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ソフトボール

5、ソフトボール

その女性ひとは少女マンガから抜け出してきたような人だった。

全体的に身体は華奢で腕は細く、肌は透けるように白い。

顔は小さく、目は二重でまつ毛が長くパッチリしている。

短めに切りそろえられた髪の毛は、まっすぐつややかに伸びておりよく似合っている。

そして・・・彼女は車いすに座っていた。よく見ると分かるのだが左足が義足である。歩けないことはないとのことだが、遠距離に行くときは車いすを使うこともあるらしい。

その女性ひとこそ敬の彼女だった。

萌々子は事前に朋美から聞かされていたので、敬の彼女を見ても大きなショックを受けることはなかった。彼女が車いすが必要不可欠な生活をしていることを知って、萌々子は『優しい内海さんらしいな』と思ったのだ。

聞けば、彼女は学生時代の同級生で敬がバスケット部に所属していた時のマネージャーだったらしい。

左足の義足は高校在学中に交通事故でそうなったとのこと。

彼女にすればショックだったに違いない。

萌々子は彼女を見てそう思った。あまりにじっと見るわけには行かないがそうは言っても彼女の今の車いす姿はなにかはかないものを感じざるおえない。

いつも身体を動かすことで嫌なことを忘れようとしている萌々子は彼女のつらさが痛いほど伝わってくるのだ。

バスケット部のマネージャーをやる前までは、自身もバスケットをやっていたらしい。

彼女の名前は村瀬瑞希むらせみずき

瑞希はころころとよく笑い、その笑い顔には一点の曇りもなく、障害はあっても実に若さのあるいい笑顔を周りに見せていた。

実際、萌々子が太刀打ちできるところなんて何一つなかった。

『違う。』と言ってくれる人ももしかしたらいるのかもしれないが、少なくとも萌々子にはそう感じられた。

いつもなら早くその場を離れたい・・・と思うのだが、瑞希を見ていると、彼女が非常にいい子であることが伝わってきて、萌々子は瑞希としばらく話してみたい気持ちになったのだ。

『よろしくお願いします。村瀬です。』

『あ・・・よろしくお願いします。川本です。』

『川本さんは何かやってたんですか?』

施設の名前の書いてあるワンボックスの後部座席に萌々子と瑞希が乗った。

瑞希を乗せる作業はさほど苦労しなかった。

介護職が三人もいれば造作もないことである。

彼女は話し方もしっかりしており今風の語尾を伸ばすような話し方はしない。

はきはきした話し方からは、自信が伝わってきた。それは若さに伴いがちな『自信』で嫌味なものは何も感じない。萌々子にはない種類の『自信』だが、瑞希の『自信』は押し付けがましくない。

