プロローグ
よろしくお願いします。
コンコン ガチャッ
「Renくーん?そろそろ出番よ〜?あと、着替え終わったら大輔さんが楽屋に来て欲しいって言ってたわ。……あら、もう着替え終わってたの?さすがRenくんね。」
残念ね……と、黒いTシャツを着た優しげな印象の女性スタッフが呟いた言葉を耳に拾い、苦笑する。ここにくる女性スタッフは必ず同じことを言うな…と思う。まぁ、理由はわかっているが。
「わかりました。着替え終わっていますから、このまま行きます。」
ありがとうございます。と、少し微笑むと目の前の女性スタッフは顔を真っ赤にして去っていった。その光景に初めこそ戸惑ったが、今は見慣れてしまっているので気にはならない。……少し複雑な気分だが。
自分に与えられた楽屋から出て左に曲がる。
まだ新人の自分に楽屋が一室与えられるなんてとんでもないことだと思うが、止むを得な
い事情があるから仕方ない。
左に曲がり、真っ直ぐ突き当たりまで行ってまた左に曲がると
"Daisuke Mikami" と書かれた紙が貼ってあるドアが左側にある。
ドアをノックすると返事があったのでドアを開けて部屋に入り、後ろ手でドアを閉める。
「大輔さん、お呼びでしょうか?」
「Ren、敬語はやめろと言ってるだろう?」
目の前に座っている濃茶の髪に黒の瞳をした男性は、不満気な声と表情を隠そうともせずに言う。彼に対峙している黒い髪と瞳の少年はその言葉を聞いた瞬間、最近身に付けた営業スマイルを顔に貼り付けて答える。
「……ですが、僕はまだ新人です。そして貴方は、10年以上この世界で仕事をしている大先輩です。敬語を使わなければ、僕が他の方々に怒られてしまいます。」
少年がトドメにニッコリ笑うと目の前の男、大輔は降参したというように両手をあげ、肩を竦めた。
「わかったよ……。お前には負けるわ…。」
諦めたように言うと、面倒くさそうに言葉を続ける。
「じゃあ。Renが駄目なら……薙、聞きたいことがある。敬語は無しで、よろしく。」
薙と呼ばれた瞬間に少年
否、男装している少女は営業スマイルをやめ、素に戻る。
「はいはい、敬語はやめてあげますよ。で、聞きたいことってなんなの?大体予想はつくんだけどね。」
薙の言葉に大輔はムッとした顔をし、ため息をついた。
「わかっているなら話は早い。本番まであと2時間あるから、お前の前世の記憶とやらを話してくれ。ついでにこの世界のことも。」
「りょうかーい。」
薙の口調は軽いモノだったが、顔はまったく笑っていなかった。
知る人ぞ知るアーティスト"三上 大輔"。彼は世界レベルの歌とダンスを有名な海外のアーティストから評価されているが、なぜか日本ではさほど有名ではない。
そんな彼のバックダンサーは勿論、全員世界レベルだ。そして本日、バックダンサーの名簿に新たに加わった名前がある。
ダンサー"Ren"
本日から三上大輔のダンサーチームに加わる"Ren"は所属事務所からアーティストとしてデビューを期待されている少年だ。
約170cmの身長に長い手足、色白の小顔、黒の髪と瞳。どちらかといえば、女の子と思われる可憐な少年。
そんな彼には秘密がある。それは、所属事務所と三上のみが知っていて絶対に誰にも知られてはいけない秘密。
実は、彼は男装している少女なのだ。
更に、彼女にはもう一つ秘密がある。それは、所属事務所は知らないが三上は知っている秘密。
男装している少女は前世の記憶がある。そして、この世界は、前世で発売されていた乙女ゲームの世界なのだ。
ありがとうございました。