編集者と作家先生
初出:活動報告(2019/01/11)
なななん様(ユーザID:1060080)の活動報告で行われたお題に、場外参加。その発展系。
「篠原、どうした」
「先生」
篠原と呼ばれた女は振り返る。
「いえ、別に」
見惚れていました、と言うのはなんとも癪である。
手書きにこだわり、万年筆のインクが充満する書斎。
天窓を背にした机に向かい書き綴る姿が、陽光を受け輝いている。
細かな埃がちらちらと舞い男の上に光の粒を降らせると、そこだけが世界から切り離されたようだ。
絵画のような静謐な空間、その絶対的な主。
篠原亜紀が受け持つ作家先生、その人である。
この先生は、性格に難があることで有名だ。
本が売れないこの時代、出せばベストセラーを叩き出す。そのくせ、賞レースにとんと縁がないところがそれを物語っている。
編集者泣かせの偏屈家。
担当になった者は、一年ともたずに辞めるといわれる中で、現在一年と一ヶ月ほど。
頑張れよとかけられる声の大半は、いつ辞めるかという賭けに起因していることを、彼女は知らない。
篠原が彼――安芸志信という作家に付くことになったのは、編集長の采配だ。
安芸志信といえば、そのビジュアルもまた有名で、特集を組んだ文芸誌が驚異の売り上げをみせ、月刊誌としては異例の重版がかかり、出版業界を騒がせたことは記憶に新しい。
昭和の文豪よろしく和装姿で、斜めに構えた立ち姿は、どこぞの俳優のようでもあった。
まだ新人といってもいい女が大物作家を担当するとなれば、反感を買うのではないかという恐れもあったが、両手をあげて歓迎されたものだから、首を傾げたものである。
期待と不安が入り混じる中、引き合わされた場で、男は篠原を見て口の端を歪めた。
それはなかなかカチンとくる笑みで、負けじとつんと澄ましてみせる。
「あんた、名前は?」
「篠原です」
「フルネーム」
「篠原亜紀です」
「へえ、アキ」
「はい。アキ先生」
「おい」
「はい?」
柔らかな光に誘われ、半分舟をこいでいたらしい篠原は、男の声に肩を震わせた。
二度まばたきをして、己の身体に覚醒を促す。
「終わった」
「ありがとうございます」
インクの香りがたつ原稿を恭しく受け取ると、「お茶にしましょうか、先生」と声をかけた。和装にこだわるくせに、安芸は洋菓子に目がないのである。
すると、男は眉を顰めた。
「仕事は終わったんだが」
「はい」
「で?」
物言いたげな眼差しに目を泳がせ、観念したように呟く。
「……志信、さん」
「糖分補給させろ、亜紀」
耳元で囁かれた声に、思考が溶ける。
安芸亜紀は嫌だと思いながらも、その身を委ねた。
==========
「◯◯、どうした」
「先生」
◯◯と呼ばれた△△は振り返る。
==========
これをもとに、200字にまとめる規定で、三本書きました。
→ https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1005573/blogkey/2212826/
そのうちの一本を、1000字(Word換算)にしてみました。




