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強制勇者アイアン 第1話~第3話


初出:自サイト

「ファンタジースキーさんに100のお題」を使用

【第一話 称号】



「あなたに勇者の称号を授けましょう」

「嫌です」

 そのまま通りすぎる俺に、その人物はなおも声をかけてくる。

「まあ、そう言わずに」

「結構です」

「勇者ですよ?」

「間に合ってます」

「今ならダイナミックキャンペーン中につき、勇者の三種の神器をおつけします」

「いりませんって」


 ちまたでは魔王なる者が現れて、なんだか大変なことになっているらしいのだが、だからといって俺には関係がない。

 魔王とやらが城の建設のために人員を掻き集めていようとも、食料確保のために広く農民を募集していようと、はっきりいってどうだっていいのだ。


「強情な人ですねえ。こうなったら出血大サービス! 魔女テリーヌちゃんのサイン色紙もつけちゃいます!」

「興味ないですから」


 目もくれずに俺は歩きつづける。

 魔女テリーヌとは、高名な魔法使いの孫娘とかで、最近人気急上昇中のアイドル魔女である。

 魔女がなぜアイドルなのか、

 そんなことを俺に訊かないでほしい。

 世間がそう言っているのだからそうなんだろうし、そんな存在を容認するぐらい皆ヒマだということだろう。平和で結構。

 そのテリーヌとやらがどれだけ可愛いのかは知らないが、俺の好みではない。――いや、顔見たことねーけど。



「ねえ、ちょっとあなた」

「しつこい!」


 はじめに声をかけられてから、ここまで距離にして約三百メートル。

 同じ速度で張り付いてきていた「勇者勧誘係」に対して、ついに振り返ってしまった。奴は是幸いとばかりに揉み手で近づき、手の中のチラシを押しつけてくる。


「これが同意書になります。ここに拇印を」

「いや、だから」

「ああ、大丈夫です。必要書類はこちらでもう用意してますから」

「って、ちょっと待て。なんでもう名前が書いてあるんだよっ」


 その紙にはすでに、住所年齢名前が完璧に記載されていた。

 書いた覚えもないのに長所の欄には、「根気だけは誰にも負けません」などと、面接に赴く好青年のような言葉までもが添えてある。


「いいかんじでしょう? これならきっと、王様の御眼鏡に適いますよ」

「人の履歴を勝手に偽造してんじゃねえ!」

「勇者、アイアン・アーファング。素敵じゃないですか」

「勝手に決めるな。第一なんで俺なんだ!」

「住民一覧で一番上に貴方の名前が」

「それだけかー!!」


 こうして彼は、勇者という職を背負うはめになったという。






【第二話 嫉妬】



「勇者だ」

「勇者が来たぞっ」


 そんな声も、歓声というよりは、からかいの声にしか聞こえない。

 誰がなりたくて「勇者」なんぞになるものかっ!

 胸中で絶叫しながら、アイアン・アーファングは、家路を辿っている。

 先日勇者に任命されてしまってから、はじめて自宅へ帰ることが許された。自然と足が速まるのは当然であろう。


「アイアン」

「────?」


 聞きなれない、棘のある声が背中に刺さり、アイアンは立ち止まった。

 このくそ忙しいときに一体誰だと振り返る彼の目に映ったのは、完全武装した──同い年くらいの青年だった。


「勇者・アイアンだな……」

「はあ?」

「勇者なんだろう!」

「そのこっ恥ずかしい名称をやたら叫ぶなっ」


 挑むような視線の青年は、びしっと指を突きつけ声高に叫んだ。


「貴様なぞが何故勇者なのだっ! 俺はこの日のために鍛錬に鍛錬を重ねてきたんだ! それをぽっと出のおまえなんぞにさらわれた俺の気持ちがおまえにわかるのか、いやわかるまい!」


