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自称探偵 ジェイド 「面影」

初出:自サイト

「ファンタジースキーさんに100のお題」を使用


「どこの世界でも、祭りっていうのは一緒だな」

「レージさんの故郷でも、同じようなお祭りがあるんですか?」

 洩らした言葉が聞こえたのか、脇にいた少年が好奇心丸出しといった声で問いかけてきて、青年は苦笑して答える。

「同じじゃ、ないけどね」

 さすがに、魔法は存在しねーしな──と呟いた声は聞こえていなかったのだろう。少年は、「じゃあ、どういう風な祭りですか?」とさらに問いを重ねてきたので、なんと答えるべきか考えながら言葉を選ぶ。

「こうやって屋台が並んでさ、いい匂いがするんだけど、こういう時って普段より高いんだよな」

「そうなんですよね。これは暴利だと思いますよ」

 言う少年の手には唐揚げの袋があるのであるが、彼が認識している限りでそれは二つ目になるはずだった。一体何の肉なのか少し気になるけれど、カエルだって食用になるのだから、どんな動物であれ──動物どころか魔物であったとしても、食べられる味ならばたいして問題はないだろう。

 そう達観できるほどに、「この世界」に馴染んできつつある自分を、彼はまるで他人を見るように冷静に判断する。

「レージさん、取材はいいんですか?」

「こうやって見てることが取材だよ。別にインタビュー記事ってわけじゃないからね。見聞したことをちょこっと紹介する程度。それだって、採用されるかどうか微妙なんだよ」

「大変なんですね、フリーの記事者って」

「しがらみがないっていうのは、良し悪しだよ」

 自称・名探偵であるこのジェイドという少年と会ったのは、祭り会場の入口だった。

 級友達と一緒にいたようであるが、彼らと別れて付いてきた理由はたぶん、「事件」があると思いこんだせいだろう。ある意味非常に熱心ではあるが、いかんせん「空回り」が多い。もっとも、それが見ていて飽きないところでもあるのだが。

 十字路にさしかかる。

 普段ならばなんてことのない場所だけれど、馬車も止められているいわば「歩行者天国」の今は、人人人の嵐。まるで騎馬戦だな──と、笑った。

 いや、人物品評会だろうか。染めているわけでもない鮮やかな地毛の数々は、なかなか目にも眩しいところだ。多少茶色味がかっているとはいえ、黒目黒髪の自分はさぞかし異質に見えるだろう。

 もっともだからこそ、「同朋」が見つけやすいというものであるが──


(でも、あれだな。欧米人とかならわかんねーか)

 上げた視線。流れる人に目をやり、

 その時、世界が止まった気がした。


「──……、知……」






 ざわつく人込みでは、スリの発生率が高い。

 ジェイドは食べることでカムフラージュをしながらも、周囲に気を払っていた。事件が起きた時、迅速に対処する必要があるからだ。

 一風変わった印象のある知り合い、レージの姿を見た時は、きっと何か事件の取材に違いないと思ったのであるが、彼は単なる穴埋め記事の取材だという。それでも、このメンブレンの祭りは初めてだという彼を案内するために、ジェイドは級友と別れてこうして彼と一緒にいる。

(ま、いいよな。別に)

 野郎達と練り歩くくらいなら、記事者の彼と行動を供にした方が、はるかに得るものがあるはずだから。

 ──と、声が聞こえた。

 かすれた声で、人のざわめきに紛れて、きっと周囲には聞こえないだろうぐらいの声だったけれど、近くにいたが故に、ジェイドには聞こえたのだ。

 レージの洩らした声が。


「――……ミチ……」


 ミチ?

 それとも「イチ」だろうか。

 なんですか? と問いかけるため視線を上げたジェイドは、言葉に詰まる。いつも飄々とした態度で余裕ある大人といった雰囲気の彼が、人混みの中の一点を、呆然と見つめていた。


「──レージ、さん?」




 戸惑いの声に我に返る。

 途端、耳に煩いほどのざわめきが戻ってきた。

 数度、まばたきをして、大きく息をする。

「どうかしたんですか?」

「ん? なにがだい?」

「誰かお知り合いの方でもいらしたんですか? 結構色々な所から人が集まりますからね、祭りでは」

 ジェイドの言葉に一瞬に詰まり。小さく首を振って、それに応えた。

「……いや、違う。人違いだよ」

「でも、わかりませんよ。ご本人かもしれませんし──」

「いや、それはない。……いるはずねーんだ、ここに」

「……はぁ」

 追求できないような気がして、ジェイドは結局それだけを返す。

 何か事情があるのだろう。

 探偵としては気になるところであったけれど、あまり個人情報を聞き出すのはいいことではない。彼が容疑者であるならば別だけど、彼はどちらかというと自分と同じ、こちら側の──事件を追う側の人間だから。

 それでもちょっとだけ好奇心が抑えられず、問いかける。

「女性の方ですか?」

「なんのことだい?」

「ですから、さっきの似た人ですよ」

 興味ありますと、顔に油性マジックで書いてあるような顔をしている少年を見て、レージは笑う。

 まったく本当に面白い子だ。

「そうだな。一応、性別は女だなー」

「一応ですか」

「そう。別に男装の麗人だとか、そういう意味じゃないけどね。それに、ああいう男っぽい人っていう意味でもない」

 二人の前を通り過ぎた、いかにも「姐御」といった雰囲気のショートカットの女性を見ながら、レージはジェイドに説明する。

 そういえば──、とジェイドは口を開いた。

「レージさんの口から、女性の話を聞いたのは初めてですね」

「そうかい? でも別に取り立てて話題にすべきものでもないだろう?」

「それはたしかにそうですけど。でも、レージさんって僕から見てもカッコいい人だと思いますし、彼女とかいらっしゃるんですか?」

「彼女、ねえ……」


 元の世界にいる時、やたら訊かれた言葉だな──と、懐かしく思い出す。

 もっともその時は、「付き合ってるんですか?」と確認される意味での「彼女」だったけれど──


「彼女はいないけど、大事な奴なら、いるよ」

「恋人じゃないんですか?」

「そういうのじゃあないな。だけど、関係に名前になんていらないだろ?」

 思う気持ちがあれば、それでいい。

 線引きの出来ない関係を不可思議に感じるより、もっと大事なことは「気持ち」がどこにあるのか、だ。



 だってね、それは他人が見て決めちゃうことだけど。それってずるいよね。

 私のことは、私にしかわからないんだよ。なのに決められちゃうの。なんかずるくない?

 大事なのは気持ちだよね? 私が思うことが大事で。まずそれがなくちゃダメだよ。

 そうでしょう? ねえ、零ちゃん――




「そうですよね、お互いの気持ちの問題ですね」


 ぐっと拳を握って言った少年に、レージは目を見張る。

 誰かと似たようなことを言うものだ。よりによってこのタイミングで。

 まったくこの探偵クンは、一生懸命で、まっすぐで。


「──そっか。だからなんかほっとけないのかね」

「は? なにがですか?」

「いや、なんでもないよジェイドくん」


 そう笑った彼の顔はとても穏やかで、だけど楽しそうで。

 ジェイドはよくわからないけれど、少しだけ嬉しくなった。





この一本だけは、ジェイドというよりは、レイジさんのお話です。

彼が語っている人物については、次話にくる「桜の雨が降る頃に」というシリーズ作品を読めばわかります。


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