『ソフトボールをちょっとやってました。』

『え?じゃあ・・・。』

『あ・・・あまり大きな声では・・・。』

『え??どうしててですか??』

『だってそんなにうまくないから・・・。』

『そうなんですか?』

『いや・・・ほら・・・変に期待されても・・・もう現役じゃないしねえ。』

萌々子はなぜか照れながら言った。

車の運転席に座っている朋美にでも知られたら、間違いなく対戦相手にも吹聴される。

そんな風に言いふらされて対戦相手だけでなく、こちらのチームにもうまい人がいたら比較されてしまう。それが萌々子は心配で仕方ないのだ。

比較されたら嫌な自分の姿を人前にさらさなければいけないのだ。

だからこそ、今日のソフトボール大会に参加するにあたって、萌々子は自分がソフトボールをやっていたことをひた隠しに隠していたのだ。

『でも・・・ずっと隠せるものでもないんじゃないですか?』

瑞希はいたずらっぽく笑って萌々子に言った。

『いいんですよ。プレイ見られてばれる分には。期待させちゃうとなんだかプレッシャーなんで。』

『そうなんですか?あたしだけこっそり期待しちゃっていいですか?』

『いいけど・・・下手ですよ。』

『そんなの見てみないと分からないじゃないですか。』

『そう・・・ですか??』

『そうですよ。』

萌々子は話しているうちに目の前の車いすに座っているこの若い女の子が好きになってきた。

やはり最初の直感は当たっていたのである。

さっき知り合ったばかりなのに、もう何年も前から仲の良い友人のように話せる感覚は実に不思議だ。

『村瀬さんはどんなスポーツが好きなんですか?』

萌々子は何も考えずに質問した。

瑞希の足のことを考えると、スポーツの話はタブーかもしれない。

しかし、こうやってソフトボール大会を見に来ているのだ。変に気を使うこと自体、彼女に失礼ではないか・・・と萌々子は思う。

よく、障害を持つ相手に言ってはいけないタブーがあるのではないかと変に気を使う人がいるが、基本的にはそういうタブーは存在しない。もちろんそれは人にもよるので状況を見ながら空気を読んで話をしなければいけないところだが、そういうことは実に障害を持たない人と話すときも同じではないだろうか。

そう考えると、どんな相手にも普通に接するのが本当の意味での『バリアフリー』なのではないか・・・そう萌々子は思うのだ。

そういう意味で、萌々子はあまり相手の状況に合わせて話題を変えたりしない。

そうは言ってもそこに関しても相手の興味がある話題を探って、そういう話題を選んでしていくようにして、多少は相手に合わせてはいるのだが・・・。

瑞希はおそらく交通事故で途中からバスケをあきらめなければいけなかったには違いないだろうけど、それを聴いてはいけないということではないはずだ。

『そうですねえ・・・。やっぱりバスケかな?車いすでもできますしね。でも野球やサッカーも大好きです。基本的にはスポーツはなんでも好きですよ。』

『お。じゃあバスケやってるんですか?』

『やってますやってます。最初はぜんぜん勝手が違ったんですけどやり始めたら面白くて。』

瑞希は無邪気に笑いながら言った。

『すごいですねえ。』

『そんなことないですよ。ただあきらめが悪いだけで・・・。彼が薦めてくれたんですよ。』

『内海さん、優しいですからね。』

本来、いつもの萌々子なら胸がちくりと痛むところなのだが、不思議とそういう気持ちはなかった。敬のことが好きという気持ちはないわけではない。しかし短い時間ではあるものの、瑞希と話し、その人間性に触れたときに、彼女が敬の彼女で自分にとっては恋敵であることなど忘れてしまったのだ。

瑞希の笑顔は明るくて人を明るくする。

きっと交通事故にあって義足になったときはかなり落ち込んだだろう。

しかしそんなつらい思いを乗り越えて、自分の生き方をある程度定めているからこそ、こんなに明るく魅力のある笑顔が作れるのかもしれない。

そういえば萌々子もこのソフトボールに行く前日に朋美から『笑いなさい!』と言われた記憶がある。敬に恋人がいることを知らされた席だったのだが、そんな話を聞かされて笑えるわけがない。

でも良く考えてみたら、彼女が言う『笑え。』ということは瑞希のような笑顔を作るということではないだろうか。周りを明るくするようなそんな笑顔。

萌々子は『あたしにできるのかな?』と一瞬思った。

今までなら『あたしにはできない。』と思うはずなのに、瑞希の存在は萌々子にとってはとても大きな存在になりつつあった。


車で30分ほど走って、運動公園についた。

萌々子の家の近くの運動公園よりももう少し大きな運動公園で、ここの施設には野球場が2つほどある。

そしてフットサル場と、テニス場もある。

公園の外周が走ることができるようになっている点は萌々子の家の近くの運動公園と同じであるが、ここにはナイター施設はないらしい。

対戦相手は2チーム来ていた。

萌々子たちが所属しているチームは近隣のグループホームの合同チーム。

他の2チームは同じようなグループホームの合同チームが一つと、本社のチームが一つ。

会社の親睦を図るという意味では、チームの人間の顔を誰も知らないというのは正しいあり方なのかもしれないが人見知りが激しい萌々子にとってはちょっと緊張するメンバーではある。

