第四話
神崎は驚いていた。
いつも通り一人で下校しようと下駄箱に来たところ、士郎に話しかけられたからだ。彼とは喧嘩別れのような解散をしてしまって以来、まったく話せていなかった。
士郎はいつも二条ゆあのことばかりで、それ以外のことなどまったくどうでもいいように振舞っていたので、神崎は本当に士郎の行動に対して驚いたし、違和感を持った。
「どうしたんです?そんなに慌てて?」
神崎は少し怒っていた。確かに士郎の思いの大きさも考慮せず、彼のことを説得しようとした私はおろかだったのかもしれない。しかしあの時冷たく振り払われた手の感触は今でもはっきりと残っているのだ。唯一の友達に対して、あの態度はあんまりではないか。
だから神崎は士郎と再び会話できている喜びを押し殺して、あえて冷たい口調でそう言った。
「いや、あの時は本当にごめん。俺が悪かった。調子に乗ってた。冷たすぎる態度だった。本当に後悔しているし、反省もしている」
「………わお」
なにも直接的に表現しなかったものの、神崎の思いは士郎に伝わっていたようだ。さすがに二人でいる時間が長すぎたのだろうか。これではまるで心を見透かされているようだ。
神崎は少し恥ずかしかった。頬が熱を帯びてきている。
「分かってるじゃないですか。どうせなら恥ずかしがらずに一言目にそれを言ってほしかったですけどね」
「本当に申し訳ございません」
士郎は深々と頭を下げた。
「よろしい」
その頭を神崎は両手を使ってわしゃわしゃと撫でまわした。神崎は私たちの関係は一体何なんだと疑問に思いながらも、胸の奥から流れ出てくる暖かい感覚につられて、自然と口角が上がってしまっていた。
「それで何の話でしたっけ?」
「とりあえず、歩きながら話そう」
士郎は迷いなく歩き出すので、神崎も後ろからついていく。廊下の窓越しに見る空は青く、日もまだまだ落ちそうにない。
「オカルト研究会ってのがこの学校にあるらしい。俺もさっきポスター見たばかりだから詳しくは知らないけど、たぶん俺たちなら楽しめそうかと思って」
「オカルト研究会………私たちと同じ趣味の人たちってことですか」
神崎のテンションはさほど上がらなかった。
「なんだ?反応悪いな?神崎の大好きなオカルトだぞ」
神崎は士郎の的外れな発言にため息をつき、両手を腰の後ろで組んだ。
「まーオカルトは好きですけどね。だけど私たちのコミュニケーション能力って終わってるじゃないですか。オカルトがいくら好きでもオカルトが好きな人と会話できるかは怪しいってことですよね」
「………たしかに…」
「そもそも今回の行動、士郎らしくないですよね。自ら人と関わりあおうだなんて、二条ゆあさんのことはいいんですかー?」
「そりゃ、ゆあのことは大事だけど………」
士郎は神崎との会話のきかっけにオカルト研究会を使っただけである。別にオカルト研究会なんぞに興味はない。そもそも士郎は本当はオカルト文化にまったく関心がないのだ。今は発言と行動の整合性を取っているに過ぎない。そもそもこんな事をしていては、往復二時間もかかる墓参りの時間が遅れてしまう。あまりに遅れてしまえば、墓地にすら入れなくなってしまう。
「………」
自分はいったい何をしているのだろうと思いながらも、士郎はポスターに記されていたオカルト研究会の教室の場所へ黙々と歩き続けた。