桜の雨が降る頃に 「一千年」
初出:自サイト
「ファンタジースキーさんに100のお題」を使用
遥か先の未来。
未知なる世界。
死んじゃったとしても、一千年って、長いのかなぁ。
*
時は流れ、どんどん、どんどん進化を遂げる。だから、
「明日生きてるかどうかわからないよね」
ぽつん、と言葉を吐いたら、前にいた少女は口を開けて固まった。
まばたきするのも忘れてるみたいだから、未知は手を振って生存を確かめる。
「おーい、生きてる?」
「生きてるけど」
けど? と無言で答えを促すと、ずれたわけでもない眼鏡に手を当て、直しながら彼女は呟いた。
「ちょっと驚いただけ。今更だけど、わからん」
「わからんって、なにが?」
「その態度丸ごと」
本気で首を傾げている少女・桜井未知を見て、沙希は何度目かの溜め息をついた。
この少女とは中学からの付き合いで、知り合って現在で五年目に突入する今も、この唐突さにはついていけない。
自分も変わっているとは言われていたけど、未知はそのさらに上をいく変人だともっぱらの噂だ。
顔は悪くないと思うのに敬遠されるのはそのせいだろう。
美少女に対して同性は厳しいものだけど、この素っ頓狂な性格はそれ以前に絡みづらい。もっとも慣れてしまえば楽なものだけれど。
なにを言っても適当に流しておけばいいのだ。軽くあしらっても根にもつようなタイプじゃない。それならそれで、と終わってしまう、未知はそんな子だった。
「で、病気なの?」
「誰が? さっちゃんが?」
「あたしじゃなくて、あんた」
「元気だよー。今日も元気だからご飯が美味しいの。あのね──」
「献立はどーでもいい、後で見るからその時ね」
話が脱線するのをそっけなく防いで、沙希は話を戻す。
「明日死ぬかもしれないのほどのことが、なにかあるのかってこと」
「ううん、ないよ」
「じゃあ、さっきのはなに」
「えーと、だからさ。何があるかわからないから、ひょっとした隕石がずどーって落ちてきて死ぬかもしれないでしょ。だから、だよ」
「爽やかに言うことでもないでしょ」
えへへと笑いそうな顔は、なんとも嬉しそう。
変わらないな、と。そう思う。
初めて会ったのは、中学の入学式だったはず。第一声は「眼鏡、可愛い」だった。
眼鏡姿が可愛いのではなく、眼鏡自体を心底気に入ったらしい彼女は、大きな瞳をくるくる動かす可愛らしい女の子だったけれど、どこかピントのずれた物言いといい、その様子を耳に挟んだらしい見知らぬ女の子がくすりと笑ったところをみると、どこの学校にもいる「ちょっと変わった子」なんだろう、と。理知的な頭でそう判断したものだ。
さすがは、幼稚舎から大学まである私立校。おかしな人もいるんだろう。
勢いにおされるように「吾川沙希」と名乗れば、「沙希ちゃん、沙希ちゃん。うん、ねえ、さっちゃん」と、何の前振りも確認もなく略されて呆気にとられたのはまだ記憶に鮮明だ。
というか、鮮明すぎたのだ。この桜井未知という少女は。
中等部入学の自分は親しい人がいないのは当然だし、別に馴れ合う気もなかったからいいのだけれど、幼稚舎からいるらしい未知に「友人」が見当たらないのはどういう具合だろうか。
いないと判断してしまうのは悪いような気もしたけれど、入学式後もずっと自分と一緒にいようとする彼女に、友達がいるようには思えなかった。
教室に入り、もう流されるままに隣に座り。初日だけあって、担任紹介の後は無罪放免。あっさりしたもんだと呆然としていると、落ち着いた声がかけられた。
振り返った先にいたのは、式典でも教室でも目立っていた男の子。
整った顔立ちで、同じく中学入学らしい女の子はひそひそと黄色い声を上げていた。
男の子に取り立てて興味も関心もない沙希ですら、「カッコいいな」と素直に思えるほどに、彼は美少年だった。たしか名前は麻生零ニ。大人びた印象は、教室でも群を抜いていて、そういえば何かの委員に推薦されていた。
ぱちくりと目を見開いて凝固していると、横にいた未知がのんびりと声をあげる。
さすが変人娘。こんな美少年にも動じないだなんて──と別の意味で感心していると、驚いたことに彼はそんな未知のそばに寄り、なんということのない様子で声をかけたのだ。
「寝ぼけてるのか、おまえ」
「寝てないです。寝ぼすけさんは、零ちゃんだよ」
零、ちゃん?