朋美と敬が挨拶に行っている間に萌々子は野球場の外でじっと佇んでいた。

自分なんかがここにいても大丈夫なのだろうか。

普通に考えれば、ただのソフトボール大会で社内の親睦を深めるための単なるお遊びである。

にもかかわらずここまで自分を追い込んでしまうのは萌々子の悪い癖で、朋美からもよく叱られる。

『そんなんだから出会いもないのよ。』

朋美からそう言われたことがある。

彼女には悪気はまったくなく、本当に萌々子のことを心配してくれているのは肌で感じるから、朋美のことを嫌になることはないのだが、ただ朋美のその意見は正しすぎることは理解しながらも、自分を変えることができない自分に萌々子はすごく嫌になることがある。

『川本さん、大丈夫??』

萌々子が対戦相手のチームをボケーっと見ていると背後から声がかかった。

振り返ると車いすに座っている瑞希だった。

『あ・・・ああ。大丈夫・・・大丈夫です。』

『大丈夫じゃなさそうだけど??』

いぶかしげにこちらを見てくる瑞希の表情がなんとなく萌々子には面白く感じてしまった。

通常では面白いところではないのだが、どうしてか分からないけど萌々子には面白く感じてしまったのだ。

肩の力がすうっと抜けて行くのが分かる。

萌々子は思わず吹き出してしまった。

『え?どうしたの??』

『いやいや・・・ごめんね~。なんか変に緊張してた自分がバカみたいで。』

『もしかして、川本さんって人見知りします??』

『するんですよ~。なんだかね・・・。』

『じゃあ・・・あたしとの間だけ敬語を辞めてみません?あたしも川本さんのことこれから下の名前で呼びますから。』

ちょっと緊張するが、変えなければいけない自分を変えるにはいいことなのかもしれない。

それにしても瑞希はとてもいい子だ。

きっと他の人に同じことを言われても二の足を踏んでしまうだろう。

瑞希に言われるとなんだかやれそうな気がする。実に不思議な感覚ではある。

『いいわよ。じゃあ、あたしも下の名前で呼ぶね。』

萌々子は思い切って敬語を辞めて言った。

『さっそく・・・。ももちゃん。』

『はいはい。』

『はいは一回でよろしい。』

おどけながら瑞希は言った。

『はい。瑞希先生。』萌々子もおどけながら返した。

『まずはあたしと一緒にみんなにあいさつに行こう。』

『そうだね。』

なんだか・・・萌々子は瑞希のおかげで変われるような気がして、気持ちが晴れ渡っていくのを感じた。


『こんにちわ~。よろしくお願いします。』

萌々子は瑞希の乗っている車いすを押してみんながいるところに行った。

こういう場所で自然な形で人の輪の中に入れたのは初めての経験かもしれない。

『おお。よろしく。』

参加者は男女の比率が半々ぐらいだった。みんな同じ会社の社員なのだが、顔を合わせることもないので知らない顔ばかりだった。隣接のグループホームで働いている社員という同じチームの人たちも萌々子は知らない顔ばかりだった。

朋美は知っているらしいのだが、一日中、施設の中で働いている萌々子には知り合う機会はない。

だからこその親睦会ではあるのだが、それにしても全く知らないもの同士と言うのは慣れるまでに緊張するし、それによく考えてみると慣れてもその後にまたその人と会うのはいつになることか・・・。

一緒に働く可能性はゼロではないのだろうけど、それにしても次に会う頃にはお互いの名前も顔も忘れているような気がするのは萌々子だけだろうか。

『ねえ。瑞希ちゃん。』

『ん?』

瑞希は萌々子を見上げた。

車いすに座っている以上、どうしても萌々子を見上げるような形になってしまうのだが、この見上げた時の表情がウソみたいにかわいい。同性の萌々子にだってそう思うのだから、男性はこの表情にやられてしまう人が多いのではないだろうか。

