出逢い編
世の中には抗うことの出来ない、大きな流れがあるようです。
人はそれを運命と呼びます。
例えそれが、喜ばしい事ではなくても…
例えそれが、周りの者を傷付けようとも…
今から16年前の2002年5月に二人は出逢いました。
この時点では、まるで自分達こそが運命の赤い糸で結ばれているのだと、勝手な妄想を広げ、その後、お互いがお互いを傷付け合う泥仕合を演じる事になるなど知る由もありませんでした。
翌6月12日、小雨降るまだ肌寒い東京ディズニーランドで初デート。
ここから二人の運命の歯車は急速に回り始めたのです。
ほぼ2日おき程の頻度でお互いの家を行き来するようになっていた8月。
すでにこの時点で、破滅への道をひた走っていたのかもしれません。
僕の関知しない所でそれは動き始めていたのです。
彼女の父親が入院し、家には母親しかいないので、実家に遊びに行こうと誘われた時、正直悩みました。
今思えば、この時の自分の感覚を信じれば良かったのかもしれませんが、まだ付き合い始めたばかりの僕は、おそらく舞い上がっていたのでしょう。
結局、お盆休みに遊びに行く事にしました。
新宿発飯田行きの高速バスは、早朝の高速をひた走っていました。
唯一人、何も知らない僕を乗せて。
5時間ほどかけてバスは伊那谷へと到着。
彼女の母親の運転で実家へと向かいまし。
長閑な風景が広がる中、建てて間もないと思しき二階建ての家。
何故かもう一台車が。
彼女の父親が普段使っている物だろうと、深く考えず中へ入りました。
おじゃまします、と中に入ると、居るはずの無い人物がそこに居たのです。
聞けば、一時帰宅を許されたとのこと。
騙された。
そう思いました。
少し休んでお昼食べましょう、準備してあるから。
その言葉につられ客間を覗くと、長机が2つ。寿司桶が3つ。
これはヤバいぞ。
どこからか、そう訴えかけてくる声が聞こえた気がしました。
やがて一人二人と集まり、気が付けば10人程での宴会となっていました。
突然、一人の男性が声をかけて来ました。
君が旦那さんになる人?
この質問を合図に、一方的な会話がスタートしました。
お墓はどこ行ったの?あ、行ってない?沢山あるから後で聞いて。
長谷には行った?行けば全部じゃないけど、ある程度は分かるよ。
で、養子になるの?名字変えるだけ?
そっか、何も聞いてないんだ。後で詳しく聞きなさい。
村議会の選挙、立候補たりないんだけど出ないか?
僕の頭は軽いパニック状態に陥りました。
すると突然、お母さんが改まって話し出しました。
一緒に住めとは言わないが、この街に来てほしい。
就職先はなんとかするから。
できれば養子に入ってほしい。
無理なら名字だけでも変えてほしい。
いずれは長谷の本家を継いでもらう。
この家もいずれは名義変えるから。
一族を納得させる為にも、一度本家に挨拶に行ってほしい。
完全アウェイの中、孤立無援の僕に、拒否権など存在しませんでした。
とにかく東京に帰りたい。
ただそれだけを願っていました。
皆の視線を浴びる中、もはや「分かりました」と答える以外なかったのです。
東京へ戻るバスの中。
彼女の口より、ようやく説明を受けました。
村のピラミッドの頂点に立っている一族だということ。
その一族の本家であるということ。
一族はその地域一帯におり、代議士や首長を輩出しているということ。
村から見える一帯の山は全て一族の物だということ。
本家は代々の女系家族で、しかも一人しか生まれないということ。
そのため、跡継ぎは代々外から招いているといると。
本家の女性の意見が絶対だということ。
世の中には抗うことの出来ない、大きな流れがあるようです。
人はそれを運命と呼びます。
例えそれが、喜ばしい事ではなくても…
例えそれが、周りの者を傷付けようとも…
こうして僕は結婚することになりました。