さらには、「ほら、寝癖だー」と、彼の髪を引っ張っている。
沙希は凝固した。
見た目は美少女と美少年のカップルだけど、「美少女」の方は生憎とかなりの変わり者であることを、わずか数時間の間に知ってしまっている故に、ありえない構図を見ている気分だった。
対して麻生零ニはといえば、不愉快そうな顔をしながらも、不機嫌ではない様子。
優等生は心が広いのだろうかと思っていると、未知が思い出したようにこちらを向いて、自分を指差し宣言した。
「さっちゃん。友達なの」
「なのっていうか、なりたいんだろ」
「でももう友達だよ」
ねえ? と問われて頷いたのは、その笑顔に邪気がなかったからだろう。
勢いだと言われたら、もうそれまでなのだが。
未知が一部の女性陣に陰険な目で見られている理由は、この麻生零ニにあるらしいと理解した頃には、沙希はすっかり未知に馴染んでいて。
常人とは違う視点と観点から下す唐突な発言は、それはそれで面白い。
彼女はまさに「未知の存在」だった。
いわゆる「男女の仲」ではないらしい、未知と麻生零ニだけれど、それがどこまで本当なのか、真偽の程は定かではない。校内では賛否両論だけど、彼に熱を上げている少女達にしてみれば、真実である方を望むだろう。
実際問題、そういった色気ある仲には見えないけれど、かといって単なる「友達」と言えるのかどうか。
一度聞いてみたけれど、「零ちゃんは零ちゃんだよ」とニッコリ笑って終わりだった。
無邪気なのかそうでないのか微妙だけれど、沙希はなんとなく納得した。
好きだとか嫌いだとか、そういう問題ではないのだろう──と。
「だからね、さっちゃん。聞いてる?」
「はいはい、聞いてますって」
「もう、零ちゃんみたいなこと言わないで」
「真似したつもりないけど、そうなんだ」
「そう、ずるいんだよ」
なにがどう「ずるい」のかわからない。
麻生零ニは分けへだてない紳士たる少年だからだ。
もっとも、平等であるということは、誰も「特別ではない」証なのであるが、それに気づいているのは彼に恋愛感情をカケラも抱いていない、一部の女子のみだろう。幸せなことだと沙希は思う。
彼の「特別」が──、それが恋愛と呼ぶに値する感情であるかどうかは別としても、桜井未知であること。おそらく彼女しかいないのであろうことに気づかないでいられれば、それに越したことはない。
沙希は沙希なりに、この変わった友人を応援しているのだから。
「だからー、明日死んじゃったとするでしょ? 死んだらどうなっちゃうのかわかんないけど、魂だけになって生き残ってるかもしれないわけで」
「生まれ変わりっていうのもあるでしょ」
「うん、でもね。私は私だから、他の誰かじゃないんだよ」
死んでしまっても、自分は自分としてどこかに残りつづけていく。記憶であり、思い出であり。
「百年ぐらいなら、覚えてる人もいるかもしれないけどね、もっとずっと先になっちゃうと、よっぽど有名人じゃないと覚えてなんてないんだよね。どうすれば残るのかなぁ」
「残りたいの? 世の中に」
「じゃないけど、寂しいなって思う」
「生きてないんだから、そんな感情もないと思うけど」
「ん、だからね。今。今の私が、寂しいなって思うのよ」
「あー、そうね」
子供を諭している気分になった沙希に、横から救いの声。
「平気だろ」
「どうしてー?」
「俺が覚えててやるから」
「零ちゃん、千年先でも生きてるの?」
「俺は腐った死体かよ」
「やだ、寄らないでよね。気持ち悪いから」
「絞めるぞ、おまえ」
未知と会話する彼は、途端、子供になる。
態度そのものでなく、オーラが違う気がするのだ。
これじゃ誤解されても仕方ないでしょうに──と、ひそかに思う沙希の視線の先で、学園の貴公子・麻生零ニは、貴公子らしい発言をした。
「魂だけの存在になっても、この世にいるかぎり、俺がおまえ忘れるわけないだろ」
「うん。頭いいもんね、零ちゃんは」
姫君の方は、相変わらずの返答だけど。
たとえ遥か先の未来でも。
きっと彼と彼女は、思い合って笑うのだろう。
変わらぬ思いと記憶を、胸に抱いて。
例え、そこにどんな距離が存在していたとしても──