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おひとりさまなわたしが、殿村くんに呼び出された理由(前)

初出:エブリスタ

 窓際の席というのは、高校の教室内においてはお得感満載な場所だとおもうのです。勝ち組です。

 やはり、四方八方を人に囲まれている状態は圧迫感があるといいますか、わたしのようにビビリな人間には重圧なのですよ。はい。

 その点、片側が壁であるというのは、かなりのアドバンテージになるのです。あ、これは廊下側の席もおなじですけどね。

 外界に面する窓際族(おっと、これはあまりよい意味ではありませんね、失礼)は、太陽の恩恵を受けるという、冬はありがたく、夏は地獄のような位置なのです。

 ですが廊下側、あれは駄目です。冬場の冷気は軽く死ねます。さらに扉の近くの場合、人が出入りしますからね。やはりドキマギするのです。



 今日も教室にはさざめきが響きます。

 授業と授業のあいだ、わずかばかりの休憩時間。用を足しにいったり、あるいは忘れた教科書をどこかのクラスに借りにいったりするなか、たいていのひとたちは仲の良い友人たちと談笑しています。複数人が誰かの机まわりに集まって、なにかしら会話をするのです。

 教室という名の大海原に漕ぎ出し、いくつかの島が形成される。大航海時代の到来です。


 わたしですか? おひとりさまですがなにか問題が?

 いいじゃないですか。ひとにはそれぞれ適性というものがあるのです。騒がしいのが苦手なひとだっているのです。孤独なロンリーウルフが平気なひとだって、世の中にはいるのですよ。

 ですから、あの子だって、そういう適性なんだとおもいます。


 うちの海域(クラス)にある島は、基本的に男女別なのですが、ひとつだけ混在しているコミュニティがあります。それが、蜂谷はちや帝国です。

 あ、これは女子のあいだでそう揶揄されているっていうだけで、男子がどうおもっているのかまではわかりません。

 蜂谷さんは、グループの紅一点です。

 配下の男子は五人。しかし噂では、他クラス、他学年、他校生など、範囲は広いとかで、何人いらっしゃるのか誰も知りません。

 お名前もきらびやかで、蜜華みつかといいます。

 蜂谷蜜華。

 親御さんは、なにを考えていたのでしょうね。漢字のセレクトを誤ったのではないでしょうか。ちなみに養蜂場とはなんの関係もない普通の家だそうですよ。



 蜂谷さんは美人です。

 バッチリとメイクを決めている素敵女子ですが、お化粧はいちおう校則で禁止されているはずなのですよね。髪を染めるのだってNGだったはず。

 だからわたしをふくめた女子たちは、黒髪に膝下のスカート丈を守っているのですから。


 けれど蜂谷さんは、そんな規律なぞどこ吹く風とばかりに、我が道を行く猛者です。

 整形は駄目とか、ナチュラルメイクがいいとか、世の中の男子は言いますが、蜂谷さんの瞳がくっきりしているのはお化粧マジックであることをご存じなのでしょうか。

 しかしまあ、注意されたようすがないのですから、「校則で決まっているはず」というのは、ひょっとしたらわたしの記憶違いなのかもしれません。

 今度、生徒手帳を確認してみましょう。それでやはり蜂谷さんが違反だったとしても、わたしがどうこうできる問題でもないのですが。生活指導の男性教師も、蜂谷帝国の一員だという、なにやらこわい噂もありますし。

 蜂谷さんに物申した違うクラスの女子が、返り討ちにあったという話も聞きます。わたし、噂には敏感なのです。

 ですからクラスの女子たちも、蜂谷さんにふくむところがあったとしても、なにも言わないというわけです。

 くわばらくわばら。


 おっと、くわばらといえば、桑原という方もうちのクラスにいらっしゃいます。

 正確には、いらっしゃいました。最近、お姿を見なくなったのです。

 ――たぶん、やめてしまわれたのです。

 素行に問題があったようにはみえませんでしたが、おうちの事情かもしれませんね……。おひとりさまのわたしが、唯一おはなしできる方でしたので、非常に残念です。



   ○



 おひとりさまのわたし。

 俗にいうところの『ぼっち』というやつかもしれませんが、『おひとりさま』という言葉を使わせていただきます。

 ぼっちというと、なにやら自虐めいた響きがあるじゃないですか。わたしの場合、いまの状態をすこしも気にしていないのですから。イジメにだってあいません。

 机のうえにゴミがあったり、他人の物が置かれていたりしますが、これはイジメではありません――よね?

 テキストに書かれた名前を確認して、持ち主の机に戻してあげるわたしは親切だとおもうのですが、ご本人はひどく驚いて、誰が置いたのかを訊いてまわったりしています。

 善行は隠れておこなうもの。

 「名乗るほどの者じゃないさ」は、死ぬまでに一度は言ってみたい台詞ランキングの上位に位置するものだとおもいませんか?

 わたしはおもいます。まだ言ったことはないですけれど、死ぬ前には言ってみたいものですね。




 窓際に座っていると、日々、いろいろな音が聞こえてきます。

 我が校は高台に位置していますので、大通りからも遠く、おかげで車の音はほぼ聞こえません。線路が近くを通っているので、時折ゴーという音がする程度。

 あとは、校庭でおこなわれている体育の号令や、競技に従事する生徒たちの声ぐらいです。放課後になれば、部活動の音へ変わります。これもなかなかオツなものです。

 ですが今は授業中。

 英語教師が発する呪文のような響きは、睡眠導入効果がありますね。

 ゆらぎ、というやつでしょうか。


 わたしの前では、殿村くんが寝ています。

 さきほど申し上げましたが、今は授業中です。

 でも、豪快にイビキをかいて寝ていらっしゃいます。

 よいのでしょうか?