『ここで知り合っても何か機会ない限り、また会うことってなさそうだよね。』

『そうだね。じゃああたしたちは携帯の番号とアドレス交換しとこうよ。』

そういう流れになるとは思わなかったが萌々子はなんか変な感じだった。

大好きな片思いの彼の携帯の番号もアドレスも知らないのに、その彼女とはいとも簡単に番号交換できてしまう。なんだか世の中不思議なものである。

ただ、嫌な気持ちはしない。

萌々子はなんだか幸せな気持ちになった。

別に自分が失恋しても、それは自分の魅力がないわけではなく、大好きな片思いの彼には自分よりお似合いな彼女がいたという事実があったというだけ。

そう思うと確かに残念な気持ちではあるものの、落ち込む気持ちはなかった。

落ち込む気持ちは瑞希のころころとよく変わる表情を見ているときれいさっぱりなくなってしまうのだ。

まあ・・・いつそういう気持ちがもたげてきてもおかしくはないのだが、それでも瑞希と一緒にいるうちは大丈夫そうだ。


試合が始まると萌々子はライトを守らされた。

といっても素人がやるソフトなんてもんは左バッターか、かなり振り遅れない限りは間違えても右方向には打球は飛ばない。とくに右方向でも外野にはボールは飛ばないのだ。

センターを守っているのもどちらかというとあまりソフトをやったことのなさそうな男性だ。

男性の場合は野球経験者であれば特に問題はないのだが・・・。

彼は確か隣接のグループホームのホーム長をやっていた男性で名前は田村と名乗っていた。

やせ形の彼は走るのは早いけど、あまり運動神経は良くないように見える。

萌々子は守備位置をセンターよりにしておいた。

外野の守備位置なんかみんなあまり見ていない。

萌々子の予想通り、打球は左方向にしか飛ばないのだが、平凡な外野フライでも外野を抜けて行ってしまうので簡単にツーベースになってしまいがちだった。

打者が4人か5人ぐらい回ったところで打球はセンターに一直線に飛んできた。

田村は前に走って行ったが、間違いなく目測を誤っている。あらかじめ随分センターよりに守備位置を変えていた萌々子は回り込みながら打球の落下地点にまっすぐ走って行った。

外野の守備など現役時代に少し練習でやっただけだが、しっかり身体は覚えていた。迷いもためらいもなく萌々子は『捕れる!』と思った。

きわどい打球ではあったが思い切ってボールの落下点にダイブしてみた。グラブの中にボールのずしりと重い感覚を感じる。久しぶりの感覚だ。忘れていたあの感覚。

やはり楽しい。白球を夢中になって追いかけるのはすごくいい。

萌々子は楽しさをかみしめながら立ち上がった。ボールは落とさずしっかりとグラブの中に収まっていた。

内野の方を見るとみんながこちらを見ている。

しっかりランナーは飛び出している。

セカンドには内野手が張り付いている。もちろんこれはカバーに入ったのではなく元から張り付いているのである。内野手も素人なのだ。

萌々子は2セカンドにボールを山なりに投げた。

ボールは内野手のグラブに収まった。見事にダブルプレーだ。


『すごいじゃん!!』

守備が終わった後、朋美に声をかけられた。

『そ・・・そうですか?』

『あんた、もしかしてソフトやってたの??』

今更なことを朋美は言う。そういや萌々子はソフトのことは一回も朋美には言っていなかった。言おうかなとも思ったのだが、あまりに期待されても困るので言わなかったのだ。

『はい。』

『そうだよねえ。動きが違うもんね。』

『ボクの代わりにセンター守ってもらいたいな~。』

センターを守っていた田村が話に入ってきた。

『いいですよ。変わりましょうか。』

『いやいや・・・それよりピッチャーやったら??』

『え??』

朋美の意見に萌々子は少し戸惑った。

というのも、この試合のメンバーを見る限り、自信がないわけではない。

ただ、萌々子は高校時代、ソフトボールで県大会の決勝まで行ったことがあるのだ。しかもポジションはピッチャーである。本気だして投げたら・・・いやかなり手を抜いて投げてもだが・・・経験者でないと手も足もでないはずだ。

