1話
小生は随分と長い時間を生きて来ました。
合計すれば千年を軽く超えるでしょう。
そんな小生でも、こんな事は初めてでどうして良いのやら…。
ほんの数分前、小生は何時ものように散歩をしていた筈です。
お気に入りの場所で昼寝をして、近所のおばあちゃんの煮物を食べてまた昼寝をして。今飼ってくれている家族の元に帰るついでの散歩中だった筈です。
猫に九生あり。そう聞いた事はございませんか?
全ての猫に当て嵌まるのかまでは小生も分かりませんがね。小生にはあるようですよ。
初めて生を受けた時の事なんて覚えておりませんが、30年というのは猫として大往生と言えるでしょう。それで妖の仲間入りでもしてしまったのかも知れませんね。
死んだと思った次の瞬間には別の母猫から生まれていました。驚きはしましたが、猫仲間に聞いていたので納得するのは直ぐでしたよ。あぁ、小生も九回生きられるのか、と。
時代の移り変わりも楽しみの一つとして捉えながら、最後の九回目の生活を楽しんでいたんです。
小生ともなると信号の意味も理解しているんですがね、信号無視をする車までは想定出来ませんでした。
話を聞く限り十回目を生きる猫は居ない…らしいです。これで小生も本当の死を迎えるものだと、覚悟をしたんですよ。
それが、何ですか?偉く綺麗な異国の人間が訳の分からない事を言っているんです。
その辺の人間なんかより賢い自信はありますが、このご婦人の話はとんと的を射ない。
「ですから、貴方は生まれ変わるのです。」
「いえ、小生は九回全て生を全うしました。十回目があるとは初耳ですし、輪廻の輪に加わるのでは?」
「貴方の魂は他に類を見ない輝き。私たちの管理する世界…今まで貴方の生きて来た世界とは別の世界が危機に瀕しているのです。同じ世界で生き返らせることは出来ませんが、此方の世界での生を貴方に差し上げます。ですから、どうか…。」
「すみませんがね、状況ってもんが分からないんですよ。貴女の仰る事が理解出来ないんです。」
「…佐藤大翔さん、貴方は信号無視で突っ込んできた車に撥ねられそうになった猫を庇って死んでしまったのです。少しだけ、お見せしましょう。」
ご婦人の持っている杖が光り輝くとまるで空から見ているかのような事故現場が映し出されました。
電柱にめり込んでいる車、学生服を着て血塗れで倒れている青年、腹は動いているようですが虫の息といった小生の身体、野次馬や救助活動をしてくれている複数の人間たち。
「…んんっ!?ちょっと待って下せぇ、小生は佐藤大翔なんて名前じゃないですよ?」
「……。…混乱しているのも無理はありません、突然の事ですから。貴方の望む力を、可能な限りで授けます。ですから、どうか世界を混沌に陥れる魔王を倒して欲しいのです。」
「いや、だから話を聞いて下さいよ。小生は辛うじて生きてますから。…まぁ長くは保たないでしょうが、まだ死んではいないですよ。ほら、腹が動いているじゃないですか。息をしているんですよ、まだっ。」
「すみません、神の端くれといえども長々とお話ししている程の力はないんです。貴方を転生させるのには膨大な魔力を使います。こうして話している時も魔力を消費しているのです。…未だ混乱しているのに、申し訳ありません。貴方に相応しいと思える、必要と思えるスキルを授けます。どうか、世界をお願い致します。」
「すきる?何の話を…、…いや、それよりも小生の名は………ッ」
目の前が白くなる。…否、これは小生を含む全てが光に溶けていくような…。
あの異国の美人は天使か死神だったんでしょうか。
こうして光に包まれて最期を迎えるというのも乙なものだとは思いますが…、小生の身体を助けてくれたあの子がきっと佐藤大翔君なのでしょう。
輝きの強い魂を持つのが彼で、小生は間違われただけ。彼には悪い事をしました。小生を助けようとしてくれたばかりに若い命を…、たった一つしかない命を散らせてしまった。
小生が散歩などせず真っ直ぐ帰っていたら、車の接近にもっと早く気付いていたら…悔やんでも仕方のない事ですがね。
美しい死神が何を言っていたのかわかりませんが、恐らくこれで小生は無垢な魂として何かに生まれ変わるのでしょう。
今まで、小生は九回生まれ変わりました。産んでくれる母猫は毎回違いましたし、直ぐに野垂れ死んでしまうこともありましたが…小生の自慢の黒い毛並みも宝石のような金の瞳も同じでした。
三回目か四回目辺りで気付きました。生まれ変わる、というよりは小生の身体と魂でもう一度赤子からやり直す…そんな感じで九回生きるのだと。
しかし十回目の今回は記憶も身体も失って新しい命になることでしょう。悔いはありません。強いて言えば助けてくれたあの子に礼を言えなかった事くらい。
飼い主たちにも随分可愛がって貰えましたし、この光に包まれてゆっくりと………うん?
猫に十生あり…?いやいや、長く時を刻んできましたが聞いた事がありません。
全てを溶かしてしまう程の光が落ち着いた後、視界に広がったのは見知らぬ天井。身体は小生の意志で動かせそうにありません。
どうにか生き残った…ということなんでしょうか?しかし、仰向けというのは居心地が悪い。小生は丸くなって日向で眠るのが好きなんですがね。
体勢を変えようとしても動かない身体。恐らく小生が苦手な病院というところなのでしょう。重体であれこれと治療してくれている最中だとかそんなところかと。
「あら…目を開けたのね、初めまして。」
異国のご婦人でしょうか?小生の顔を覗き込んできた女性が何を言っているのかさっぱり分かりません。
小生は日本を離れた事がありませんから、異国の言葉など理解出来ないのですよ。まぁ、日本の言葉も理解出来るだけで話す事は出来ませんがね。「おはよう」だとか「ごはん」だとかくらいはどうにか通じるようになりましたが。
さて、美人の死神の言葉は理解したんですがこのご婦人は何と言っているのかさっぱりです。あぁ、美人の死神の言葉が分かっても内容はさっぱり理解出来ませんでしたがね。
取り敢えず、身体が動かない事以外に痛いところはないようですし…眠りますか。怪我は舐めるか寝るに限ります。
「また眠ってしまったわ…。この子、本当に勇者になる素質があるのかしら…。」




