桃太郎がゆく!
初出:自サイト
「ファンタジースキーさんに100のお題」を使用。(013.きび団子を改題)
「おじいさん、おじいさん」
「どうした、ばあさんや」
「これ、見ておくれ」
「なんと、このような所から赤ん坊がっ」
○●○
彼の名は、高橋秀樹。
一見、ごく普通のこの青年は、おじいさんとおばあさんに育てられている。
本当の両親のことについて、秀樹は決して尋ねたりはしなかった。自らの出生について、その話題に触れる時、老夫婦は決まりわるげな顔をするから──
聞きたくない。
いや、聞かなくてもよいではないか。
自分をこれまで育ててくれた二人への感謝の念を抱きつつ、彼は老夫婦を本当の両親であるかのように日々を送っていた。
そんな平穏な生活にある日、唐突に終止符を打たれるとは予想だにしていなかったのである──
「おじいさん、おばあさんっ!」
秀樹が家に帰った時、屋内は荒らされており、そして両親ともいえる祖父母の姿が忽然と消えていた。
強盗に押し入られるような家ではない、何故!
その理由について、彼には心当たりがないわけではなかった。
最近、巷を騒がせている事件がある。
人類を敵と見なす、正体不明の悪の組織が出現し、人々の生活を脅かしているのだ。
そんな人々の唯一の救い──悪を倒すヒーローが存在している。
街を疾走し、悪の怪人を斬る、そんなヒーローが。
「……悪の軍団め、オレの大事な両親をっ!」
拳を握り締め、秀樹は悔やんだ。
己の身体を。
己の運命を。
そう、彼こそが正義のヒーローなのである。
決して正体を知られてはいけない彼は、犬と雉と猿の遺伝子を組み込まれた改造人間。
この呪わしい体質を恨み、憎み、嘆いた彼に指針を見出してくれたのは、他ならぬ祖父母だった。
「おまえは選ばれた人間なんだよ」
「おまえならきっとやれるさ」
そういって励まし、支えてくれた両親。
秀樹はゆっくりと立ち上がる。
取り戻す。
必ずや。
ウエストポーチから取り出だしたキビ団子を口へ含み、噛み締める。
おばあさんが作ってくれた、団子。
咽を通り、体内へと吸収されると共に、彼の身体は改造人間のそれへと変化していく。
すべてを飲み下した後、そこに立っているのは青年・高橋秀樹ではない。
正義のヒーロー「桃太郎侍」だ!
○●○
「あー、桃太郎が走ってら~」
「なあなあ、キビ団子くれよ~」
「仲間になってやってもいいぜ~」
悪ガキどもの声援を背中に受け、仲間を持たない一匹狼のヒーローは、町を走る──自らの脚力で。
(……奴らがいるとすれば、きっと!)
思い当たる場所を目指し、桃太郎侍は走る。
横断歩道を渡り、単車と平行して抜かされ、女子高生の自転車を抜き去り、
彼は走りつづけた。
「そこから先は、通すわけにはいかねえな」
立ちはだかった赤鬼。
その両隣には青鬼、黄鬼が並ぶ。
「今まではいいようにやられていたが、これからはそうはいかんぞ桃太郎侍!」
「なんだと!」
「我らが主がお戻りになったのだ」
「……主?」
「そうだ、主様さえいらっしゃれば、おまえごとき相手ではないわ」
「主だかなんだか知らないが、だからといって引き下がるわけにはいかないっ、オレの両親をどこへやった!」
「……両親、だと?」
不意をつかれたように呟いた鬼達は、次の瞬間、腹を抱えて笑いはじめた。
怒りの顔を見せる桃太郎侍に向かい、青鬼は言い放つ。
「おまえが両親と呼んでいた存在はもういない」
「両親とは笑わせてくれるわっ」
ガハハハと高笑いを続ける鬼達に、桃太郎侍は斬りかかる。
それをこん棒で受け止めた赤鬼が逆に桃太郎侍へ突っ込み、力に押され桃太郎侍は後方へと地を滑る。手をつき、立ち上がる桃太郎侍に、すかさず黄鬼が一撃。
彼の左脇を反れ地面を打ったこん棒の動きを難なく躱して、桃太郎侍は相手からさらに距離を取り、刀を構え体勢を立て直した。
「ふっ……、どこを狙ってやがる!」
「どこだと? 決まってるだろう」
「……な、それはっ!」
鬼が掲げてみせたそれは、今しがたまで彼の腰に存在していたポーチ。
「そのようなもの、おまえらには関係がないだろう!」
「確かにな、我らには必要はない。だが、貴様には関係があろう」
「このキビ団子がなくなってしまったら、おまえの身体はどうなるかな?」
「────!」
衝撃が走る。
そう、あのキビ団子は彼を変身へと促すもの。
しかし、それだけではない。
彼の身体は改造人間であるが故の遺伝子的欠陥を背負っており、彼自身の健康状態を支える意味でも重要な物なのである。
しかし、それは誰にも知らせてはならない、秘密。
敵に知られるわけにはいかない、最大級の秘密なのだ。
「じわじわと弱っていく様を見るの、楽しみだなあ、桃太郎侍よ」
「お、おのれぇ!」
逆上した桃太郎侍の動きをひょいと交わし、鬼三人衆はなおも笑う。
その時だ。
新たな気配が生まれた。
彼のよく知る気配──彼の大事な両親のものだ。
「おじいさん、おばあさん。ご無事で!」
「おお、主様っ!」
敵味方の声が重なった。
主!?
