違い
12、違い
1階のユニットリーダーになってからは忙しい毎日である。
シフトも組まなければいけないし、任された新人の月神雫の面倒もしっかり見なければいけない。
おとなしいように見えて、実は心に秘めた自己主張をしている雫には頭ごなしに怒っても言うことは聞かないだろうし、言うことを聞かないだけなら表面的には反抗してこない雫なら問題はないのだが、それを我慢してしまう彼女はそういうことが続くと下手をしたら辞めてしまう可能性が高い。もちろんなんでもかんでも彼女の思うとおりにはしてあげられないのだが、その中でも彼女が一番聞き入れやすいようなやり方でやってあげるのは指導者側の努力ではないか、と萌々子は思う。
それは萌々子自身も新人の頃は何もできなかったからそう思うのだ。
正直、彼女に辞められるのは施設としては困る、という朋美の意見は、萌々子にはよく分かる。
実際、月に20日近く出勤してくれている雫がやめてしまうと、その分、空いたシフトを残りの職員で埋めなければいけない。だから辞めてもらっては困るのだ。この『介護』という仕事は本当に人材が宝なのである。『変わりは誰でもいる。』という切り捨てはできないのだ。
かといって、仕事上の指示は、はっきり言わなければいけないこともある。
管理者という立場は本当に難しい。
萌々子は数日前に飲み会に誘われた。
『どう?仕事は。慣れた???』
『はい。なんとかやってます。』
来月分のシフトを渡した時に、朋美は言った。
朋美は短気ではあるが非常に面倒見がいい。そして物事を竹で割ったように決断していく彼女からは想像しがたいことなのだが、何か言いにくいことがあるときには案外、ずばっと切り込んでこれなかったりする。
面倒見が良く、自分がした人事の顛末が心配であるということと同時に、こういうことを言うときの朋美が本当は他のことを言いたい、ということはよくあることである。
それは口調や顔の表情でなんとなくわかる。
ホントになんとなくなので、どこがどうとは言えないのだが、萌々子は『どう?』と朋美から聞かれた時にそれを感じた。付き合いが長いのでそういうことが分かるのか、それとも年齢が同じだから分かるのかは萌々子自身にもよく分からないが・・・。
『そう。それは良かった。』
『はい。えーと・・・それでですね。』
萌々子はシフト表を指さして言った。
それは先に伝えておかなければいけないことがあるからだ。
来月のシフトから雫に夜勤をやらせる予定である。ただ来月は萌々子が夜勤をやっている時に一緒にやらせるつもりなので、朋美に報告しなければいけない。
『月神さんなんですけど、来月は夜勤を覚えてもらおうと思っているんですよ。』
『うん。いいじゃん。覚えてもらわなきゃね。』
『ただ、そんなにすぐには覚えられないと思うんで今月はあたしの夜勤のときに一緒にやろうと思うんです。』
『え?そんなもん一回でいいんじゃね?』
『いや・・・あの子はじっくり教えないとダメですよ。物を覚えるには個人差がありますから。』
『でもそんなんじゃ、昼間のシフトに影響がでるんじゃないの?』
『そうなんですよ。』
『そうなんですよ・・・じゃなくて・・・どうすんのよ?』
『そこでホーム長にお願いが・・・。』
萌々子は手を合わせた。
朋美はあからさまに嫌な顔をしたが、かまわず萌々子は話し出した。
『ホーム長のフリーのシフトを・・・こことここと・・・4か所ほど、1階の日勤で入っていただけると嬉しいな~。』
『え~。忙しいんだけどなあ。』
確かに朋美はいつも忙しそうだ。
管理者には管理者の仕事があり、現場職員からすればパソコンの前に座っていたり、外出したりしていつも暇そうに見えるのかもしれないが、管理者・・・とくにホーム長ともなると現場以外の仕事が山積みであることはよく分かる。
特に萌々子は自分がユニットリーダーになってからは朋美が忙しく働いていることはよく分かっているつもりだったから、やってもらって当然などとは思ってはいない。
『お願いします!!一生のお願い!!!』
『あのね・・・あんたね・・・。』
朋美は文句を言おうとしたが、何か思い出したかのようににやりと笑った。
なんか嫌な予感がする・・・萌々子は直観的にそう思ったが、実際、雫を育てるには時間がかかる。通常の職員が数日で覚えられる仕事を彼女には1か月かけて教えた方がいいのだ。
