25話
「……すみません、道に迷ったのですが出口をご存知ありませんかね?」
骨の魔物は言葉が通じても会話になりませんでした。彼女たちはリゼンと同じ魔族かも知れない、となれば会話が可能かも知れない…そう思って声を掛けてみました。魔族の言葉は分かりませんので、彼女たちが小生の言葉を理解してくれる事を祈って。
〖あらあら、迷っただなんて可愛らしい。ふふっ、猫ちゃんだけどなかなかイイ男に育ちそうよね。〗
〖うわ、出たよ悪癖。あんな子供に発情する訳?〗
〖もう、下品な言い方しないで?ちょっと気持ちイイ事したくなっただけよ。〗
〖それが悪癖だって言ってんじゃない。〗
お二人が会話していらっしゃるのは分かりますが、内容までは分かりません。リゼンかシオドア殿に教えて頂いておけば良かったですね…。
リゼンが殆ど魔族の言葉を使わずに話して下さっていたので甘えてしまっていました。もう少し学んでおくべきでしたね。…睡眠が最優先ではありますが。
「ご存知ないのでしたら、失礼したいので通らせて頂きたいのですが…。」
「知っているわ。でも、どうして迷い込んじゃったのかしら?教えてくれる?」
「え…?あ、の…お話しますので、もう少し離れて頂けると…。」
「あん、動かないで。ドキドキしちゃう。」
「………はぁ、それはすみません。」
もう一度声を掛けたところで女性が此方に歩み寄ってきました。一応は警戒をしていたのですが壁際に追いやられてはどうしようもありません。
敵意が濃くなってしまわないように配慮していたのですがあまりにも距離が近いので身じろいだところ、更に擦り寄られてしまいました。
このまま攻撃されたら何をされたか分からないまま死んでしまいそうですね。
〖やだこの子、魅了が利かないんだけど。それに幾ら子供だからって、私のこぉんな身体に擦り寄られたら反応するものじゃないの?〗
〖好みじゃないんじゃなーい?それより私帰って良い?子供痛めつけるのは好きじゃないのよね。〗
〖ふふっ、同じ子供は虐めたくないの?〗
〖はぁ!?ちょっと胸が大きいからって失礼じゃない!私は子供じゃないわよ!〗
また魔族の言葉で話していらっしゃる…。
言っている事は分かりませんが、少女が憤慨しているのは分かります。何を話しているのか知りませんが小生にまで火の粉が飛んだら困ります。敵意が無い事を人間が示すのは確か両手を上げれば良いのでしたか…。
「あの…、お二人の言葉が分からないのですが、迷った経緯をお話しますので穏便にいきませんか…?」
「あら…、ごめんなさいね。あの子、ヒトの言葉は話せないの。…お話するならこんな場所じゃなくて…、ベッドのあるところに行きましょうか。」
〖あ、ちょっと!…もうっ!〗
話をするのに魔物が多く出現する場所は適していない、という意見には同意しますが何故ベッドが必要なのでしょうか?
不思議に思っていると視界が歪みました。少女の叫び声が聞こえたような気がしましたが、魔族の言葉が分からないので何を叫んでいたのかまでは分かりません。
気分が悪くて目を閉じていたのですが、頬を撫でられる感触で目を開けて驚きました。綺麗な天井が見えたのです。先程まで真っ暗な気味の悪い通路だったのに。
「大丈夫?急に転移させちゃったから…気分は悪く無い?」
「あ…、はい。此処は…?」
「あら、私の質問に答えて貰うのが先でしょ?どうして迷子になっちゃったの?猫ちゃん。」
女性が心配して下さっているのは分かりましたが、転移とはなんでしょう…。それにこの部屋も。
ベッドに寝かされていたので身体を起こしながら問い掛けたところ、肩を押されてまたベッドに倒されてしまいました。…ふかふかで眠たくなるベッドですが、今寝たら怒られそうなので事の経緯を話しました。
知人と湖まで魚を獲りに来た事、知人の持っている武具について質問したら迷宮なるもので拾ったという話になり何故か迷宮に入る事になった話。それから魔物に追われて逃げた先で一緒に入った知人を待っているとまた魔物に出くわし、一本道だったので戻ろうとしたら通路があちこちに出来ていて帰れなくなった…と。
「……あらあら、強い魔力を持っているとは思ったけど…。無意識で私の結界を通ってきちゃったのね。余計に、…欲しくなっちゃった。」
…何やら納得されているようですが、小生にはさっぱりです。
この女性は話ながら足を触るのが癖なのでしょうか、…擽ったいので止めて頂きたい。
「結界、とは…。それと先程の通路と様式が違うこの部屋は何でしょうか?貴女の質問に答えたのですから、小生の質問にも答えて頂けないでしょうか?」
「ふふっ、欲しがりサンね。…あの子と私が住んでいるお城なのよ、ココは。勝手に入って来るんだもの…、ビックリしちゃった。」
「すみません、知人からは迷宮としか聞いていなかったので…。住んでいる方が居るとは露知らず…申し訳ありません。」
「優しく入ってくれたから、許してあげる。…もっと激しくしてくれる方が、私は好みなんだけど…ね?」
「……はぁ。人様のお宅に長居するのは失礼でしょうし、小生はお暇させて頂きます。出口の方向だけでも教えて頂きたいのですが。」
「ないわよ?出口なんて。」
入ったら出られないから迷宮だとでもいうのでしょうか…。
困りましたね…。竜の繁殖期が終わればクロッドの町への帰り方を教えて貰う事になっているのです。しかし此処を出られなければ…、皆さんと合流出来なければ…帰る事は叶わない。
姉上に会えないのは寂しいです。
小生が浅はかだったのです。魔法なるものについてもう少し勉強していたら、ゴートランドに来ることは無かったでしょう。皆さんと会えなかったかも知れませんが、姉上を悲しませることは無かった。
姉上の事だから、きっと自分を責めていらっしゃる…こうしている間にも。
「無いのでしたら、探します。小生は、姉上の元に帰らなければならないのです。いえ、小生が…姉上の元に帰りたいのです。ですから……うぐっ!…な、にを…。」
「もう、面倒ねぇ。こんなイイ女に乗られてるんだから、他の女の話なんてしないで頂戴。私、余所見をする子は殺したくなっちゃう。」
「っぐ…、あ…っ。」
明らかな敵意を抱いていた少女と違い、この女性はヒトの言葉も出来て穏やかな調子だったので失念していました。彼女もまた、警戒と敵意を抱いていた事を。
ゆっくりと死地に追い遣るが如く、女性の細腕で首を絞められています。振り解くには遅く、抵抗するには体勢が悪い。…小生は此方に来てから警戒が緩んでいる気がします…。