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97話


「姉上、帰りましょう。もう此処に用はないですよね?」


「あ…、だけど、このまま帰るのは…。」


「出て行けと言われているのです。希望に応えてあげれば良いじゃないですか。」


「街や家族を返せと言っているのに、なんて酷いの!」


「……は?」



彼等の言っている事が理解出来ないのですが…。出て行けと言ったのはそちらだったと思います。


家族を返せと言ったり、燃えた家を返せと言ったりあれこれと叫んでいる声が不愉快です。

姉上は柄の悪い連中と喧嘩をする事がありますし、正義感が強いので少々荒事に巻き込まれる事もあります。ですが、このような敵意や憎悪を向けられた事は…小生の知る限りでは無かったと思います。姉上の反応を見る限り、弱い立場の相手から向けられる敵意には慣れていない事と感じます。


遂には何処からともなく投げられた石が姉上の肩に当たります。



「痛っ。」


「皆さん落ち着いて下さいっ。」


「……姉上に、石を投げたのはどなたですか…。」


「ヒロト、大丈夫だから。」


「誰が、投げたかと聞いているんです。」


「ヒロト、アンタも落ち着きなさいっ。」



これが落ち着いていられると?

カナタ殿たちは気紛れで生かされただけとも言えます。あの少年が飽きたのか、気が向いたからなのか殺される事はありませんでした。ですが、少年の気分一つでカナタ殿たちは命を落としていたでしょう。

姉上だって同じです。栗鼠(りす)親子を庇った事で不利になり、あの女に殺されてしまうかも知れませんでした。

それを、どうして責められなければならないのでしょうか。



「姉上もカナタ殿たちも街を守ろうとしたじゃないですか。傷付いても立ち向かったじゃないですか。あんな事を言われるのは納得がいきません。」


「そもそも、あんたたちが引き金だろうが!」


「そうよ!大人しく口を封じられてくれれば良かったのよ!」


「な、にを…、言っているんです…?」


「ヒロト待って、お願い落ち着いてっ。」


「不味い…、レイチェル!彼等に防御壁を!」



姉上が小生の腕を引いておられますが、これでも落ち着いていると思います。カナタ殿たちも幾らか焦っておられる様子ではありますが、小生よりもこの連中の口を塞いでは頂けませんかね。



「死ねと…?恩も義理も無い街の為に死ねと仰っているので…?」


「こんな事になったのはあなたちの所為じゃない!」


「今まで平穏に暮らしていたんだよ!」



平穏…。仮初(かりそめ)の平穏だとしてもそれは彼等にとって大切だったのでしょう。奴等に飼われていても変わらない生活が守られるなら構わないと思っていたのでしょう。

例え他の街や村が襲われたとしても、自分の住む場所が守られているのであれば構わなかったのでしょう。

彼等の方針に是非を問う事はしません。ただ、姉上を傷付けられて黙っているつもりもないのです。



キィィィィィンッ!



小生に投げ付けたのか、姉上に投げ付けやがったのかは定かではありませんが投げられた石が砕け散りました。この加護は普段、攻撃を弾くものだと理解していたのですが石は弾かれずに粉々になりました。



「石、が…。」


「おい、これって…。」


「勇者様…?」


「加護のお力じゃ…。」



石を投げて罵倒してきた連中の空気が変わった気がしました。街の連中が戸惑っている中、母栗鼠(りす)が小生の加護のおかげで命拾いをしたと声を上げたので余計に空気が変わります。



「ゆ、勇者様が街に来てくれたなら安心だ!」


「あんな奴等を追い払ってくれたのよねっ。」



口々に勇者様だ何だと騒ぎ始めました。

たった今、余計な事をしたと…街が壊され街の人が死んだのはお前等の所為だと言っていたその口で、今度は助けてくれと言うのですか…?何が安心だと言うのでしょう?

折角カナタ殿に教えて頂いて、どうにか姉上の傷を治せたというのに…また姉上の肩から真新しい血の匂いがします。

先程の流血で衣服が赤く染まったままですが、小生の鼻は誤魔化せません。投げ付けられた石で姉上の肌が切れたのです。



「冗談じゃありません。どの口が言ってやがるんですか。……こんな街、滅んでし…。」


「ヒロト!!」


「あ、姉上っ!?」



姉上の腕を振り払って街の連中へと一歩近付いた時、背後から姉上に体当たりをされました。

こんな連中の住む街など本当に滅んでしまえば良いと思ったのですが、姉上が止めるので最後まで口にする事が出来ませんでした。

姉上が庇う必要などないと言おうと思い、振り返ったところ姉上は傷だらけになっていました。



「バ、カ…ヒロト…。魔力暴走起こしかけてんじゃない、わよ。」


「姉上?姉上っ!」


「ヒロト君、帰ろう。サーシャの怪我は城で診て貰う方が良い。」


「カナタ殿、姉上はどうしてこんな事に…っ。」


「それも説明するよ。今は帰ろう。…俺達の、今の魔力ではサーシャの怪我を治せない。」



姉上は身体のあちこちが傷付き、血が流れています。先程も大量に出血していたのでふらついていたというのに、大量ではなくともまた血を流してしまっては…。

カナタ殿の指示に従って帰る事に同意をします。返答が上手く出来なかったので頷く事しか出来ませんでしたが。



「このまま置いて行くというのですか!」


「魔族がまた現れたらどうするのよっ。」


「っ、…皆さんの不安も分かりますが、彼女の治療を優先します。レイチェル、彼等の防御壁はもう良い。城へ繋げてくれ。」



カナタ殿が丁寧に対応してくれています。レイチェル殿がカナタ殿の指示通りに移動魔法の詠唱を始めると連中は一歩詰め寄ってきました。



「そんな、酷い!」


「こんな状態で置いて行くなんてっ。」


「酷い…?」


「そうだ、ちゃんと守ってくれよっ。」


「…ダメ、ヒロト…。」


「…姉上、直ぐに帰りますから。ご心配なさらず。」


「戦えない人を、傷付けちゃ…いけ、ない。」


「しません。姉上、失礼しますよ。」



小生の怒気を感じ取った姉上が傷だらけの腕で尚も小生の身体を抱き締めるので、少し頭が冷えて来た心地です。

姉上の腕をそっと解いてその身体を抱き上げます。立っているのも辛いでしょうに…。



「ヒロト君、行くよ。」


「えぇ、ただいま。」


「待ってくれ!」


「待つと、お思いか?…貴殿等の考えをとやかく言うつもりはありません。ですが、小生とは分かり合えないと心得て頂きましょう。」


「勇者様は世界を救ってくれるんだろ!俺達を守ってくれよ!」


「お断りします。お優しい勇者様が現れるのを、お祈りしていますよ。」



今も小生の背中に向けて何やら声を掛けてきていますが、小生には理解出来ない言葉なので聞こえない振りをします。ヒスイに合図を送って姉上と共にレイチェル殿が開いてくれた移動魔法を潜りました。





「カナタ、貴方が最後よ。」


「あぁ。……ヒロト君は《女神の加護》を持つ勇者様かも知れないけど、彼が滅べば良いと思えばこの街くらい消し飛んでいたと思いますよ。…姉である彼女が、優しくて良かったね。」




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