25
その日の夜、佐久間が家の中でゴロゴロしていると、携帯電話が鳴った。その音に聞き覚えがあるように感じる。
「モスモスモスバーガー」
「ロッテリアだ」
佐久間が鴨川デルタに着いた頃には、高山はすでにベンチに座って、賀茂川を静かに眺めていた。佐久間がそのベンチに近づいていくと、向こうも気づいたのか、ペットボトルを投げてくる。そのジュースはみっくすじゅーすであった。「みっくすじゅーすはなぁ。うまいんだよ!」と高山は夜の鴨川に吠えた。
「で、今日のデートはどうだったんですか」
高山が不意にそんな質問をするので、佐久間は飲んでいたみっくすじゅーすで思わずむせてしまった。
「どうって、別に特には……。全然しゃべれなかったし……」
「ええ、そうなの? ……まぁ大丈夫だって。なんとかなる」
高山は、佐久間が自嘲気味で言っているのは分かったが、会話ができなかったことを少し気にしているだろうとも思った。ただ、あれほどかわいくてスタイルもよかったら、ふつうは緊張する。
とはいえ、高山は、横山さんのことも頭にちらつくのであった。彼女のことを考えると、佐久間の回答に少し安心する。逆にもし横山さんさえいなければ、もう少し積極的に突っこんでこちらから相談に乗ろうとしたはずであったが、今はどうしてもそこまでできない。良心の板挟みになった結果の回答だった。
「高山は、デートはどうだったんですか」
「俺? 俺はとても楽しかったですよ。そりゃ、もう」
佐久間は、高山がのろけてきたことが意外だった。以前彼女と鉢合わせたときは、あんなにおろおろしていたのに。見つかってしまって開き直ったのだろうか。
「それはいいとして、ラノベの話だけど」
佐久間としてはもう少し高山の話を聞いてみたかったが、何をどう聞こうか迷っているうちに高山に話題を切り替えられてしまった。
「また大変なことになりましたな。主人公がまた捕まってしまうなんて。しかもよりによって主人公がもとの世界に戻るタイムリミット間近な時に……」
「まぁ物語なんてそんなもんじゃね? 起承転結の「転」に当たる部分かなと考えてるけど」
「再逮捕されて、これから捜査して裁判やりますとかそんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ! あと十日って分かってるだけに、なんだか焦ってくる……」
「ただ、いきなり『僕は異世界から来てて……』みたいなことを言い始めたら、その人の頭がおかしいんじゃないかって疑うと思うんだよね。おそらく向こうの世界では、主人公のもといた世界というのは認識されていないと思うから。一方で主人公がもといた世界でも、主人公が今いる世界を認識しているわけじゃないから、異世界に行ってましたって言ったら頭がおかしいと思われるのは同じだと思う。どっちも自分の世界がすべてだと思い込んでいるし、それは現在の常識からは、当然の帰結ではあると思うんだよね。
だから、異世界とか関係なしに、通常どおり手続を進めようということになるんだと思う」
「しかも、この再逮捕の裏で動いているのが過激派宗教団体『タイツ国』っていうのがね。恐ろしいですな。で、主人公はナコちゃんたちの抵抗むなしくまた留置場にぶち込まれてしまったわけだけど、続きはどうなるんですか」
「そう言うと思って、印刷して持ってきた。ほれ」
佐久間は、カバンから印刷用紙数枚を取り出して高山に手渡すと、高山は卒業証書でも受け取るように恭しくそれを受け取った。
高山がそれを読んでいる間、目の前に流れる賀茂川を眺めた。パチンコ店の明かりも消え、暗い中に何かがうごめいているように見えるだけだ。しかしそれが不気味でないのは、そこに見えているのが川の波だと分かっていたからかもしれない。佐久間はなんとなく不思議に感じた。ときおり風が吹いて黒い木の葉が揺れ、葉がこすれる音が聞こえてきた。
佐久間は、隣で紙を忙しく動かす音が聞こえて、大きく息をはいた。高山はどうやら持ってきた分を読み終えたらしく、ほかに記載されているページがないか確認して、印刷用紙をまとめていた。
「はい、これ。ありがとう。なるほど、ナコちゃんたちが、ほかの方法を調査するチームと捜査機関にかけ合うチームとに分かれて行動しているのね。確かにオシミオちゃんとか頭良かったよね。元の世界にもどる方法を最初に見つけたのはオシミオちゃんだったし。
それにしても主人公はここで心が折れてしまったのかね。面会でもう諦めるみたいなこと言ってるし、楽観的な彼らしくない。イウマちゃんがビンタしようとして、面会の壁で阻まれてもどかしく思うところは妙に納得したよ。留置場が違えば壁も外れたかもしれないけどね」
高山は冗談っぽく笑う。
「物語は、まだ最後にどうなるかまでは書いていないのね」
「うん、最後まで書いてしまってもよかったんだけど、今改めて最後を書こうとすると、ほんとにそんな終わり方でいいのかって思えてきてためらわれてしまうんだよね。まぁ今更変えられるのかということも考えなきゃいけないんだけど」
「まぁまぁ、夏休みはまだあるし、ゆっくり考えたらいいんじゃない? 12月末までのラノベ応募があるし、それくらいを目途に完成させよう」
「12月末ね……。大丈夫かな。あと異世界言語に直す作業があるけど……」
「まぁ、締切りを設けた方ががんばると思うしさ、ひとまずそれを目安にしようか」
「確かにね。おーけー。がんばるか……。
そういえば高山のイラスト見たよ。この場面のイラストなんだけど、地面を石畳にするんじゃなくて、土とかにしてほしい。あと町全体を西洋風から日本風に変えてほしい。もっと自然を取り入れた感じにしてほしい。切りそろえられた感じとかでもないやつね。描く前に伝えてなくて悪かったけど」
「まぁ別に変えるのはかまわないけど、なんで?」
「西洋風っていうのがむかつくから」
「わけがわからないぞ」
「ラノベで異世界っていうと西洋風ってイメージがあるんだけど、明治以来、日本人はいまだに西洋に対する憧れをなくしていないと思うんだよね。アラブ風とかアフリカ風みたいなのってあんまりテレビで見ないじゃん。店の名前も、フランス語とかを使ったりしておしゃれ感を出そうとしたりするし。あくまで個人的な意見だし、裏付け証拠があるわけじゃないんだけどね。日本の自然と共存してる感じもいいじゃんって思うんだよね」
「俺は別にどっちでもいいけどな。そんな細かいところ気にしてる人いるか?」
「ここにいるんだよ!」
そう言って佐久間は、手で自分の胸をたたいた。高山は苦笑して、そうですかと言った。
「どうでもいいところには、細かいのな」
高山のこの発言に、佐久間は少しむっとしたが、それはそうなので言い返せない。
少しの沈黙を置いて、佐久間が気を取り直して、高山に注文を出した。
「それから、タイツが、少しエロさが出ていない感じがするので、そこをもう少し改善してほしい。具体的には、もう少し脚が透けて見える感じで。ぴったり感というよりは、脚がタイツになってるみたいな感じにしてくれ」
「わけがわからん」
「履いているというよりは、一体化してる感を出してほしい」
「余計意味分らんくなったけど、とりあえずやってみるわ」
「よろしく頼む」
高山は、自分の実力に対して無茶なお願いをされたなと、もう一度苦笑した。




