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埼玉の【魔】、上京す

〈老ひらくが語る初夏とは秘境なり 涙次〉



【ⅰ】


 永田です。今回「神の聲」ではなく、一人稱小説で行きます。

 私が私の「カンテラ物語」を書くのを、カンテラは黙認してゐる。近松門左衛門ではないが、私の「カンテラ」は、「虛實皮膜論(きよじつひにくろん)」を援用してゐて、限りなく眞實に近いが、その實フィクションであると云ふ、建前を持つてゐる。私がラノベでYM賞を盗つたのは、世間であれこれ取り沙汰されたけれども、實際それで大賣れすると云ふ事もなく、私の作家としての命脈は、細々と入つてくる原稿料、印税で、何とか賄はれてゐる、と云つた現狀。テオ=谷澤景六ほどの才能を持たない、私は「シュー・シャイン」ではないが、一匹の蟲として文壇に生きてゐる。


 私は新しく買つた(相變はらず埼玉の襤褸アパ住まひ、銭湯通ひなのだが、バイクは買ふのである)GPX・popz110(オレンヂ色)をぽこぽこ慣らし運轉してゐた。すると、遊歩道(昔川だつたところを、化学工場の汚染が酷いので、蓋してしまつたのである)のベンチに、何やらスコープ狀の物を装着し、ぶつぶつ呟いてゐる男がゐて、私の作家的興味は痛く刺激された。



【ⅱ】


 黙つてをればいゝものを、私は何か他人に興味を持つと、ずけずけ(見知らぬ人であつても)語り掛ける(へき)がある。「それ、何かのゲーム?」すると、男は


「俺は【魔】だあよ。これで、新たな獲物が、見えるんだあよ」どことなく「ドカベン」の殿馬を思はせる妙なイントネーション。それより、自ら、【魔】であると云ふ事を吐露するとは... 私は呆れるやら、感心するやら、であつた。カンテラはこのやうに、カンテラサイドと【魔】サイドとの中立者である私をも、許してゐる。要は、【魔】がゐて、彼の商賣は成り立つ、その機微は、私は弁へてゐた。


 男が云ふに、その「スコープ」では、鴨が葱脊負つてゐる様がありありと見える、のださうだ。上得意の鴨は「赤」く映り、その一つ下のランクは「黃」、全然関係ない者は「靑」で表示される。

「あんた、『黃』だあな? 何か【魔】関連の事、知つてるとか?」と男は云ふ。私は「私が作家の端くれで、『カンテラ物語』を書いてゐる事」を打ち明けた。


「さうか、だが『黃』ぢや人畜無害(?)で、詰まらんのだあよ」-(詰まらなくて、惡かつたな!)と私は思つたけれども、「あんた中野に行つてみた?」と彼に訊いた。【魔】は、「これから上京だあよ。さぞ『赤』のもんがわんさとゐるだらうーて」-私はそれとなくこの【魔】の事を、テオに密告()シて置いた。



【ⅲ】


 と云ふ譯で、我が埼玉の産んだ【魔】の、おのぼりさん的魔業が、こゝに開始されたのである。中野まで彼は電車で行つたのだ。如何にも埼玉出身者らしく、氣取りなく、人の波に紛れて。


 で、中野でだうやら、『赤』の者を見付けた、らしい。私は連絡先を彼に教えて置いたから、逐次、彼の動きが分かるのである。彼は、その『赤』の女(女だつたのだ)に、レイ・ガンを突き付け、(さら)つたゞあよ、と云つてきた。ハイテク【魔】スコープに、レイ・ガン。埼玉の【魔】は、「アーマー【魔】」と云へた。


 女、一名を「尊子」だと云ふ。これつて、牧野のガアルぢやないか! 私は、彼の【魔】スコープが、決してブラフではない事を思ひ知つた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈良心の呵責ありあり作家業生まれてだうも濟みませんねえ 平手みき〉



【ⅳ】


「牧野くんに傳言」と私はテオに話し掛ける。「尊子ちやんが、【魔】に拐帯されたよ。しかもその【魔】は、未來的ハイテク武器で、武装してゐる」‐哀れ【魔】は、たかゞ「黃」色の私に関はりを持つたせゐで、その一挙手一投足は、テオに筒拔けとなつてしまつた。



【ⅴ】


「尊子」と聞けば、牧野が黙つてゐる筈がない。「龍」の出番か? だが、彼、實はこんな時の為に、拳銃(チャカ)一丁、隠し持つてゐたのである。例へ體内の「龍」であつても、自分の情婦(をんな)を誘拐されて他人に任せて置けるものか!! 牧野、男氣を見せたいところ。「尊子、待つてゝくれよ!!」


 牧野、カンテラには相談せず、肩を怒らせて、出て行つた。私のナヴィに従ひ... じろさんは、知つてゐた、「男」見せる彼の心、じろさんには「讀めて」ゐたのである。流石、武道家。テオに「テオどん、情報(インフォ)何か、得てる?」と訊き、ハイテク【魔】に、一人立ち向かはうとしてゐる、牧野の事を知つた譯。じろさん、牧野の跡を着けた。



【ⅵ】


 牧野、いくら拳銃、構へても、当の【魔】は慌てもしない。「尊子を返せ!!」怒りが沸騰してゐるが、「アーマー【魔】」は、實は鋼鉄のボディを持つてゐて、アナクロなチャカ一丁、怖くは、ない。と、


「フルどの、助太刀仕る」-じろさん、「アーマー【魔】」を、空気投げ(山嵐)で投げ飛ばした。その結果...「アーマー【魔】」、首が捥げてしまひ、The end。「ピーピーガーガー、東京、怖シ」...



 で、私は『さいたま新聞』に、「埼玉出身の【魔】のこと」と云ふコラムを書き、その原稿料は、金尾に送つた。私が、あぶくのやうな文業を續けてゐられるのも、皆カンテラ一味のお蔭。日頃の事を感謝して、また、男を見せた牧野の行ひを稱へて、カネ(ほんの少額だが)を出したのである。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈山嵐海嵐とて夏來たる 涙次〉



 お仕舞ひ。



 オマケ。


 〈魔境〉谷澤景六


 魔境

 僕らの棲んでゐる

 さゝめき

 みどりと混じる

 僕らは 鴨 かも

 大自然と云ふ程 の事は知らず

 ネイチュアを語る

 登山

 安全な冒険

 空氣が旨いのは

 ほんの氣のせい

 魔境

 都會、都市、みやこ

 東京へいらつしやい

 明日 髙尾山に行くよ

 ゴールデンウィークでさぞかし

 ごみの山化してるだらう

 魔都の外れ(的外れ)

 手癖の惡さ

 ひとの心

 魔境。



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