4話
小生の、と言っても良いのかは難しいところではありますが、今日で漸く三つを数える年になりました。いやぁ、人間がここまで不便な生き物だとは思ってもみませんでしたよ。
最近ようやっと会話らしいものが出来るようになりました。知らない単語が多くて苦労はしておりますがね、母上が教師となって教えてくれるのでなかなか興味深い。
転生者については詳しくないとのことでしたが、稀に起こる事象のようです。
女神セラフィーナを信仰する教会へ祈りを捧げに行くと、極めて稀ではありますが赤子が祭壇に現れるそうです。どの国のどの教会なのかは不明確で、いつ起こるかも分からない…けれど、信者が祈りを捧げた時にしか現れないので神の子とも称されるらしいです。異国では母からではなく祭壇にいきなり現れて誕生するんですね。
お祈りは基本的に家族単位で順に行われるそうなので、赤子が現れた際に祭壇前に立つ家族が引き取るのが習わしだとか。…立礼焼香のようだと思いましたが口にはしませんでしたよ、それくらいの空気は読めるんです。
母上が祈りを捧げた際に小生が現れた為、育てて下さっている…ということは、ミリア殿は母上ではありますが産みの母ではない、ということでしょうか。女神様とやらが小生の母親に…?いやいや、小生の話を聞きもしないあの美しい死神が女神だとは思いたくありませんな。
きっと別のところに女神様がいらっしゃるのでしょう。…そう思わせて下さい。
「母上、小生が転生者なる者だと理解しましたが…、どうして勇者と呼ばれるんです?」
「……うん…、転生者は生まれる前の記憶があるって聞くけど…その話し方、私より年上だったのかしら…。」
「母上?」
「あ、…勇者っていうのはね、加護を持っている人の事を指す場合が多いの。加護は神官様しか分からないんだけど…。」
力の強い神官には他人の能力を視る事が出来る、らしいです。筋力や耐力に体力、精神力…その他諸々が視える…、うん?神官長殿が去年も一昨年も確認していたのは小生の能力…?
あの薄型テレビのようなものがそうなのでしょうか。
数字は何となく分かりますが、文字はさっぱりなので何が書いてあったのか覚えてはいません。
会話が可能になった事と、読み書きが出来る事は別の話なんですよ。小生はまだこの国の文字を読めませんし、書けません。……目下勉強中、という事にさせて下さい。
しかし、異国というのは凄いところなんですね。個人の能力を数値化して確認出来るだなんて…。
神官の中でも確認出来る者はそれほど多く無いそうですが、驚かされます。
さて、その神官長様が確認した際に加護なるものが現れていると勇者になり得る者、という認識なんだとか。この国に生まれた者は12歳になったら、転生者はその場で確認が成されるそうです。
小生には過去の転生者の中でも極めて珍しい《女神の加護》というものが備わっているので、勇者なのだという話らしいですが…勇者とはそんなもので決めて良いのでしょうか…。
「ヒロト様にはその他にも幾つか加護が付いているみたいなの。凄く珍しい事なのよ?」
「ふむ…、そういうものなのですね。…しかし母上、小生にヒロトという名前を授けて下さったのは母上ですか?」
「あら、以前の名前がヒロトなのではなくて?転生者の中でも生まれる前の記憶を持っている人は名前も持って生まれるそうよ?名前も神官様が確認出来るみたい。だから、貴方はヒロト様なのでしょ?」
「いや、それには手違いがあったようでして…。小生はヒロトではなく……。」
彼ではない事を母上に話す良い機会だと思ったのですが、祖母に遮られてしまいました。
何でも、小生の誕生日を祝ってくれる親戚の方が見えたのだとか。
田舎貴族…とでも言いましょうか。我が家は貴族の底辺らしいです。貴族には変わりないのでしょうが。母上は格下の貴族である親父殿と結婚したそうですが…、何故あんな穀潰しと…。
借金に借金を重ねて今やその地位すら失いそうなのだとか。そんな親父殿を叱る事もせず甘やかす祖父母。嫁である母上が更生させろと言う始末。
この国で三歳の誕生日は特別らしく、親戚一同で祝うものらしいのですが…、格上の貴族である母上の兄たちに援助を乞うのが目的でしょう。やれやれ、小生を口実になんともいやな誕生会となりそうですね…。
まだ三歳なのに躾が出来ていると褒めて貰うと、親父殿は自分の手柄のように話します。母上は少し困ったように笑うだけ。しかし、小生に魔力なるものが無いと分かると一同の空気が変わりました。
魔力とは何でしょうか…?
「魔力が、ない…?」
「ミリア!どういうことだ!ヒロトは勇者なのだろう!?世界を平和に導く英雄なんだろう?俺はその父親だぞっ」
「…神官長様が仰るには、人知を超えた数値らしいのですが…一向に回復せず残量がゼロのままだと…。」
「ゼロ…?魔力が全くない訳では無いのか?」
「神官長様もどういうことかお分かりにならないと…。」
親戚の方々まで頭を抱えてしまった。
最大数値は多くあるが、残量が回復しない。…頭が痛くなってきました…、一体何の事やら…。
「魔力が無くてどうやって魔族と戦うんだ!勇者だから引き取ってやったんだぞ!」
「ヒロト様の前でそんな事を言わないで下さいっ。…サーシャを捨てて、ヒロト様まで捨てると言うんですか…。」
「……ミリア、もう良いだろ。こんな男を選んだお前が間違っていたと、今なら理解出来るな?」
ふむ、これはなんとも特別な誕生日ですね。
三歳の誕生日が特別なのは、三つ子の魂百まで…という話から来ているのかと思いましたが、どうにも離婚の流れのようですね。
小生は勿論母上について……。
「…お?」
「ふざけるなっ。誰のおかげで飯が食えていたと思ってるんだ!その恩を俺に返すべきだろうがっ!」
激昂した親父殿に小生は持ち上げられてしまいました。
祖父母も親父殿の意見に賛成なのか頷いています。ふざけているのはどちらだか…。
しかし困りました、この人は何をするか分かりません。
「親父殿、落ち着いてくれませんか。一先ず落ち着いてから話を…。」
「うるさい!俺を誰だと思ってるんだ!偉そうに話しやがって!」
顔を上げて親父殿に声を掛けたのですが、火に油を注いでしまったようです。
小生を抱えたまま振り下ろされる拳に、思わず目を閉じて衝撃に備えて身体を縮めました。