79話
給仕の女性がノックと共に入って来て全員の紅茶を並べて下さいました。お茶請けにクッキーを置いて行って下さったのはとても良いと感じます。姉上のクッキーは炭の塊なので、期待して一枚摘まんでみました。
「ディーデリック様、お毒見を。」
「いや、必要ない。彼等の前でそんな事をしては失礼だろう。」
「ですが、こんな時ですから…。」
ディーは毒見が必要な程偉い地位なのだと改めて感じました。先程の大男が毒などという手段を用いるとは思えませんが、他にもディーの敵が居るかも知れない現状では毒見も必要なのでしょう。
しかしとばっちりで姉上や小生に毒が当たったらどう責任を取って頂きましょうか。
『良い匂い。クロガネ、俺も食べたい。』
『ディーを狙った毒が入っているかも知れませんが、良いので?』
『ん、大丈夫。甘い匂いしかしない。あっちの紅茶は変な匂いする。』
『は?ヒスイ、それはどういう…。』
『甘い匂いと、苦い…変な匂い。あれ、飲んだらきっと体、辛い。』
「その紅茶、飲むのを待ってくれませんか。」
「ヒロト?どうしたの?」
クッキーにも毒を盛られている可能性はありましたがヒスイは気にならないようでしたので、小生も頬張りながらヒスイにもあげました。サクサクとしていて甘いクッキーは口の中が幸せになりますがヒスイの言葉に思わず眉を寄せます。
小生も鼻が利く方ではありますが、狼の魔物であるヒスイの方が嗅覚は優れているのでしょう。小生が声を掛けると全員の手が止まった為に紅茶が入ったカップを取り上げます。近くで嗅いでみると、確かに紅茶とは違う香りがします。
「この紅茶はこちらの国の特産か何かでしょうか?何時も飲んでいる紅茶とは違う匂いがするのですが。」
「ディーデリック様がセレンクーリア王国から土産で頂いた紅茶を使わせている筈ですが…。」
「姉上…、紅茶とはこんな香りでしたか?」
「え…う、ん。全然変な匂いとかしないよ?寧ろ良い匂いだけど…。」
「これと、これ、それからこのカップから変な匂いがします。」
小生には顔を近付けないと気付かないくらいでしたが、ヒスイは全て可笑しな香りだと分かっているようでした。
紅茶からというよりはカップから感じられるようでしたが、確かめる術が無いので毒だと断定は出来ません。洗い方が甘いだけでちょっとした汚れの匂いかも知れないですし。
さて、どうしましょうか。姉上以外なら別に飲んで下さっても構わないのですが…。
「んー…、やっぱり分からないよ。全部普通の紅茶の香りだと思うけどなぁ。…あ、飲んでみれば良いか。」
「…姉上?」
「え?だって治癒魔法使えば良いかなって。」
「即死性のものだったらどうする!サーシャが飲むくらいなら私が…っ、…いや、万が一を思うとそれは出来んな。…クロガネの鼻を信じて飲むのを止めれば良いだけの事。おい、これらを片付けよ。」
「畏まりました、直ぐに。」
「…ビックリした。ディーでもあんな顔するんだね。」
「おい羊。姉上の柔肌に痣が残ったらどうしてくれるんですか。引っ掻きますよ?」
「…え?あ…、す、すまない、サーシャ。咄嗟の事で…っ。」
「あぁ、大丈夫だよ。ちょっと赤くなっただけだし、心配してくれたんだもの。ありがと。」
「サーシャ…。」
『ヒスイ、噛み付いてきて良いですよ。』
『ん。…あむっ。』
「痛っ!!」
幾ら心配したからといって姉上の腕を力任せに掴むとは何事ですか。第一、毒かどうかも分からないというのに。
鍛錬をしたのは認めてやりますが、その力で姉上の細腕を掴みやがって。小生よりも強い姉上ですが細身なんですから…、…その身体の何処から恐ろしい力が出てくるのでしょうか…。
「クロガネっ!ペットを嗾けるとは何事かっ!」
「ペットではありません。友人です。」
「血が出たじゃないかっ。」
「…その程度で泣き言ですか。魔族を前にして泣き出さないで下さいね。」
「泣かんわっ!」
小生がディーと話している間に、メイノが姉上に話し掛けていました。小生の耳には届いたのですが、姉上に礼を言っているようでした。普段から気を張っているディーが年相応に騒いでいる様子が嬉しいのだそうです。以前から騒がしかったのでその違いが分かりませんが、王族というのは色々と柵があるのでしょうね。まぁ、それも小生には関係のない事なんですがね。
柔らかい頬を噛んだヒスイが戻って来たので褒めておきました。ヒスイは果物を好物としているので羊の肉は噛み千切る程美味しいそうには思わなかったそうです。…いっそ噛み千切っても良かったのに。
「邪魔するぜ。…お前…、久し振りだなっ。」
「どちら様です?」
「忘れてんのかよっ!」
「あ、ラウ。…あんまり大きくなってないね…。」
「るせぇ!伸びたんだよ、これでもっ!!」
全く覚えがないと思ったのですが、姉上から以前カランで会った虎の半獣だと教えて頂きました。確かメヒテルト殿の部下になったのでしたか…?
姉上と同じくらいの背になっているので多少は伸びたのでしょうが、小生と比べるまでもなくディーより小さいので変化がないのかと思いました。
王子様の紅茶に毒を盛られたかも知れないと呼ばれたのだそうです。彼は毒に強いのかと思った矢先、何もない空間から少女が現れました。あぁ、思い出しました。
『ヒロト!んー、やっぱり良い匂いっ。』
『ははっ、暑苦しいので離れて下さい。』
『顔と言葉が合ってないよっ!?』
『何しに出て来たんですか。…というより、まだ居たんですね。』
『酷いっ。…私が毒かどうか調べてあげたのに。』
不貞腐れた様子が余計に面倒臭い。捕獲された間抜けな精霊のフルール殿は未だにラウと一緒に居たのですね。
ラウの報告によると、先程片付けたカップに毒が塗られていたとのこと。口を付ける部分に塗られていたそうです。
闇の精霊であるフルール殿は見極める事が出来るのだそうで、毒見役を立てなくても判別出来るらしいのですがラウが不在の時は毒味役を立てるとか。
カップに塗られた毒の毒性はそれ程強くないそうですが、数日は動けなくなるくらいには体調を崩す代物だったとか。試しとはいえ姉上が飲まなくて良かったです。
フルール殿が犯人の痕跡を辿ってみたそうですが、特定までは出来なかったとディーに謝罪しておられました。…ディーはフルール殿の言葉が分からないので、ラウが代わりに伝えていたのですがね。