 殿村とのむら(たくみ)くんは、転校生です。

 義務教育期間であれば、ままあることでしょうけれど、高校生になっての転校なんて、あるのですね。これまた、おうちの都合でしょうか。

 大変ですね。おつかれさまです。


 とかく転校生なる存在は、人目を引くものと相場は決まっています。

 かくいう彼も、なかなかに鮮烈なデビューを飾りました。

 眉目秀麗な殿村くんは、それは女子に囲まれまして、一部男子らの舌打ちをほしいままにしました。

 かの蜂谷帝国も彼を国民として迎え入れようとしたのですが、「興味ないんで」とすげなくお断りしたものですから、反帝国派の男子からは英雄視されました。

 女王蜂――おっと、蜂谷さんをこころよくおもっていない女子のハートも鷲づかんだようで、告白タイムが連続しました。あかねさす放課後の教室、というやつです。

 ロマンチックです。

 少女漫画の世界です。

 告白場所を選んだ女子は、わかっていますね。


 だというのに、お断りしてしまうのですから、殿村くんはクールガイです。

 え? なぜわたしが知っているのかですか?

 それはですね、彼女たちがわたしがいることに気づかず、はじめてしまうからですよ。

 わたしだってできればご遠慮願いたいところです。

 恋に目が眩んだ彼女らは、わたしのような影のうすい『おひとりさま』なぞ、目に入っていないのです。

 ですから、わたしにできることといえば、机の下に埋まってこっそり静かに、ひたすら貝になることでした。


 ここは海。

 水平線に夕陽がしずむ、砂浜です。

 波に攫われて流れてきた貝が、わたしです。

 波打ち際、水にさらされ角も取れ、すっかり丸くなりました。

 さくら色の、きれいな貝を希望します。

 静かに、静かに。


 けれど殿村くんだけは、わたしに気づいていたようです。

 わたしがそのことを知ったのは、三度目の告白のあとでした。




「覗き?」

「ちがいますっ」


 あわてて頭をふりました。手だってぶんぶん振ります。

 否定です。否定ったら否定なのです。

 すると殿村くんは、そのクールガイな表情を崩し、笑ったのです。

 それはまるで雪解けでした。

 私のこころに春が到来です。


「ヘンな奴だな」


 ……そうかも、しれません。





 それ以来、わたしは殿村くんとはおはなしをするようになったのです。

 殿村くんときたら、休憩時間に船出しないのです。どこの島に行ってもきっと歓迎されるはずなのに、いつだって自分の島に――椅子に座っています。

 窓を背に室内を眺めながら、まるで独り言のように、わたしにはなしかけてくるのです。殿村くんも、いまでは立派なロンリーウルフです。


 ヘンな奴だとわたしに言いますが、殿村くんだってじゅうぶんに変わっているとおもうのです。

 わたしはたぶん普通なのです。

 ヘンになるのは、殿村くんのせいなのです。

 彼と接するときだけ、わたしはおかしくなってしまうのですから。



 そもそも、おなじ『おひとりさま』でも、わたしと殿村くんは違う種類の『おひとりさま』だとおもいます。

 わたしは、みんなにとって空気のような存在ですが、殿村くんはそうではないのです。とっても頭がいいですし、運動神経だってバツグンらしいです。体育は男女別におこなうので、実際に見たことはありませんけど、運動部から勧誘されているのですから、有望株なのでしょう。


 先輩や同級生からの誘いもすげなくお断りする殿村くんは、お断りマスターです。

 なにもかもをお断りしてしまう彼を、わたしはひそかにそう呼んでいますが、なんだか哀しいことだともおもいます。

 わたしは年季の入った『おひとりさま』ですが、殿村くんはそうではないのですから。

 他の方々と楽しくおはなしをしたり、お出かけしたりするべきなのです。どうしてわたしにかまうのでしょう。

 なんだか、苦しくなるのです。


 日を追うごとに、わたしは苦しくなりました。ぜんぶ、殿村くんのせいです。グーグー寝ている背中をぺちんとやりたくなりますが、そんなことはできません。

 なので、ただ、じっと、彼の背中を見つめました。

 教室の一番うしろというのは、よいものです。こうして見つめていても、さとられることがないのですから。

 ふと、殿村くんの背中が震えました。

 わずかに肩を跳ねさせて、ぐるりとうしろを振り返ります。


「呪った?」

「まさか」


 なんて失礼なことをいうのでしょう。

 呪ってなんていませんよ。ただ、ちょっとだけ、振り返ってくれないかしら、なんてことを考えたりしたかもしれませんけど。

 殿村くんが振り返ったものですから、そのお隣の席にいた男子もわたしのほうを見ました。

 おもわず、顔をそらせます。

 いません、いません。

 わたしはここにはいませんよー。


「……あほ」


 ぼそりと呟いた殿村くんが、どんな顔をしていたのか。

 うつむいて貝になっていたわたしは、知りません。

 呆れたような、けれど突き放した声色ではなく、どちらかといえば――、そうですね、哀しい、というような。そんな色をした声でした。


 殿村くんは、わたしを『脱おひとりさま』させたいのでしょうか。

 わたしは、今のままでもいいのです。

 むしろ、今がいいのです。

 殿村くんとおはなしできる、今が心地よいのです。

 顔をあげないわたしに、殿村くんがいいました。


「今夜、教室で待ってる」





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