初代魔王と呼ばれる男
ある昼下がりの家の中の実験室。
薄汚い笑みと狂気を孕んだ眼で、
俺に理想を語っている親父は。
長話で手を止めていた実験を再開するために、
俺に背中を向けて作業に取り掛かろうとしていたんだ。
そんな無防備な背中目掛けて、
俺は躊躇せず短刀をザクリと突き刺した。
短刀が肉を裂いて鼓動を打つ場所へと到達し、
引き抜いた反動で、
小さく飛び散った血液がジワリと床を染め上げる。
苦しそうな声を小さく漏らして、
「お前っ――な、にを」
先ほどまで薄汚い笑みを浮かべていた親父は、
そう呟いて動かなくなった。
俺は今、人間を殺した。
大陸を立て直した十ある内の筆頭貴族。
アグウェイン家の三代目当主である自分の父親を殺したんだ。
だというのに、
室内は風が止んだ様にとても静かで、
俺の心は一つの安堵に包まれていた。
さっきまで狂っている実験や計画の内容を楽しそうに話していた親父も、
今は床に倒れたまま動かない。
親父の心臓が停止しているのを確認した後、
俺は自分の書斎に戻り、
あらかじめ書いてあった息子と妻への手紙を息子の大好きな絵本の中に隠して、
これからの行う事のために地下室へと足を運んだ。
地下室に辿り着いた俺は、
今日のために準備して創り上げておいた、
固定印と魔法陣を身体に書いて目を閉じた。
しんとした空気の中で、
辺りには心臓が鼓動音だけが、
一定のリズムのまま響いているような気がする。
緊張の所為なのか。
はたまた親父を屠ったせいなのか。
じわりじわりと冷たく気味の悪い汗も出てきた。
それでも俺は、何があっても行動する事をやめるわけにはいかない。
何故なら、
親父のシナリオは、実験はまだ潰れていないのだから。
今から試すのはぶっつけ本番の大勝負。
魔物や魔族をでたらめに召喚し吸収する魔法陣と、
それを固定する印。
新しい魔法の開発というには到底穴だらけで、
どうなるかもわからないが、
第一段階であるコレがうまく行けば、
親父のやろうとしていた事を止められる可能性は十分にあるのだから。
ふうっと息を吐いて必要な言葉を口に出す。
「魔法式印発動準備、魔法陣読み込み開始……っ」
そう言ってから――
心臓の鼓動が響くたびに、
熱さと気持ち悪さが増していく。
次第に――。
じわり、
ジワリと。
鈍くぬめりを帯びるような感覚と共にゆっくりと頭、首に痛みが走り、降下していく。
じわりとした痛みが足先
身体の中で刃物が暴れ回るような痛みが全身を巡る。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
今まで出した事の無いような声が部屋に響いていくのが分かる。
けれどそれを気にする間もないまま状況は酷くなり、
秒数が進むたびに痛みがどんどんと増していくような気がする。
今俺の身体には無数の魔族や魔物が侵入し、
固定を経て体内に吸収されていっている筈だ。
その証拠に段々と肌が禍々しい黒色に染まってきた。
思わず、心の中で握りこぶしを作りたくなった。
このまま、このまま行けば俺の思った通りの結果に――――いや。
何かが……おかしい。
そう思った途端、
身体が一段と強くドクンと跳ねて、
俺は視界が真っ黒に染まった。
そして直ぐに、
腕から足にかけての感覚が判らなくなる。
何が。
――ツメタイ。
――トテモ……ツメタイ。
――ドコガ、ツメタイノカ。
――ドウナッテイルンダ?
意識が飛んでいたのか、
魔法は成功したのか。
今の俺には何も分からなかった。
じわじわと身体に熱が戻ってくるようなそんな気がしているだけで、
俺は唯静かに、
視界が開けていくのを待つ他無いのだと。
けれど、
ジッと時が過ぎるのを、待つのは辛い。
そう思っていると、【ガチャリ】
ふいに地下室の扉が音を立てたような気がした。
誰かが何かを言っている――
「アナタ?此処にいるの? さっきね!ぼうやがわたしとアナタの絵を――」
妻の嬉しそうなその声が耳に入った瞬間、
ゾッとした。
アイツの為に、
アイツとアノ子を護るためにやっているのに、
このままじゃ家族を、俺の命よりも大事な妻と俺の子を……俺の大事な者を俺の手で傷つけてしまう!!
俺は声がした方向に向かって出るかどうかもわからない声で叫んだ。
力一杯叫んだ。
「クルナアアアアアアアアア!」
気がつけば、
俺は空を飛んでいた。
いつの間にか、
動かせるようになっていた身体で、
眼球で、後ろを見た。
俺の視界にあったのは、
割れた窓の先からこっちを見るアイツの悲しそうな心配そうな涙顔。
心配するな。
俺はきっと、
お前たちと、魔族の未来を守って見せるから。
そう心の中で呟いて、
俺は、高く強くこの地から飛び去った。