仕事を覚えるにも個人差があるのである。
そういうことは見極めないといけない・・・ということを萌々子は前の1階のリーダーだった松本弥穂から教わった。あの時は『なんであたしにそういうことを教えてくれるのかな?』とも思っていたのだが・・・。
『分かった。協力しましょう。その代りと言っちゃなんだけど・・・。』
『え?交換条件があるんですか!?』
『当たり前でしょ!あんた、まさかあたしをただで使おうと思ってたわけ?』
萌々子は思わず首を縦に振りそうになったが、朋美が機嫌悪そうな目つきでこちらを見ていたのが少し怖かったので、すんでのところで止めることができた。
ただ朋美の交換条件というのはけっこう無茶なことが多い。
本社の管理者会議につき合わされたり、営業計画の草案を代わりに作らされたり・・・。
営業計画に関しては、スリー・オン・スリーの練習の後に仕事は営業事務をしているという浜島都に頼み込んで教えてもらいながらなんとか苦労しながら作った苦い記憶がある。
『いや・・・その・・・だってホーム長の交換条件って、ちょっと無茶なことが・・・。』
『ん?何??聞こえないなぁ。』
『・・・なんでもないです。』
『今度、会社の飲み会やるんだけど、あんた強制参加ね。』
『え・・・飲み会・・・会社のって・・・。』
『何?嫌なの??』
会社の飲み会といえば、知らない人が山ほど来る。そんな知らない人と食事をする場はいつまでたっても萌々子には慣れない場所である。萌々子は今までそういう場にはなるべく行かないようにしていた。
つまりはそういう場に行かないということは『出会い』の場を遠ざけてきたということにつながるのだが・・・萌々子は高校の頃の恋愛での嫌な思い出からそういうところから逃げ続けてきた。
今となってはそういう飲み会でもはっきりとした合コンでも、慣れることはないにしてもそこまで嫌ではない。別にそこで誰かと付き合おうというわけではない。それなりに知り合いを増やそうと思いながら気軽に参加すればいい。
萌々子が『え・・・。』と言ったのはそういう理由ではなかった。
『嫌じゃないですけど・・・。そのぉ・・・。』
『何よ。』
『う~ん。』
やはり嫌ではなくても二の足は踏んでしまう。
基本的に萌々子は萌々子のまま。そういうところはやはり少し苦手だったりすることは否めないのだ。
『何よ。はっきり言いなさい。』
『いや・・・そのぉ・・・。』
『出るの?出ないの?出ないならこの話はなしよ。』
朋美はえげつないことを笑顔で言う。公私混同も甚だしいのではないか・・・と萌々子は少し思った。
『それは公私混同というものでは・・・。』
『何?!』
『・・・いや・・・なんでもないです。』
『じゃあ、何の問題もなし!出席ね。』
『はい・・・えーと。じゃあシフトの方はお願いしますね。』
『はいよ。』
朋美が軽く返事をしているときほどあてにならないものはない。
これはもう一度念を押しておくか・・・松本さんあたりに言ってもらうかしておこう・・・そう心に決めて萌々子は仕事に戻った。
それにしても会社の飲み会なんてものは、参加するのはいいが何をどうしていいか分からない。施設内だけの飲み会はみんな知っている顔だし、楽しみにもできるのだが・・・。
基本的には萌々子は人と話すのがあまり得意ではない。話題もそんなに多い方ではない。
話せる内容と言えば、スポーツのことぐらいだ。
本を読めばいいのだが、活字を見ると眠くなるので読まないし、そんなことしている暇があるなら走りにいくなり、スリー・オン・スリーの練習をしに行った方が楽しい。
仕事に集中しているときはいいが、少し時間があくとそんなことをいろいろ考えてしまい、なんだか変な気持ちでいたらあっという間に時間がすぎて、退社時間になってしまった。
日勤の退社時間は夕方の18時なのだが、冬将軍がやってきそうな11月の末も近くなると、完全に真っ暗になる。
夜の冷たい空気が萌々子を取り囲むように通り抜けていく。
飲み会のことは考えても仕方ないので考えないことにした。
通勤の帰り道をいつもはとぼとぼと歩いて萌々子は帰っていくわけだが、今日は瑞希と会う約束をしているので早く帰らなければいけない。そんな理由でいちいち考えても結論の出ないことを考え続けている暇は萌々子にはないのである。
