7.
よろしくお願いします。
「すごい……」
その言葉以外何も言えなかった。
歌はもちろんダンスもうまい。前世でダンスの世界選手権の様子を映したテレビを見て、無駄に目が肥えたからわかる。
彼のダンスは世界レベルだと。
もしかしたら、彼の周りにいる四人のダンサーよりもうまいかもしれない。
周りのダンサーと同じかそれ以上のレベルで踊り、歌う。声量もあり、音程も外れていない。それは、とても凄いことだ。
『ありがとうございました!!次は、今日デビューした………』
気がつけば彼の出番は終わっていて次のアーティストになっていた。
「あ……なまえ、わすれてた。」
うっかり名前を確認しわすれてしまった。失敗、失敗。
「どうしよう……」
困って考え込む。彼のCDを買おうと思っていたのに名前を確認しなかったのはかなり痛い。
「薙、どうしたの。なにか、あった?」
母が心配そうにひょいと顔を覗き込んできた。
「ん、ママ。」
「難しい顔してどうしたの?」
いきなりでビックリしたが、ちょうどいい。相談してみよう。
「ん、それがね。さっきでてたおとこのひとが、うたとおどりがとってもじょーずだったからだれなのかしりたいの。でも、なまえ、みるのわすれちゃった。どうしよ。」
母の顔を見ると、目をまん丸にしていた。…どうしたのだろう。私の顔に何か付いてるのだろうか??
「薙がいっぱい喋ったわ………。」
「へ?」
そこ?いや、確かに今世の私はあまり喋らない無口な子だけれど………。
「ママ?」
ぽかんと口を開けていた母は、私の声にはっとなった。
「あっ……そうね、名前を確認し忘れたのね。えっと…見ていた番組は……あら、これを見てたの?この番組、下手なアーティストばかり出ることで有名なのよ。たまに上手な無名のアーティストが出るらしいわ。」
へえ。確かさっき司会の人が『もうすぐこの番組も十周年ですね!』とか言ってたよね?なんで取りやめにならないんだろ………。コネとかかな?
「あっ。いいこと思いついたわ!」
ポンと手を打つと母はパソコンが置いてある所に行った。
「ママ、なにやってるの?」
「たしか……あったわ!ほら、薙見て見て。」
自慢げな顔をしてパソコンの画面を指差す母の指先を見ると、さっき見ていた音楽番組のホームページが開かれていた。
「ん、これは……。」
画面をよく見てみると『本日の出演者一覧』という項目があった。母がそこをクリックすると出演者の名前と写真がズラッと並んでいた。
「あった。このひとだ。」
画面をスクロールしていくと、目的の人物を発見することができた。
「えっと…みかみ だいすけ?」
黒髪に黒の瞳をした青年の写真の下に書いてある名前。私が知りたかったものだ。
「あら、薙はまだ習っていない漢字が読めるの?偉いわね。」
「ママがよくニュースみてるから、おぼえた。」
「そうなの?」
嬉しそうに微笑む母を前に何とも言えない気持ちになる。「実は前世の記憶持ちです!だから漢字は普通に読めるよっ!」なんて言えるわけない。絶対に病院に連れていかれるだろう。
母の顔から三上 大輔のプロフィールに目を移す。
三上 大輔
年齢:16歳
身長:176cm
誕生日:12月10日
歌とダンスを幼少期から習う。去年の事務所オーディションに受かった期待の新人。
「この人、新人なのね。」
プロフィールを見た母が感心したように呟いた。
「薙はこの人が気に入ったの?」
「ん。CDが、ほしいの。」
「そうなの。じゃあ明日出掛けるから買いましょうか。」
「いいの?」
「薙が欲しがるなんてめったにないもの。パパに頼んじゃいましょ。」
「ん。ありがと。」
「薙は可愛いわねぇ。」
母にぎゅうっと抱きしめられる。ポカポカした気持ちになって私も抱きしめかえす。
ぬくもりを感じながら思う。
この人は、私の母親なんだと。
「ただいま〜。帰ったぞ。」
「ママ、ただいま!薙はまだ寝てる??」
父と兄が帰ってきた。
ありがとうございました。
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