 血走った目、震える身体、食いしばる口元。

 青年は全身で怒っていた。

 これ以上それ以下でもなく、怒りまくっていた。


「おまえに何ができる!」

「何って、まあパンを焼くぐれーかな」

「パンだと!?」


 彼はパン屋の息子である。


「勇者たる者、心身を鍛えるのが資本だろう! それをパン焼きだ? 女々しいことをっ」

「ちょっと待て、女々しいだぁ? てめえにパン屋のなにがわかるってんだ」

「台所に立つのは女の領分だろうっ」

「パン屋なめんなよ、てめえ」


 いきり立つ両者。

 無言の睨み合いの後、アイアンは不適に笑って言った。


「つまり、てめえが勇者になれなかったってんで俺に嫉妬してんだろう?」

「し、嫉妬などと、そんな女々しい真似をこの俺がしているわけなどないだろう! 俺はただ、正しい勇者の資質を述べているだけだっっ! おまえにコレができるのか!」


 言い放ったと同時に、腕立て伏せを片手でやりはじめる。

 その後、腕立ての状態から倒立へと移行し、腕の力で跳躍し着地する。間髪いれずにトンボ返りをはじめ、アイアンの周りをぐるぐるとまわりはじめた。


「勇者っつーより、そりゃ曲芸だろ」


 近くに木の枝にぶら下がり、逆上がりと大車輪を始めた青年を横目に、アイアンはその場を後にした。






【第三話 冥王】



「そこを行く者、勇者だな」

「違う!」


 答えた時点で認めたようなものであるが、それでもついつい反応してしまったアイアンは、しまったと思いながらも相手を見る。

 自称ライバルに一方的に絡まれたのはついさっきのことだが、また新手が現れたらしい。

 くそう、なんだって俺が勇者なんぞにならなけりゃならねーんだ。

 振り返った先にいたのは、少し不思議な雰囲気──例えて言うのなら占い師。常人にないオーラを放っているような、そんな人だった。


 イヤな予感がする。

 こうやって声をかけられて、勇者にさせられたことは記憶に新しい。

 今度はなんだ、よもや神になれとか言うわけじゃねえだろうな。



「……誰だよ、あんた」

「これは失礼した、我はこういう者だ」


 音もなく近寄ってきた相手は、懐から名刺を取り出だした。

 名刺とは、身分を証明する物として交付されている身上証を、簡易に紙に写した物だ。最近ではそれを大量に作成し、仕事をする上での身分証明として交換するのが通例となりつつあるらしい。

 パン屋の彼にはあまり必要なく、所持しているのはひとつきりだ。

 もっとも、勇者となった彼には名刺が渡されているのであるが、「勇者アイアン・アーファング」という肩書きの名刺を振りかざすのが嫌で、今のところ使う気はない。

 とにかく、差し出された名刺を受け取ったアイアンは凝固した。


 そこには相手の男の名前がある。

 肩書きもある。

 驚いたなどというものではない。

 驚くよりも前に、思考は停止した。

 名刺にはこうあったのだ。


 冥王・プルート



「め、冥王……?」

「そうだ、我は冥府が王・プルート」


 何の冗談かと相手を見ると、いたって真面目な顔でそう告げた。

 近くで見ると、非常にいかつい顔をしている。無骨な顔つきと魔のオーラが混ざり、なんとも不可思議な存在感だ。

 一振りで空間を切り裂き、町一つを壊滅されるとも言われる冥界の王は、深い闇の瞳でアイアンを見つめてこう言った。


「ぬしが勇者と聞き、挨拶に伺った」

「はあ?」

「勇者となれば、然るべき時には相対することもあろう」


 然るべき時もなにも、今もう会ってるじゃねえかという言葉をごくんと呑みこんで、アイアンは黙って聞く。


「勇者よ、我は至らぬところもあるだろうが、その折にはよろしく頼む」


 折り目正しくこうべを垂れた冥界王は、「それでは我は仕事がある故、これにて」と言葉を残し、その場から文字通り消えた。

 空間を渡ったのだ。


「──冥王って、何モンだよおい……」


 もらった名刺を握ったまま、アイアンはただ呆然としていた。





第一話を、エブリスタに投稿して、

妄想コンテスト第126回「あなたを選んだ理由」へ参加しました。


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