桃太郎侍は、呆然と立ち尽くす。
そこにいたのは確かに姿を消したおじいさん、おばあさん。
だというのに、その立ち振る舞いはなんだというのだ。
鬼の配下を引き連れ、悠然と構えるおじいさん。
艶やかな衣装をまとい、微笑むおばあさん。
「赤鬼、青鬼、黄鬼。下がれ」
「はっ」
指示を与える姿を見てもなお、桃太郎侍は動くことができない。
何故だ、
洗脳なのかっ。
「わしらは洗脳などされてはおらぬそ、桃太郎侍──いや、秀樹よ」
「お、おじい、さん。一体……!」
「おやまあ、ほんとうに気が付かなかったのかい?」
「何がですか、何に気づかなかったというのですおばあさん!」
「わしらの正体にじゃよ」
「正体ですって?」
おじいさん──いや、悪の組織の主は、笑う。
「わしこそがこの組織の創始者であり、そしておまえを改造した者だということじゃ」
「今まで、それはいい実験だったねえおじいさん」
「そうだな、ばあさん。排水溝の中から赤ん坊が出てきた時にはそりゃあびっくりしたもんだが、あれがわしらの転機だったなあ」
「あの日の自治会のドブさらいに出たかいがあったってもんだよ」
「排水溝……、ドブ……?」
不穏な単語に身体が震える。
「オレは桃から生まれたわけではなかったのか……!」
「誰がそんなことを言ったよ、桃から人が生まれるわけはないだろう」
真顔で即答され、桃太郎侍は膝をつく。
人生を根源から揺るがされた、衝撃の発言だった。
捨て子捨て子とからかわれ、桃太郎だと笑われても耐えられたのは、おじいさんとおばあさんがいたからだったのに。
その二人こそが、すべての要因を形作った張本人だったのである。
桃から生まれたわけではなかった。
改造を施し、身体をよい実験体と見なしていた。
オレは、オレは……。
「秀樹、今までご苦労であったな」
「…………」
「もう解放してやるよ、秀樹」
「解、放……?」
「そうじゃ。今までの研究結果があれば、新しい人型を作り出すのに充分じゃからな」
「新しい?」
「わしらの目標はな、人の助けとなるであろう、もっとも人に近く、それでいて人よりも強靭な身体能力を有した人造人間を作り出すことなのじゃよ」
「──な、なんですって!」
「さらばだ、秀樹よ」
「おじいさん。おばあさん!」
そのまま姿を消そうとした二人がそこで立ち止まる。
最後にもう一度、秀樹を見やり微笑んだ。
「言い忘れてたよ秀樹」
「なんですか、おばあさん」
「食べる物にはお気をつけ。まだうちにキビ団子は残っているけどねえ、今までおまえに与えてきた料理にはおまえの身体を保つための特別なものが配合してあったから……」
「……から?」
「それを吸収しないと、遠からず身体は弱っていくだろうよ」
「それって――、それとは何なのですか!」
「知りたければ、わしらの元へ来るのだな」
「それまで身体が持てばいいけどねえ」
「うぅ……」
不意に桃太郎侍の身体に痛みが走り、彼の変身が解けてしまう。
今や秀樹の姿へと立ち戻ってしまった彼が、組織に追いつける力があろうはずがない。
笑い声とともに、次元の隙間にでも入り込んでいくかのように消えた姿を、彼はただ見守ることしか出来なかった──
こうして発覚した、悪の組織<人型造成プロジェクト研究会>は、翌日の新聞各社がこぞって取り上げ、人権問題を含めて賛否両論を世論で交わしている。
組織の発表した「能力強化の薬(無味無臭)」は、スポーツ界に波紋を揺るがし、また、彼らを擁護する団体をも現れはじめている。
たったひとつの謎の組織が、この世の流通を制握しかねない状況が生まれようとしていた。
しかし、奴らに対抗出来うるのは、唯一の人造人間プロトタイプである「桃太郎侍」のみ!
行け、桃太郎侍
頑張れ桃太郎侍!
地球の未来より前に、キミの健康を守るため!!
元の話では、高橋英樹なんですが、転載するにあたり漢字を変更しておきました。
でも私、桃太郎侍、見たことないんですよね。すみません。