未練編
2006年5月
例年より暖かい初夏の気配を感じさせる中、二人は一泊旅行へと出掛けた。
新しく仕事も変わり、別れを知る友人とも疎遠となり、周りの環境がすっかり変わり、復縁を目指していた中、最初で最後のチャンスとばかり意気込んで出掛けて行った。
本当に最後となるとも知らずに…
本人同士は決して嫌いになって別れた訳ではなく。
お互いに未練を抱えたまま約2年が過ぎていた。
この2年間。
お互いに連絡を取り合い、また共通の友人を介して近況を報告し合い、雪解けの時期を待っていた。
そんな中、元妻より一通のメールが入った。
ゴールデンウイークにまとまった休みが取れそうなので旅行に行こう。
行きたいところがあるのでネットで見ておいて。
まだ重要な役割を与えられず、意外と余裕のあった僕は、会社のPCで調べ始めた。
神奈川県横須賀市にある猿島は、戦時中海軍の要塞として使用され、現在もその面影が残る昭和の遺産であり、また2時間サスペンスでも撮影場所として良く利用される島とのこと。
島へは、三笠公園から出ているフェリーに乗って行くとのこと。
三笠公園には戦艦三笠が展示されており、また、周辺は海上自衛隊の基地が点在しているとのこと。
米軍基地も近く、どぶ板通りまで徒歩で行ける距離とのこと。
そのまま横須賀中央駅近くのホテルを予約し、すぐに連絡を入れ、当日の段取りを簡単に決めた。
あとは当日を待つだけだ。
4時ころ。
新宿高速バス乗り場で落ち合い、久しぶりの二人の旅行は始まった。
新宿から横須賀までの1時間。
会うこと自体久しぶりの二人は、話したい事があまりにも多く、何の違和感も無く以前の二人へと戻っていた。
横須賀中央駅に降り立ち、夕食を済ませ、後は寝るだけ。
軽くテンション高目の二人はじゃれあいながら、しかしそれ以上の進展は無いまま眠りについた。
翌日、三笠公園まで歩き、フェリーに乗り猿島へ上陸。
浜辺でバーベキューを楽しむ家族連れを横目に島を散策。
島内を一週し、次の船を待ちながら昼食を済ませ、浜へ。
微妙な距離を感じながらも二人は寄り添い、天気も良く穏やかな海をただ眺めていた。
いつ迎えに来るの?
突然の問いかけに戸惑いながらも、質問を返した。
東京には出てこれるの?
分からない…
未だ親の束縛から抜け出せず、恐らく僕と会う事も内緒で出てきたであろう事は容易に想像できた。
このまま話しても結論など出るはずもない。
今日は旅行を楽しもう。
知らない街というのはとても便利なものだ。
会話に詰まったり、返答に困ったり、気まずい空気が流れても、何かが必ず助け船を出してくれる。
どぶ板通りに溢れる猥雑な空気。
すれ違う鍛え抜かれた身体。
通りを走る軍用車。
海軍カレーと書かれた看板。
それでも払拭できない微妙な空気…距離感…
結局予定を早めに切り上げ、久しぶりに我が家でくつろぐことになった。
お互いに何かを期待して。
しかし我が家に着いたところで、何か変わる訳でもって無く。
ぎこちなく時間だけが過ぎて行く。
最初に口を開いたのは彼女の方だった。
何で?
何で昔みたいになれないの?
つまんない…
あんたに会えばなんとかなると思ってたのに…
好きなら迎えに来るとか無理やり連れ出すとかしないの?
今日は友達のとこに泊まるね。
元気でね。
思えば、すでに終わっていたのかもしれない。
ただ、夢を見ていたのかもしれない。
確認したいだけだったのかもしれない。
不器用な二人にとって、二年という歳月はあまりに長すぎた。
こうして二人はようやく新たな旅に出る事ができた。
まだ見ぬ夢の国を目指して。