59話
遠回りした筈のメヒテルト殿たちは先に王都に到着していたのだそうです。
心配して下さっていたようですがディーの無事を確認出来て安心したようです。他の兵士殿たちも無事だったようでなによりです。
姉上と離れ難いと言うディーでしたが、王族としての務めを果たしてからまた会いに行くと姉上の手の甲に口付けを送ります。…今度会ったらその頬、伸びなくなるまで引っ張ってやりましょう。
ラウ殿たちもメヒテルト殿たちと共に王城に迎え入れて貰えるとのこと。フレッド殿は国王陛下を探していた騎士たちと共に王城へと向かうのだそうです。
「何か、騒がしかったね。」
「おや、姉上は賑やかな方がお好きなのでは?」
「うん、好き。…でも、今は家族で居たいかな。」
「……はい。」
姉上に手を握って貰ったので思わず頬が緩みます。姉上が発動して下さった移動魔法でクロッドに帰りました。とても久し振りのような気がします。やっと帰って来れたと感じます。
もうすっかり日が落ちてしまっていましたが姉上と小生の姿を見た町の方々が集まってきました。
小生の無事を皆さんが喜んで下さっているのがとても有難いと感じます。ボスたちも遠巻きではありますが屋根の上に集まって下さっています。
あぁ、お土産を何も用意していないのでボスに叱られてしまうかもしれませんね。…そう思える事こそ、帰ってきたのだと実感します。
リゼンたちとの生活は楽しかったですが、やはり我が家が一番です。
明日は祭りの勢いで騒ごうという話になっていますが、小生の無事を祝って下さるのか勇者の無事を祝って下さるのか判断がつかないので少々複雑な心地ですね。
「お帰りなさい、ヒロト様。」
「母上っ。」
姉上と共に教会まで帰ると母上が迎えて下さいました。街の人に囲まれている間に他の方から聞いたのだそうです。
母上が両手を広げて下さったので躊躇わずにその細い腕の中に飛び込みます。母上の匂いも安心します。
「逞しくなったのね。…無事で良かった。ヒロト様が良ければ帰るまでに何があったのか教えて?どんな事をしていたのか知りたいの。」
「喜んで。着替えたらお部屋にお伺いします。……母上と姉上に、聞いて頂きたい話が沢山あるんです。」
「じゃあ紅茶でも用意して待ってるわ。」
小生が10歳の誕生日に部屋を貰ったのです。条件があるとはいえ結婚の出来る年齢になったので、母上と姉上と同じ部屋では良くないと言われた為です。
部屋に戻ると出た時と何も変わらず埃すらない状態でした。きっと母上か姉上が掃除をして下さっていたのでしょう。…母上ですかね。姉上は小生を探して方々を駆けずり回るタイプの女性ですから。
家族の温かみを感じるのと同時に失ってしまうかも知れない事への恐怖が湧いてきます。教会で支給されている服に着替えながらお二人に拒絶されてしまう場面が思い浮かびます。
怖くなってリゼンたちに呼び掛けてしまいました。
「…リゼン、聞こえますか?リアム殿、もうお休みですか?シオドア殿、無事故郷に帰れましたよ。」
耳飾りに触れて皆さんの顔を思い出しながら声を掛けても応答はありませんでした。小生の魔力ではゴートランドまで声が届かないのかも知れません。もう眠ってしまっているのかも知れません。
折角、頂いた道具も使えないのは申し訳ないですね…。
部屋を出る際に微かにリアム殿の声が聞こえたような気がしたのですが、人の声というよりは微かな音という程度だったので願望がリアム殿だと思ったのかも知れません。
彼女なら良かったねと笑ってくれる事でしょう。…母上と姉上に拒絶されてしまったら、本当にゴートランドに向かいましょうか。戦い抜く自信はありませんが。
「母上、姉上。…ヒロトです。」
「はーい。…改めてお帰り。」
「ただいま戻りました。」
お二人の部屋の扉をノックすると姉上が迎えて下さいました。ふわりと香る紅茶の匂いに何だか不安が少し和らいだような心地です。
母上と姉上はベッドに並んで座り、小生は椅子に座ってゆっくりと話を始めました。
姉上と離れて目が覚めたところは見知らぬ森の中だった事。フラフラになりながら彷徨っていると昔馴染みを見掛けて、その名を呼んだ事。その直後また気を失ってしまった事。
気が付くとベッドの上で、介抱して頂いていた事。
「良かったね、優しい人が居て。…で、何処の国だったの?」
「そのお話をする前に聞いて頂きたい事があります。…姉上は鑑定が出来ますか?」
「うん?出来るよ。神官長様みたいに詳しくは出来ないけどね。見れば良いの?」
「お願いします。」
「………え、なにこれ、すっごい伸びてる!」
「小生が転生者だから、なのかも知れませんが…その能力は小生のものではありません。」
「へ?何言ってんの?どういう事?」
こんなにも緊張したのは生まれてこの方一度も無いかも知れません。
役所の人間に追われる時や縄張り争いで喧嘩をする前、苦手な川に飛び込む時、繋がれていない犬に吠えられ追い掛けられた時…色々ありました。此方の世界に来てからはもっと怖い事が沢山ありました。
小さな心臓が口から飛び出してしまうのではないかと思う程ドキドキした事は山ほどあります。ですが、心臓が圧し潰されてしまいそうな…砕けてしまうのではないかと思う程の、こんなドキドキは初めてです。
お二人を失いたくない。
離れたくない。
傍に居たい。
捨てないで欲しい。
小生を可愛がってくれた飼い主の方々にも感じていた事です。でも唐突に別れはきました。小生が死ぬ事も、主人が死ぬ事も、主人に捨てられる事も、帰り道が分からなくて会えなくなる事も。
それが理だというのなら受け入れるしかないと思っていました。勿論、足掻いた事だってあります。それでも、仕方のない事だと最後には納得する事が出来ていました。
ですが、今回は違う。小生が言わなければずっとこの二人と家族でいられる。勇者になれる能力を持ったヒロトとして。
…でもリゼンたちと出会って欲が出てしまったのです。間違われた生だとしても、ヒロトではなく小生を見て欲しい…と。
リゼンたちがクロガネと呼んでくれるのが心地良かったのです。母上と姉上にも小生を見て欲しいと思ってしまったのです。
「母上、姉上…黙っていて申し訳ありません。……小生は、ヒロトではないのです。」




