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桜の雨が降る頃に 「勝つために手段は選ばない」

初出:自サイト

「ファンタジースキーさんに100のお題」を使用


 手順だとか、規則だとか。

 そんなのいちいちめんどくせーよ。

 要するに──


「結果オーライ、だろ?」



    *



 放り投げたコインがお日様を反射してから落ちてくる。

 キラリ。

 銀色のコインが一瞬白くなって、眩しくって目を細める。

 視線の先では、感触を確かめるようににぎにぎと手の中の五百円玉を玩んでいる男の子が一人。口の端を上げて笑っている彼に向かって、諌めるように口を開いた。


「こんじょーわるの顔してるー」

「いい男はニヒルでもいいんだよ」

「ニヒルだなんて言ってないよ。極悪な顔だって言ってるんだよ」

「その辺のチンピラみたいな言い方すんなよ」

「平気だよ。零ちゃんなら幹部クラスだから」

「──褒めてんのか、それ」


 憮然とした声。

 だけど、怒ってはいない。

 その低い声は聞きようによっては怒っているかのように取れるかもしれないけど、でもそこに含まれている気持ちには、怒気は感じられない。わざとぶっきらぼうな言い方ばかりするんだ、零ちゃんは。いつも。

 手のひらと空中を踊るコインは、知らない間に数を増していた。

 一枚、二枚、三枚、四枚──


「いくら巻き上げたの?」

「報酬だろ」

「騙したくせにー」

「頭脳労働」

「悪知恵っていうんだよ」

「いいだろ、別に」

「いけなくはないけど、良くはないと思います」

「はいはい、そうですか。じゃあ未知さんには還元いたしません」

「それとこれとは別でーす」


 早めた足に追いついて横に並ぶと、わからないぐらいの微妙な感覚でもって、速度が緩まる。

 零ちゃんのやり方はさりげない。

 さりげなさすぎてわからないし、露骨すぎてやりすぎてると思う。



「苺のミルフィーユ」

「特別版の、だろ」

 前置きなしに出した言葉だけど、すぐに答えが返ってくる。

 桜井さんっていきなり言い出すから、何のこといってるのかわからない。

 よくそう言われる。

 実際、相手が怪訝な顔をする時もいっぱいある。慣れたけど。私も相手も。

 だけど、零ちゃんだけは別だ。不思議な顔なんてしたことないし、こっちの意図したことは全部汲み取って答えを返してくれる。

 うん。わかる人はわかるし、ちゃんと通じてる。


「そう、ちょっとリッチな気分に浸るのです。あ、でもなー……」

 苺大福も売り出してるはず。

 そのことを思い出して、ちょっと悩む。

 ううん、ちょっとじゃなくて、かなり。

 あそこの大福は、餡子と生クリームの按配がすっごく絶妙だったりして、美味しい。とてつもなく、素晴らしく。だから大好きだったりするんだけど、だからこそお値段もちょっぴり贅沢。でも、美味しくてつい手が伸びちゃうという、悪循環。ああもう、ずるいんだ、あそこ。


「でも──」

「じゃ、大福はテイクアウト」


 深刻なる悩みを打ち明けようとしたら、声が降ってきた。

 きょとんとして、思わず呆気にとられて隣を見上げ、問いかける。


「エスパーになったの?」

「悩んでるって顔に書いてるから、んなもんすぐわかるだろ」

「だからって大福とは限らないよ。ひょっとしたら苺ショートかもしれないし、チーズケーキかもしれないじゃない」


 あ、抹茶とクリームのマーブルケーキも美味しいんだ、あそこ。

 絶品メニューを口々に上げていくと、途中でもういいと遮るように、言葉を被せて、

「だけど、今の時期なら苺大福だろ。あそこの旨いしさ」

「苺の時期だしね。でも──」


 苺メニューは盛り沢山。大きめの苺がポンと生クリームに埋没しているシュークリームも、大福に並ぶ目玉商品で。

 大福かシュークリームかって、結構甲乙つけがたい勝負だったりする。

 苺のロールもそろそろだし、タルトも並ぶかもしれない。そんな中で、

「どうして大福なの?」

「大福なんだろ?」

「そうだけど」


 どうしてわかるかなぁ?

