3話
母上と神官長なる男性が会話しているのは聞こえてはいましたが、内容がさっぱり分からず段々と眠くなってきてしまいました。赤子も寝るのが仕事…という事で、少し眠らせて頂きましょう。
「ミリア殿、ヒロト様はお疲れのご様子。ゆっくりと休ませてあげて下さい。また、来年…必ず、お連れ下さい。」
「はい。…今日も、サーシャと面会を…。」
「えぇ、構いませんよ。今日は祈りの間に居る筈です。」
「ありがとうございます。」
母上の腕の中で心地良い眠りを堪能していたのですが、やはり深く眠れる筈もなく光が目の前を過った感覚に目を覚ましてしまいました。
教会というのは綺麗な場所だと思いますが、光が浮いているのは面妖ですね。ふわふわと風も無いのに浮いているこの光は何でしょう?やはり我慢が出来ずに手を伸ばしてみましたが、また逃げられてしまいました。
「ヒロトは精霊が見えるのね。」
光を掴もうと手を蠢かせていたところ幼い少女の声が聞こえました。
母上がしゃがんでくれた事でその少女の顔が見え、その顔は幼くも母上に良く似ていました。
少女はふわりと柔らかな、それでいて上品な笑みを向けてくれました。
「初めまして、だね。私はサーシャ…貴方の姉よ。」
「サーシャ…。」
「だってそうでしょ?今は教会でお世話になっているけど、母様の最初の子供は私よ?」
「えぇ、そうね…、そう…。私の子供は貴女よ…サーシャ…。」
小生を抱えたまま泣き崩れてしまった母上を少女…、姉上が慰めるように撫でます。何度も「私は大丈夫だから」と、まるで自分にも言い聞かせるように呟きながら。
サーシャと名乗る少女が姉であり、母上はサーシャの母なのだという言葉で小生の母はミリア殿なのだと確信出来ました。乳母かも知れないという可能性もありましたが、すっきりした心地です。
まだ10代にもなっていないような少女が教会で世話になっているというのはどういう事でしょうか?気にはなりますが、小生はまだ話す事が出来ませんので聞く事は叶いませんね。
「ヒロト、貴方は勇者様なんだって。…早く大きくなって母様を守ってね?」
言葉で応える事は出来ないので、姉上が差し出した小指を握る事で応えました。姉上は満足そうに笑ってくれましたが、何処か悲しそうな表情に見えたのは…小生の気の所為でしょうか…。
母上と姉上は他愛無い会話をして母子の絆を深めているように見えます。小生はお邪魔でしょうから少し離れているとしましょうか。
ふふっ、四つ足で歩くのは得意なんです。掌と膝を付いて歩く恰好ではありますが、動けるというのは良いですね。
「母様、ヒロトは精霊が見えているのね。」
「精霊…?」
「うん、教会の中に居る精霊様。私は何となくしか分からないんだけど、空気を綺麗にして明るくして下さっているみたい。…ほら、ヒロトはちゃんと目で追い掛けて触ろうとしてるもん。…やっぱり勇者様なんだね…。」
「サーシャ…、ごめんなさい…。」
「母様が謝る事じゃないわ。あのクソ親父の所為だもの。捨てられて有難いくらいよ。…あ、母様とは一緒に居たいのよ?ヒロトが勇者様になったら、迎えに来てね?」
「えぇ、必ず。必ず迎えに来るわっ。」
「もう、泣かないで。私まで悲しくなっちゃう。…母様、ヒロトを守ってあげてね。あんな家に居たら、絶対性格歪むもん。」
「…もう、サーシャったら。また来月来るわね…。」
ふわふわと動く光を追い掛けていたらいつの間にか母上に抱き上げられてしまい、進もうとした手足がばたついてしまいました。
姉上に見送られて母上と共に教会を後にしたところ、漸く外に目が向きました。
来るときは夢現で微睡んでいた為にちゃんと見ていなかったんですよ。初めてのお出掛けだったんですけど、眠気には勝てないじゃないですかっ。勝てないんですよ、小生はっ。
建物は日本とは違っていて、異国なのだと実感出来ました。行き交う人々も珍しい髪色をしていますし、服装も不思議なものばかりです。
着物が主流だった時代から移り変わって洋装が当たり前の日本でしたが、それとも違うような…。
あれは甲冑…!?
いや、鎧…?何か祭りでもあるのでしょうか?
西洋のお祭りのハロウィーンというもの…いやいや、街全体で行うものでしたか?
「なんだ?危ないぞ?まだ早いって、お子様には。」
「すみませんっ。こらヒロト様、いけません。」
「ヒロト?」
興味があってとある男性が背に担いでいる斧に手を伸ばしたところ、あっさりと掴まれてしまって斧に触れる事は叶いませんでした。こんな大きな斧は今まで見た事がありません。
母上に止められて諦めたのですが、男性の友人らしい人たちも集まってきました。
「うん?もしかしてお前がヒロト様かぁ。すげぇな、金色の目をしてやがる。」
「デカくなったらいっぱい働いてくれよー?」
「この街で勇者様が現れるなんてのは今まで一度も無いって言うじゃねぇか。」
「大人になるのが楽しみだな、《女神の加護》持ちなんて歴代の勇者にも稀にしか顕現しなかったみたいだしよ。」
……日本が恋しい…。
よし、順に答えましょう。金色の目は小生の自慢です。大人になったら働くのが人間だというなら、人間である以上従いましょう。
小生は勇者ではありません。何も成していないのですからねぇ。
そしてまた耳にしましたが、女神の加護とは何ですか。
最後に、小生は見知らぬ貴殿に将来を楽しみにされるような大物ではない…と思いますよ?
小生が悩んだ顔…のつもりでしたが、母上や男性たちにはむくれているように見えたようで帰宅する事になりました。
「ヒロト様も大きくなったら、あの人たちみたいに戦うのよね。…あの人たちは冒険者なんて呼ばれてる人たちで、街を守ってくれているの。…もう少し大きくなったらもっと詳しく話すわね。」
母上、人間は大人になったら戦わないといけない種族だったんですか…?
日本では戦う事なんてありませんでした。試合、という意味での戦いはあるようですが…その事でしょうか?武器を持って鎧を着て戦うといえば、試合ではなく戦なのでしょうね。
小生は猫ですよ?戦える訳がありません。鼠や鳥を狩るのは得意ですがね。
異国といえど郷に入っては郷に従え…、…可能な限りは母上の期待に沿うよう努力はしてみますよ…多分。
しかし物騒な国に生まれてしまったようですね。人間の成長も遅いですし…。一年も生きていたら立派な大人ですよ、猫は。この身体はちゃんと成長出来るのでしょうか…、不安になってきました…。




