5.
「薙、おやすみ。何かあったらママを呼ぶのよ?」
歯磨きの後、部屋に戻ってフカフカのベッドに入るとドアから母が心配そうに言ってきた。安心してもらうためにコクンと頷いて返事をする。
「ん。わかった。ママ、おやすみ。」
目を閉じるとパタン、とドアが閉まる音がした。
母の階段から降りた気配がした途端、閉じていた目を開く。音を立てぬようにそっとベッドから降りてドアに少し隙間を作って下の様子を伺う。……どうやら母は父と兄が出かけるのを見送ってるようだ。
ゆっくりとドアを閉め、昨日のように鏡の前に立つ。
「さて、と。ふぇーどあうとするのは、きまったことだし……。」
昨日、中途半端になってしまった状況把握をしてこれからどうするかを考えますか。
ええっと…いままでの記憶から整理してみよう。
樫木 薙 (五歳)
誕生日:5/26
家族構成:父、母、兄の四人家族
習い事:英会話、空手、ピアノ、水泳
<備考>
現在、保育所に通っている。仲良しの友達は二人。年長組のライオンさん。
好物は母の手料理。嫌いなモノは特になし。強いていえばマズイもの。
常に無表情であまり笑わない。
ピンク系の色よりブルー系の色が好み。スカートよりズボンが好き。
小学校に上がったら新たに習い事を二つ自分で好きなものを見つけてやることになっている。いままでの習い事は存続。
現在、四月なのでもうすぐ六歳の誕生日を迎える。
よし、整理完了。
「ん。これからどうしよ。」
まずは将来就く職業を考えよう。是非とも前世ではやっていなかったものをやってみたい。
「そうだ。」
小学校に上がったら新たにやる二つの習い事は将来就く職業に役立つものにしよう。
そうと決まったら、今度は将来就く職業を決めなければ。前世ではやってなくて、私がやりたいと思える職業は………
グラッ
「あ…れ……?」
いきなり目眩がして体に力が入らなくなる。ガンガン痛み熱い頭を抑え、部屋の床に倒れこみなが今の状況を必死で考える。
"ちょっと熱があるわね……。"
ふいに母が食卓で言っていたことが蘇る。
「ね…つ…。」
そうだ……熱だ。母が言っていた。前世を思い出した影響だろうか?
とりあえずベッドに入らないとマズイ。
ふらついて動かない、力の入らない体を気合で動かしてベッドに入る。毛布と敷布団の間にどうにかすべりこむと体にドッと疲労感が押し寄せた。
瞼がいつの間にか閉じて、私の意識は暗闇に沈んでいってしまったのだった。
夢を見た。遠い、遠い昔の夢を。
封じ込め、二度と見たくない思い出を…………
"お前のせいだ!!お前のせいで美咲は、美咲は……っ!"
違う…!
"悪いけど、二度と私たちの家の敷石を跨がないでくれ。君はもう、姪ではない。赤の他人だ。二度と、私たちに話しかけるな。"
違う違う………!!
"はっ…最低だな。気持ち悪い。同じ間空気を吸うだけでも穢れる。俺に近づくな。"
違う違う違う………!!!
私は…………!!
「薙!薙!薙!」
頬を叩く感触と懐かしい声に目が覚める。
目の前に必死の形相をした母がいた。
「まま……?」
私が言葉を発すると母はホッとした顔をした。
「そうよ。ママよ。大丈夫?酷くうなされてたわよ。怖い夢を見たの?」
「わかんない………。」
記憶がボンヤリとひどく曖昧でわからない。ただ、怖い怖い夢を見たことだけはわかる。
何の夢だったのだろうか?
思わず頬を触ると冷たいものが流れていることに気がつく。
「そう……。もうすぐお昼だけど、食べたいものはある?」
母の声にハッと我に返る。
お昼、か。暫く考えてから食べたいものを思いて答える。
「お粥食べたい。ママ特製の。」
「そう、わかったわ。いま氷枕とお水、あと冷えピタを持ってくるからその後すぐ作るわ。薙、楽しみにしててね?」
「わかった。」
母特製のお粥。とても楽しみだ。
思わずニヤリと笑うとそれに答えるようにグゥとお腹が鳴った。