5話
キィィィィィンッ!
響き渡るような澄んだ音が聞こえたのと同時に親父殿に落とされました。
小生はまだ上手く受け身が取れませんが、幸いにも腹から落ちたのでどうにか手足を付いて衝撃を和らげる事が出来ましたが。
「……勇者の素質…。」
そういえば殴られると思っていたのですが…、どこも痛くありません。どなたかが止めて下さったんでしょうか?こんな子供に手を上げるなんて、と。
「これが…、《女神の加護》の力…。」
伯父上たちの驚き具合が不思議で順に見回していると母上に抱き上げられました。
母上が庇ってくれたのでしょうか?
「ヒロト様っ。良かった…、魔力で身体強化してまで殴り掛かるなんて…っ。怪我が無くて本当に良かった。」
身体強化?…母上の…否、この国の人たちの言葉は難しいですね。
母上に強く抱き締められながらもぼんやりとそんな事を考えていると伯父上たちまで小生を撫でてくれました。どうした事かと不思議に思っていると優しく微笑んでくれた母上が目に入りました。
「《女神様の加護》がある貴方を、あの人は傷付けられないの。女神様の加護がある限り、どんな悪意も貴方に届かない筈よ。…歴史の中でも極めて珍しい加護を持っている貴方は本当に勇者様なのね…。」
「女神の加護…?母上、それは一体…。」
「こ、の…っ、バカにしやがって…っ!」
激昂して壁に飾っていた剣まで持ち出した親父殿は、小生に刃を向けてきましたが伯父上たちに阻まれて捕縛されました。
以前母上にどうしてこの男を伴侶に選んだのかと問うた事があります。
親父殿がデートに遅刻したから帰った際、二時間くらい待っていられないのかと怒鳴られたそうです。
学校からの帰りが遅くなった為に男友達が馬車で送ってくれたのですが、母上を送るつもりで親父殿も待っていたとか。その場で声も掛けられず、約束もしていなかった事から男友達に甘えたところ自宅に入る前に捕まって他の男の馬車に乗るなんてと怒鳴られたそうです。
……クズにしか聞こえませんが?と思ったのですが、箱入りの母上は周りに居ない珍しい男性だと認識してしまった様子。
面白い、と感じてしまった為にそのまま結婚まで進んだそうですが…、姉上を設ける際もなかなか乗り気では無く生まれたのが女児で祖父母から散々嫌味を言われる始末。
兄弟を求めると、金の掛かる者は要らないと抜かしたそうで。だから小生を引き取るに当たって姉上を教会へ…、実質捨てたのでしょう。
物欲によって作った莫大な借金を抱えてこの体たらく。いよいよもって救いが無いように思うのですが…。
「離縁の手続きは此方で行います。勇者様に刃を向けて、断れると思わない事です。」
伯父上の言葉に祖父母共々項垂れる親父殿は小さく見えますが、器も小さな男ですから今までの態度が虚勢だったということなのでしょう。
母上は実家に戻る事になりそうですが、手配や離縁の手続きに時間を幾らか要するそうで暫くは教会に置かせて貰う算段がつきました。
姉上と過ごせるのなら、悪い話ではないと思います。
しかし、誕生日ケーキなるものは食べておきたかった…っ。
伯父上たちと共に殆ど着の身着のままで馬車に乗り込み教会を目指します。異国では車では無く馬車が主流のようですが、車は使われていないそうです。母上に聞いたら不思議そうな顔をされました。
教会で一番上の伯父上と神官長が話しているのを傍で聞いていましたが、どうにか丸く収まりそうです。親父殿の処遇については騎士団に任せる、とのことでした。この国では警察はなく、揉め事は騎士団という組織が対応するのだそうです。…小生はそれなりに長く歴史を見て来たつもりでしたが、知らない事ばかりですね。
「母上!ヒロト!大丈夫だった!?」
他の伯父上たちに話を聞いた姉上が駆け付けてくれましたが、神官長の姿を見て礼をした姉上はそこからは淑やかに歩み寄って来てくれました。
姉上の柔らかい手で撫でられるのは好きです。母上より小さいですが、母上は小生に遠慮がありますので姉上の手付きの方が好きなんです。
「サーシャ、ごめんね?心配を掛けて…。」
「それは良いの。やっと離縁出来るなら良かった。…大人しくサインしてくれると良いんだけど…。」
「あの男は勇者に刃を向けた。あいつが認めなくとも離縁出来る筈だ。」
「伯父様。…そう、それなら……刃!?ヒ、ヒロト怪我は無い!?」
「見ての通り、ですよ。母上が庇って下さいましたから。」
「えぇ!?母様は大丈夫なの!?」
「…庇ったのは私じゃないわ。《女神の加護》の力が働いたのよ。」
「あ…、そっか。でも良かった。」
…うん?小生を庇って下さったのは母上ではない…?
そういえば先程も母上はそんな事を言っていたような…。
少々ごたついている今、質問するのは気が引けますが聞く機会を逃すのも下策かと思い《女神の加護》が何なのか問い掛けてみました。
自動発動する【すきる】だと伯父上が答えて下さいましたが…、すみません、小生に分かるように噛み砕いて頂きたい…。
「…ヒロトって、賢そうな話し方なのにアホの子だよね。」
「……サーシャさん、勇者様ですよ?」
「あ、すみません。…スキルっていうのは、生まれ持っているその人の特別な能力…っていうと分かるかな?持っていない人の方が多いんだけど、後から発現する場合も…、…うん、その授業は今度しよう。」
「…痛み入ります…。」
「この世界の四割くらいの人がスキルを持っていて、転生者にはほぼ確実に備わっているのがスキル。種類は知られているだけでも数百を超えるんだけど、ヒロトについてるのはすっごく珍しいスキルでどんな攻撃も受け付けないっていうものなの。……よし、アンタは攻撃されでも無傷で済むよっていう能力があるって覚えておきなさい。取り敢えずそれで良いから。」
「……は、はい…。」
姉上に気を遣わせてしまった…。
すみません、姉上の話の半分以上が理解不能です…。伯父上や母上、神官長の優しい眼差しが胸に刺さります。
攻撃されても無傷で済む…とは一体どういうからくりなのでしょうか。その点も聞きたいところではありますが、今聞いても頭が痛くなるだけのような気がします。
母上の身の回りが落ち着くまでは教会に住まわせて貰う事になったので、姉上が小生の指導係となるようです。勉強は嫌いではありませんが…、睡眠時間は減らしたくないですね…。