『いや・・・ピッチャーは・・・。』

『え?何言ってるの?』

『いや・・・だから・・・その・・・。』

『あんた。この後に及んであたしに恥かかせるつもり?!』

朋美は萌々子をヘッドロックしながら言った。

う・・・酒臭い・・・。

ベンチの椅子にはいくつかのビールの缶が転がっていた。

てゆうか短時間でけっこう呑んでいる。もともと、酒は好きな人ではある。帰りは敬が運転する予定になっているのだろう。

『痛い・・・痛いです・・・。てゆうかホーム長・・・もう呑んでる・・・んですか・・・。く・・・るしい・・・。』

『呑んでちゃ悪いか。自分の魅力に気づかない愚かな部下を持ってるといろいろと気苦労が多くて呑まなきゃやってられねーの。やんの?やらないの??』

『いたた・・・痛い・・・痛い・・・です。やります。やります。』

『よーし。良く言った。』


結局、ソフトボール大会はちょっと大層な言い方をすれば・・・萌々子のために大会になった。

萌々子は適度に手を抜きながら、相手チームのバッターに適度に打たせながらもランナーが出た時点で少し力を入れて投げて点をやらないような投げ方をしたので、そこそこ試合そのものは常に2~3点差のしまった展開になるのでかなり盛り上がった。

試合が終わってからは冷たいビールがふるまわれた。

萌々子は試合が終わってすぐに瑞希のところに行った。朋美は向こうで田村などほかの施設のスタッフと話していたが、見つかると絶対に絡まれるのでそっちには行かないようにしたのだ。

『呑める??』萌々子はビールを手渡しながら瑞希に言った。ビールというより発泡酒なのだが、味はさほど変わらない。毎日エビスビールを呑んでいる萌々子には若干、物足りない味ではあるが、それでも身体を動かして汗をかいたあとの冷たいビールは最高に美味しい。

そういえば敬も朋美たちと一緒にいて、ポツンと瑞希だけが輪の外にいた。

彼女は萌々子と違って社交的なのだが、やはり部外者が入っていくのはしんどいものがあるのかもしれない。

『あ。ありがと~。』

瑞希は500mlのキンキンに冷えた缶ビールを受け取って言った。

今日は日差しも強く暑いから何もしていなくてもじっとりと汗をかく。

『はあああああ。美味しい~!!』

瑞希はぐびぐびと缶ビールを飲んだ。

『けっこう呑めるの?』

『うん。お酒大好きだよ。』

『お。あたしと一緒。』

『え~。じゃあ今度、呑みに行こうよ。』

『いいよいいよ。』

瑞希は笑いながら言った。ちょっと呂律が回っていないところをみるとそんなに強くないのかもしれない。

『あたし、こうやってスポーツ見てるの大好きなんだ~。』

『面白いもんね~。』

『やるのもいいんだけど見るのも面白いんだな。』

瑞希は遠くを見つめながら言った。

萌々子はあえて何も言わなかった。瑞希がなぜ車いすになったのかということは詳しくは分からない。交通事故ということだけは知っているが、いずれにしても好きなバスケを途中で辞めなければいけなかった彼女の気持ちは本当につらかっただろうと思う。

その気持ちは萌々子には完全には分からない。

先程のタブーの話だが、こういう話には気軽に踏み込んで行ってはいけないのだ。分からない話に踏み込んでいいのは、本人がそれについて触れるときだけなのである。

それにしても身体を動かすしか取り柄がない萌々子が瑞希と同じようになって、彼女のように明るく生きれるだろうか?