施設の前に止めておいた自転車にまたがって萌々子は帰途に就いた。急ぎなので今日は自転車にしたのだ。家までの道はまったくもって平坦な道なので自転車だとぐんぐん進んでいく。
いちごの大きなバッグは自転車のカゴには入らないので、肩から斜め掛けにしている。
髪型を初めとして、持っているものをいろいろ変えた萌々子だが、このいちごのバッグだけは変えなかった。出勤するときにエプロンや着替えなどをすべて入れておくのに都合のいいバッグはなかなか売っていないのである。
ただし、このバッグは身体を動かしに行く時と、出勤の時にしか使わず、どこかに出かけるときは少しすっきりしたバッグを持ち歩くことにしている。
自分にはビジネススタイルは似合わない・・・と萌々子は思っている。
どう鏡を見てもビジネススタイルの格好は似合わないのだ。別に悲観して言っているのではなく、現実を見ているだけであり、自分に似合う格好をしたいと思っているところが、『こんな自分に似合うものなどない』と思っていた以前の自分とは変わったところではないか、と思っている。
最近の萌々子はズボンを履くことが多くなったが、今日はふんわりしたスカートにしてみた。
オレンジや茶色の柄ものをうまく合わせて、初冬のイメージの格好をして出かけるつもりだ。
自転車はぐんぐん進んでいく。
自宅まではあっという間だ。
少し洒落たレストランに萌々子は一人入っていった。
気持ちが高揚しているのが分かる。
顔は知らないうちに笑顔になっているのがわかる。紅葉と初冬をイメージした萌々子のファッションはそのレストランの雰囲気に合っているものだった。
わくわくしながら萌々子は入口のドアを開き、階段を下りて行った。お店は地下にある。
足の不自由な瑞希にこの階段は大丈夫なのだろうか?
萌々子は彼女と会うときは必ず『迎えに行こうか?』と声をかけるのだが、彼女はその萌々子の申し出を断ってくる。
『人に頼っていたらいけないから。』
というのが彼女の口癖である。
なにか・・・。
瑞希は虚勢を張っているように萌々子は感じるのだが、それは言わないことにしている。
実にそういったことは人から言われて気づくことではないからだ。
自分でなんらかの経験をして自分の間違いに気づく・・・遠回りのようだが、そうでないと本当の意味で学ばないのは人間の愚かしさかもしれない。
萌々子自身、自分の姿を直視することを、自らの経験を通して学んだ。
『もっと自分に自信をもちなさい!』と何度も朋美に言われたが萌々子は言われていることの重要性にまったく気づかなかった。あの頃の萌々子は何を言われても自分にまったく自信が持てなかった。
瑞希のこともそれと同じである。
まあ・・・もし助けが必要なら自分でなんとかするだろう。
萌々子はそう思いながら階段を降りて行った。
『こっちこっち!』
声がしたのでそちらを見ると4人掛けのシートに一人、座っている瑞希がこっちを向いて手を振っている。萌々子は思わず手を振りながらそちらに向かった。
『久しぶり~。』
ソフトボール大会で初めて会って以来、瑞希とは何度かメールのやり取りはあったものの、お互い忙しくて日程が合わずなかなか会えなかった。
柔らかな化粧をしており、やはり萌々子と同じようなファッションに身を包んでいる彼女は森の妖精のようにかわいかった。
『何食べようか?』
『何が美味しいの??』
萌々子は人とレストランに行くと相手がメニューを選ぶまで選べない。
簡単な話、優柔不断なのである。
これだけは全く変わらない。まあ・・・人間そうそう大きく変われるものではないのである。
瑞希とは、メニューを開いてあれが美味しそう、これはないよね、でも頼んでみようか?などと話が盛り上がった。間違いなく、朋美と食事に行った時にはあり得ない。
浜島都と行く時もそういうことはない。
そもそも性格的に決断力の早い二人なのかもしれないが・・・。
二人とも、すぐさまメニューを選んでしまう。せかされるように萌々子もメニューの中から食べるものを選ぶ。だからこういう会話はほとんどない。
実は彼女らは女子力は低いのかもしれない。
そう思ったら少し笑えてきた。
『どうしたの??』
不思議そうにこちらを見て瑞希は聞いた。一人でほくそえんでいるのを不思議に思ったのだろう。
