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第8話

 高山は、土曜日、朝から鴨川を散歩する会に参加し、鴨川デルタに集まって、だらだらしていた。同期ごとに集まってレジャーシートを1枚使用するが、2回生は、同期が少ない割に、広いレジャーシートを使っているので快適である。それに天気がよく、のんびりしていると気持ちいい。

 どこかでプシュッという音が聞こえた。音のする方を見ると、3回生の先輩がすでにサイダーを開けてコップに注いでいる。このサークルは、酒に弱い人が多い。朝ということもあるが、そういうわけで、用意されているのは、ほとんどがソフトドリンクである。ちなみに、お菓子も飲み物も、同期の中でそれぞれ担当を決めて買いに行っていた。

 乾杯が済むと、それぞれ袋を開けてお菓子をつまみ始めた。

「ほら、高山くんもお菓子とって!」

 隣に座っていた斉藤さんがビニールシート上に転がっているお菓子を勧めてくれるが、さきほど朝食を食べたばかりでお菓子を食べる気分ではなかった。それでも、高山がどぎまぎしながら悩んでいると、

「これとかおいしいよ!」

 と言って、斉藤さんがその付近にあった茎わかめを手に取ってこちらへ渡してくれた。

「あ、ありがとう」

 高山が手を差し出すと、ぽとんとその手のひらに落としてくれたが、高山は、その茎わかめが手に落ちた瞬間、手が震えて茎わかめを落としそうになる。その様子を横山さんがにやにやしながら見ていた。そして、高山が横山さんに目を合わせると、横山さんはそっぽを向いてしまった。

 明らかに楽しんでいるなと高山は思った。この配置になるように誘導していたのは、横山さんだった。感謝はしているが、同期もいる中でやりづらい。それに、相手がどう思っているかも分からない中でこれは冒険ではないのか。そう考えながら、茎わかめをそっと口の中で入れた。

「これ、おいしいよね。あんまり自分では選ばないんだけど」

「おっ! そうだよね! 高山くんは、分かる人だ! まだたくさんあるから、たんとお食べ」

 そう言って斉藤さんがレジ袋から茎わかめの袋を5つほど取り出した。斉藤さんが買ってきたお菓子は、すべて茎わかめであった。隣から、正気か? 斉藤さんに買いに行かせたのは誰や! お前や! というやりとりが聞こえる。さすがに職権濫用ではないかと、高山も思った。

「ありがとう。まぁまぁ、みんなで一緒に食べよう」

 斉藤さんの目は輝いており、そんなにはいらないかなとは口が裂けても言えない。しかし、茎わかめに手を伸ばす者は、高山と斉藤さん以外にはいなかった。ほかの人は、斉藤さんとともにお菓子買出し係になっていた横山さんが買ったお菓子に向かっていた。

「茎わかめ好きな人、たぶん、うちと高山くんしかおらんと思うから、2人でいっぱい食べられるよ!」

 この斉藤さんの言葉によって、高山は、完全に向こう側と切り離されてしまったように感じた。いや、確かに幸せではあったが、何かが違う。かわいいメンヘラ彼女に捉えられてしまった気分である。助けを求めて横山さんの方を見たが、目が合うと小さく首をかしげており、何も伝わらなかったようだった。


「高山くんは、家で何してるの?」

「うーん、最近はイラストを描いてる」

 鴨川デルタでは、それぞれが自由にのんびりと過ごしていた。高山は、なぜか茎わかめで斉藤さんと気があったことになっていた。そのため、斉藤さんがこの前より少しうれしそうに高山に話しかけているように見えた。

 高山は茎わかめの包装を5個ほど一気に取ってしまい、一度に口の中に放り込んだ。その隣で、斉藤さんは、一つ一つ丁寧に茎わかめの包装をはがして、その一つをそっと口元へ持っていっている。高山はその動作の一部始終に注目していた。茎わかめが好きとは言っても、一つ一つ口元へ運んでいき、一つ一つを大事そうに食べていた。包装も、上下に引っ張って茎わかめを一回転させてはがすのではなく、両側を丁寧に回している。前回一緒に昼ごはんを食べたときも思ったことだが、斉藤さんは、食べ方が丁寧だった。一つ一つを正確につかんで口元へもっていき、食べる。よく噛んで味わう。そして、そのたびに、幸せそうな顔をするのだった。

「えっ! どんなイラスト描いてるの!?」

 高山は、斉藤さんの食いつきがいいのに、少し驚いたが、見せた方が早いだろうということで、自分の「イラストUP!」に投稿したイラストを見せることにした。

「あんまりうまくはないんだけど……」

 そう言いながらも、高山は、ある程度自分の中でもよくできた方であると考えていたイラストを何枚か見せることにした。結局、携帯ごと渡して見せるので、あまり意味はないとは思いながらも。

「おー! すごい! うちね、アニメとか好きで、創作とかにも興味あったんだけど、いろいろ調べてるうちに調べてた方に興味を持っちゃって……。高山くんは、いつから描いてるの」

 その後、結局この話題で話しとおしてしまった。もっとほかに話しておくべきことがあっただろうに、高山は少し失敗したようにも感じたが、最後に、「うち、応援してるね!」と言われたので、全てがどうでもよくなった。

 高山は、家に帰ると、すぐにイラストの練習に取り掛かった。

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