答えは否である。

たぶん、外には出たくなくなるはずだ。

『これ、見てくれる?』

瑞希は携帯の写真を萌々子に見せた。

そこにはバスケをやっていたときの敬の写真があった。おそらくプレイ中の写真だろう。

今より若干若い。

というか・・・十代の頃の若いと二十代の頃の若いというのは次元が違うのだ。

十代にはできたことが二十代ではできなくなることが多い。例えば身体のキレが違う。そして疲れの回復度が違う。そして、肌のつやが違う。

だから今、若い敬も十代の頃の、高校生の頃の写真を見るとやはり『若い』と感じられるのである。

それにしても瑞希が撮った写真は躍動感があっていい写真だ。

『うわ~・・・かっこいい・・・。』

萌々子は思わず本音で言ってしまった。

『でしょ~。いい写真でしょ~。』

『うんうん。』

瑞希が敬の彼女であることを一瞬忘れて、萌々子はアイドルの写真を見るかのようにうっとりしてしまった。

『でも、今日のももちゃんもかなりかっこよかったよ。』

『え??そう???そんなこと言われたことないよ。』

『いやいや・・・ホントにかっこよかったよ。どの人よりも輝いてた。』

『そんな風に言われると照れるなあ。普段褒められることなんてないから。』

そう言いながらも、もしかしたら褒められることがない、と自分で思い込んでいるだけなのかもしれないなあ・・・と萌々子は思った。瑞希の言葉は萌々子にとってはそれだけの力があるのだ。

『あたし、カメラマンになりたいんだ~。』

『へええ。』

『スポーツ選手の輝いている一瞬をとらえるの。この写真の中の敬みたいにね。』

カメラのことは萌々子にはよく分からない。

しかし携帯電話で撮った敬の写真はよく撮れていると思う。瑞希は本当にバスケが好きだったのだろう。そして敬も・・・。

『でもその前にカメラ買わないとね。』

『え??そこから???』

『けっこう高いんだよ。いいカメラは。』

『そうなの??電気屋さんとか言ったら普通に8000円ぐらいでおいてあるけどそういうんじゃないんだよね。』

『うん。たぶんももちゃんが言ってるのはこういうカメラのことだよね。』

瑞希は膝の上においてある小さくて可愛い巾着袋からコンパクトカメラをだした。最近のカメラは本当に小型化している。萌々子の頃はインスタントカメラが出て非常に話題になったが、今ではデシタルカメラは当たり前の世界である。

時代は変われば変わるもので、今は本当に便利になった。

そのデジタルカメラもすごく軽量かつ小型になり、しかも色も昔のような無機質のものではなくいろんなものがある。形もオシャレなものが多くなった。

小さな瑞希の手に収まっているカメラは小型でピンク色をしたカメラで、萌々子は瑞希にはこのカメラが一番似合っていると思った。

『実は写真撮ったんだよ。』瑞希はそう言って、カメラを起動した。

デジタルカメラの良いところは、撮った画像をすぐに見れるところだ。

『ほら。見て見て。これ。よく撮れてるでしょ。』

萌々子が覗き込むとそこにはマウンドで投球動作に入る瞬間の萌々子自身の顔が写っていた。

普段、鏡では見る萌々子の顔はそこにはなかった。

なんだか自分ではない人間がそこにいるようだった。

『すごい・・・。てゆうかあたしじゃないみたい・・・。』

萌々子は思わず言ってしまった。

『そんなことないよ。どこからどう見ても、ももちゃんだよ。』

瑞希は不思議そうに言う。

確かにそこに映って萌々子なのだが、こんなにしまった表情ができるのか自分でも思えるぐらいの顔をしている。こんな顔、高校時代の現役の時もしていなかったはずだ。

してなかった、というよりそういう表情を自分自身でしてたという自覚がないというのが本当のところなのかもしれない。

『ホントにすごいよ。なんかうまく言えないけど・・・これって才能だと思うよ。』

『そ・・・そうかなあ・・・。』

瑞希ははにかみながら言った。なんだかかわいい。こういう表情は若い子だけが似合うのだ。

若さの特権とはこういうことを言うと萌々子は思う。

『そうだよ。あきらめないで撮り続けるべきだと思う。』

瑞希はかわいいし、夢中になれるものも持っているし、かっこいい彼氏もいる。

萌々子にはないものをすべて持っている。だけど萌々子は不思議なことにいつものように自分を卑下するようなことはなかった。

こんな気持ちは初めてだ。

なんだか元気をもらったような感じがするのだ。

瑞希と自分を比べても仕方ない、萌々子はなんだかそんな気がしたのだ。

それに自分にもこんなにも良い表情ができるということに気づかされたことが大きかったのかもしれない。

萌々子はじーーっと自分の写真を見つめてから、ビールをぐいっと飲み干して言った。

『ねえ。この写真ってもらえる??』


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