思ったことを正直に言うわけにもいかないから萌々子は『ちょっと、思い出し笑い。』とだけ言った。
瑞希とは写真の話で盛り上がる。
最近、萌々子も写真を撮ることが好きになってきている。今はスマートフォンで写真を撮ってそれをお店でプリントアウトしているのだが、貯金はまったくないわけでもなかったから、思い切って一眼レフのカメラを購入しようかとも思っているぐらいだ。
『ももちゃんの写真って生き物の写真が多いね。』
『うん。あたし、ネコが好きなんだ。』
『へえ。かわいいねえ。でも子猫ならもっと可愛いのに・・・。』
『あたしはちょっとふてぶてしくて太り気味のオスネコが好みなの。』
萌々子の好みに、瑞希は声を上げて笑った。別に受け狙いで言ったわけではないのだがそれでも笑ってくれるのは嬉しい。
萌々子は昔からネコが好きである。
子猫のようにかわいさを周りにふりまいて生きているネコよりも、一人で冷たい世の中をふてぶてしく強く生きている図体のでかいネコの方が好きなのである。
彼らの自由気ままな姿にうらやましく感じるときが多い。生まれ変わりというものが本当にあるのなら萌々子はネコに生まれ変わりたい。
『あたしはこの間、見に行った試合の写真。』
瑞希が出してきた写真は、どこかのチームのバスケットの試合の様子だった。
どの写真も選手たちの息づかいが聞こえてきそうなリアルないい写真ばかりだった。プロの目から見たらどうなのかは萌々子には分からないが、それでも少なくとも萌々子の感性はその写真からにじみ出る撮影者の気持ちが伝わるようで『いい写真』だと思えるものばかりだった。
『すごい・・・。』
『そうかな??』
『すごいと思うよ。普通のカメラで撮ったんでしょ。』
萌々子が言うと瑞希は首を縦に振った。
瑞希とは基本的に写真の話が多い。
実は萌々子がスマートフォンに変えたのも、瑞希にいい写真をメールできると思って、買い替えたのだ。
瑞希と出会ってから、萌々子は写真を撮るという新しい趣味ができた。
それは今まで身体を動かすことしか楽しみがなかった萌々子にとって、かなり衝撃的な出来事でもある。
良く考えてみれば、片思いの大好きだった彼の彼女と仲よくなって、しかも趣味まで共有できている。
失恋が自分を良くすると言う言葉は聞いたことはないが、萌々子の場合はまさにそれだった。
『変わった。』というのは最近ではよく言われることでもあるが、萌々子自身何も感じていないわけではなく、鏡を直視できるようになったり、自分がキライでなくなったり、趣味が増えたり友人が増えたり・・・実にけっこう変わった自分を楽しんでいるのである。
変わった・・・と言えば、合コンのような恋愛に直結するような集まりにも都合がつけば出るようになった。実は朋美に誘われる前にもスリー・オン・スリーの友人と一緒に呑みに行ったことがある。
『飲み会』と知らされて行ったから、まさか自分の知らない男が3人も来ているとは思わなかった。
この時の記憶が、朋美から『飲み会』を誘われたときに二の足を踏んだ大きな理由だったりする。もちろん朋美にはそんなことは言えないから煮え切らないような態度になってしまったのだが・・・。
メンバーの男性が来るのかと思っていたら、待ち合わせ場所に現れたのは浜島都だけだった。
『え・・・合コンなんですか?』
『え?言わなかったっけ??』
当然のように浜島都が言った。
都は本当に言ったつもりだったのだろう。しかし萌々子は聞いていなかったりする。
おそらくニュアンスの違いなのかもしれない。
『飲み会やるけど来る?男連中も来るよ。』
確か、都はそう言った。萌々子が勝手に男連中という言葉をスリー・オン・スリーの仲間だと思い込んでいただけなのだ。とくにいらだちもしない。それどころか都らしいな、と思うとなんだか気持ちが柔らかくなる。
都がこういう発言をするときに萌々子は『都さんは安埜さんとかぶるんだよなあ・・・。』と思い、機会があれば彼女を朋美に引き合わせたいと考えると自然に顔がにやけてしまうのだ。
『てゆうか・・・けっこう嬉しそうじゃない!』
都は萌々子の肩をバシバシたたきながら言った。
嬉しくないことはないのだが、心から楽しいかと言われるとそれはそれで緊張する。というのもまったく面識のない男性と食事をするなんてことは萌々子の人生にはほとんどないからだ。
