に直接進入するケースが多い。しかし、美術館となるとその部屋にもいくつもの入口が存在する」

「たしかに、個人の邸宅とは勝手が違うだろうね」

「僕が推測するに、奴は天井からくるのではないかと思っています」

「ほう、どうしてだい?」

「勘ってやつですよ」 


 愛読しているアタック紳士シリーズの中にも似たような話があるのだ。

『アタック紳士とからくり屋敷の怪人』において、怪人は天井裏を這いまわって犯行に及ぶのである。その痕跡を屋根裏で見つけるのは勿論、忠実なる助手・ライアンだ。


「ブツがある真上辺りは、危ないでしょうね」

 確信を持って断言するジェイド。

 そんな彼をおもしろそうに見ていた男は、やおら立ち上がると服についた草を払った。


「なかなか貴重な意見を聞かせてもらったよ。ありがとう探偵クン」

「いえ、たいしたことではありませんよ。僕はしがない市民でしかありませんから」

 アタック紳士の決め台詞を口にするジェイドに、男は笑って言葉をかけた。

「まあ、頑張ってくれたまえよ」

「ありがとうございます。そうだ、あなたはどこの広告屋なんですか?」

「広告屋ってわけじゃないんだ、悪いけどね」

「じゃあ、フリーなんですね」

「まあ、そんなようなもんかな」

 最近多い、雑誌記事者というやつかもしれない。ゴシップ誌というのも仕事のうちなのだろう、と寛大な心でジェイドは男を見送る。

「そうだ、あの。お名前は?」

「怪盗ってのは神出鬼没、固定観念を捨てなきゃしっぽは掴めないよ」

 振り返った男は質問には答えず、そう言ってにやりと笑った。




 宵闇

 そろそろ夕餉の時刻だ。

 一旦、家に帰ってから深夜に備えようと立ち上がったジェイドの背後で、パリンという破裂音が聞こえた。

 振り返った彼の目に映ったのは黒いマント。

「────!」

 アレンだった。

 あの怪盗アレンが自分の目の前にいた。

 やはり自分の狙いは間違ってはいなかったのだ!

 だが、深夜にはまだ程遠いこんな明るい時間に、一体何故?

 そんな疑問符が、ジェイドをその場に留め続けていた。

 テラスの上に留まっている怪盗。

 風が、そのマントを揺るがし、そしてジェイドの前髪をすくう。

 ふっと、怪盗が笑った。

 仮面の下の表情はよくわからないけれど、口元に浮かんだ笑みははっきりと判別できた。

 懐にやった手を、舞うように伸ばした。

 優雅な手つきに一瞬目を奪われたジェイドだったが、捕まえるために植え込みから踊り出た。

 ──つもりだった。

 足が上手く立たず、膝ががくりと地についた。

 頭がクラクラする。

 クスリだ。

 朦朧とする頭が告げる。

 アタック紳士にもあったじゃないか。アクロンが使ったしびれ薬。あれだ──

 薄れていく意識の最後に、言葉を聞いた気がした。


「固定観念を捨てなきゃ、捕まらないよ」





 気がつくと、家のベットだった。

 倒れていたところを保護されたらしい。そして、人を呼んだのがタロウであったらしいことを両親が教えてくれた。 

 翌朝、広告には怪盗アレンの犯行が取り上げられており、鈴生りとなった人込みをジェイドは口惜しげに見る。


「やあ、探偵クンじゃないか」

「あ、あなたは……」

 昨日、あの場で会った記事者だった。

「君の狙いは当たったみたいだね」

「ですが、阻止は出来ませんでした」

「怪盗ってのは、成功してこその存在。探偵というのはね、事件があるから存在しうるんだよ」


 男を見上げる。

 改めてみると、どこか不思議な顔立ちの男だった。


「もしかして異国の方ですか?」

「異国……? ああ、まあ、そうかな。さすがに鋭いねえ、探偵クン」

「いえ、それほどでもありません」

「しがない市民ですから──だろ?」

 顔を見合わせ、笑った。

 やはり探偵にはこういう仲間が必要なのだ。

 ひとしきり談笑してから、ジェイドは昨日の質問を再度ぶつけた。

「あの、お名前は?」

「レイジ。呼びにくけりゃゼロでいいよ」


 どこかで見たような笑みで、男が微笑んだ。





当時、書いていた小説は、女子高生が召喚の余波に巻き込まれて別世界にやって来たので、文句を言いにいく、というお話でした。

その際、キャラクターをリクエストして登場させる、ということをやっていました。

その中で出て来た「怪盗アレン」というのが私のツボで、彼が出てくるお話を作りました。

怪盗といえば探偵です。

ということで、探偵を自称する残念な少年を主人公とし、彼をからかう怪盗の青年という図式になりました。


この世界は、巻き込まれてやってきた日本人が他にもいて、情報共有をしています。

怪盗アレンさんは、麻生零二という日本人です。


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