 むむっと考えていると、「わかるだろ」と呆れた声が聞こえてきて。

 そうかもしれない、って納得する。

 零ちゃんだから。

 それだけで全て解決した気がする。

 十数年来の幼なじみっていうのは伊達じゃないんだ。

 疑問は事実となって、すとんと胸に落ちた。そのかわりに、弾んだ気持ちが湧いてくる。

 意味なく嬉しくなってきて笑っていても、零ちゃんは変わらず澄ました顔。引きずられないし、崩さないスタンス。

 だけど、だからといって同調しないわけじゃないし、喜怒哀楽の気持ちはちゃんと通じているし、感じてもいる。

 ただ単に、方向が違うだけなんだと思うんだけど、よくわからない。言葉にすると変になるから、説明しようと思っても無理だし、別に説明しなくても零ちゃんは零ちゃん。

 わかるけど、納得するのが難しいことばかり考えている人。

 それが「麻生零ニ」という人だと思ってるんだけど、皆はどうしてか違うという。

 優しくて平等で気さくで朗らかで。

 違わないけど、違うと思うんだけど、それを言うとやっぱりおかしな顔をされちゃって、実はひそかに悩んだりもするんだ。

 全てにおいて超越しちゃってる──、っていうか、もっと先の、先の先を見て判断を下している零ちゃん。

 それが面倒で嫌だから、何もしてない振りをしているのを隣で見ていると、ちょっとばかりもどかしい。

 だって私たちは、同じコインの表と裏。

 零ちゃんが表なら、私は裏っかわ。

 零ちゃんが光で、私は影。

 同じ場所にいて、同じ物を見ていても、違う先を見据えているから。


 うん、だからきっと、羨ましいんだ、零ちゃんが。



「ジェラシーだなー」

「いきなりなんだ、それは」

「零ちゃんはずるいなってことです」

「はいはい、悪かった悪かった」

「もう、そればっかり」


 軽くいなされることに甘えて、離れてしまわないようにぶらさがってみて。

 それが居心地の良いものだと思っているのは、願望でも傲慢でも自惚れでもないけど、一緒の気持ちだとわかっている。

 たぶん、私が見ている先だけじゃなく、零ちゃんの見据えているまったく違う方向にある未来でも。

 だって地球は丸いから。

 どこかでがつんってぶつかるよ。



 ちゃらちゃらと音を立てるコイン。ぶつかってぶつかって、チャリチャリ鳴ってる。

「ねえ、あのね。ケーキだけどね」

「任せとけって。俺にかかればちょちょいのちょいで、大勝利収めてやるから」


 目指す御用達のケーキ屋さんでは、ゲームに勝ったらおまけが付く。

 キャンペーン中はさらに倍増だから、上手くいけばお金を出して買ったケーキにプラスで三つ四つも伊達じゃなかったりする。すっごくお得。


「いっぱいずるしていいからね」

「騙すのはダメなんじゃなかったのかよ」

「それとこれとは別でーす」


 だから、頑張って勝ってね。

 エールを送ると、今度こそ本気で笑って零ちゃんは言った。


「仕方ねーから、本気出して何がなんでも勝ってやるよ」

「あのね、希望景品はね」

「限定苺ロール、だろ」

「半分こしようね」


 ケーキと紅茶を、陽だまりの下で食べられる今日は、

 いつも通り、しあわせでいられる午後。

 今日はいい日だね。

 言うと、「今日はじゃなくて、今日も、だろ」と笑われたけど。

 お天気な頭だと叩かれた手のぬくもりは、今もちゃんと覚えてるんだよ。




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