『川本さんは休みの日なんか、何しているんですか??』
『たいしたことは・・・してないです・・・。そのぉ・・・。』
『?』
『走ってます・・・。』
『ジョギングですか?』
『ま・・・まあ・・・そんなもんです。』
『どおりでスタイルがいいわけだ。』
『そ・・・そうですか?』
その時、その場に来ていた男性は萌々子が想像する『合コンに参加するような軽い男性』ではなく、非常に紳士的な人たちだった。都の職場の同僚たちらしいのだが、会話も上品だし、話も合わせてくれる。思っていたより楽しい時間が過ごせたのは事実なのだが・・・でもなにかが違うような気がした。
『どうだった?この間の合コンは?』
スリー・オン・スリーの練習が終わった後に、いつものように喫茶店で夕食を食べている時、浜島都は言った。ここのところ、萌々子も都もかなり上達した感じがする。
やはり基礎の反復練習が苦にならないと上達も早いのである。
スリー・オン・スリーの仲間で萌々子が一番会っているのは都かもしれない。いや・・・考えてみると、ここのところ萌々子はスリー・オン・スリーの仲間以外との人付き合いも多くなったのだが、その中でも一番会うことが多いのが都であるような気がする。なんといっても練習をしてうまくなりたいという気持ちが強いという意味では萌々子は都と合うので、彼女と一緒にいるととても楽しく感じるのである。
まあ・・・都には多少強引なところがあるのだが・・・。
もしかしたら萌々子のような引っ込み思案な人間には、多少、我の強い人間の方が付き合いやすいのかもしれない。ソフトボール部の後輩にしても、村瀬瑞希にしても、一見やんわりしているように見えて、芯は強く、自分を持っているし、安埜朋美に至っては都と同じタイプの人間で、彼女は結婚していなかったら都のようになっていたのではないかと、萌々子は思うのだ。
まあ・・・朋美は結婚できて、都は一人でいるわけだから、そこの間には萌々子が気付かない何らかの違いはあるのだろうけど・・・。
目の前で萌々子の返事を待っている都の顔をぼーっと見ながら萌々子はどう答えようか迷っていた。
どうにも言葉が見つからないのだ。
『う~ん・・・。』
『今一つだった??』
なんかうれしそうに聞く都がなぜだか不思議に感じられた。
ああいう場を心の底から楽しめるのは都のような女性なのかもしれない。
『そういうわけじゃないんだけど・・・。』
『何か違うって思った?』
『そう。なんでわかったの??』
『だって顔に書いてあるもん。』
都は笑いながら言った。
何か違う・・・と思ってはいたが何が違うか・・・と問われれば答えることはできない。曖昧な返事はしたくないと思いながら、しっかりした答えを探していると曖昧な態度になってしまう。実に皮肉なものである。
『そ・・・そう??』
不意に萌々子は自分が嫌味なことを言っているんじゃないかと心配になってきた。
というのも・・・あの合コンはそんなに嫌なものではなかったのだ。何かが違っても『楽しかった』と言えばよかった・・・こんな曖昧な態度は都に失礼ではないか・・・と思えてきたのだ。
『あの・・・あたし・・・もしかしてすごく嫌味なこと言ってる??』
萌々子は自分の気持ちに正直に言葉を発した。もし都が『そうだ。』と言ったら心から謝るつもりだった。そう・・・。何か悪いことをしたら謝ればいいのだ。そんな簡単なことも大人になると分からなくなる時がある。
『へ??何言ってるの??ももちゃん。』
『いや・・・だって、せっかくこの間誘ってくれたのになんかそのぉ・・・。』
『てゆうか楽しんでたじゃん。』
『う・・・うん。』
『楽しかったけど何か違ったんでしょ?』
萌々子は都の言葉に黙って首を縦に振った。
『そういうことってあるじゃん。あたしもあるよ。』
『え・・・。』
『うん。だからそんなこと気にしなくてもいいよ。』
都は大きなハンバーグを切り分けながら言った。
この喫茶店に来たら必ずこのハンバーグを都は食べている。こんなに食べているのにまったくもって太らない都がうらやましい。
『でも面白いでしょ。なんか違ってもその違うことが面白くない??』
都は少し身を乗り出して言った。
萌々子は都が言っていることはなんか少しだけ分かるような気がした。




