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第一話

 士郎には幼馴染がいた。とくに運命的な出会い方をしたわけではない。単純にご近所さんだったので、自然と二人で遊ぶようになっていた。彼女は明るく、室内にいるよりも外で遊ぶことを好んだ。対して士郎は無気力で家の中にいることを好んだので、よく彼女に腕を引っ張られて外に連れ出されていた。士郎は外に出ることに対して最初はあまり積極的ではなかったが、次第に彼女に影響され、いつの間にか外でよく遊ぶ子供になっていた。

 二条ゆあ。

 それが彼女の名前だ。士郎の唯一の幼馴染の名前だ。

 彼女と遊べばそれだけ士郎の世界は広がり、彼女と笑えば士郎の気持ちは満たされた。小さい頃の士郎の世界は彼女がすべてだった。よく手入れされた長い黒髪に、真っ黒な瞳はパールのように輝いていた。彼女とずっと一緒にいたい。それだけが士郎の夢だった。

 しかし幸せな時間が続くことはなかった。

 彼女は突然病に倒れ、遠くの大学病院へと入院することになったのだ。まだ幼い士郎は二条ゆあと面会する機会もなく、そのまま彼女は数か月後に病院で息を引き取った。

 士郎は彼女に何の思いも告げられぬまま、彼女との永遠の別れを告げられた。

 幼い士郎は彼女が苦しい時に傍にいてあげることさえ出来なかった。

 こんな理不尽があってたまるかと幼い士郎は周囲の人間を憎み、世界を憎み、自分自身を憎んだ。二条ゆあに対しての凄まじい質量の感情だけが宙に浮いていた。どうしようもなかった。彼女に会うために自殺まで考えた。そうして首をハサミで切ったこともあった。親は泣き叫び、救急車のサイレンの音が鳴り響く中で、士郎はただ虚しさだけを感じていたことを覚えている。

 しかし、人とは不思議なもので、時間がたてばあらゆる感情も薄れていく。あれだけの悲しみも後悔も怒りも虚しさも、懸命に日々を過ごしていく中で何とか受け止めつつあった。

 いつの間にか、士郎は高校生になっていた。現在、高校一年生の春である。今は入学式が終わり、下校するため土間で靴を履いているところだ。

「これはこれは、士郎。高校も一緒じゃないすか」

後ろから士郎に誰か話しかけてきた。声には聞き覚えがあった。

「久しぶりだな、神崎」

 中学の卒業式以来だろうか。

 神崎薬と士郎は中学校の図書室で出会った。士郎が死体やオカルト関連の本ばかりを借りていたところ、図書委員だった神崎は士郎のことをオカルト仲間だと思い込んで、自らのオカルト本コレクションを貸してくれるようになったのだ。

 オカルト好きのわりにさわやかな雰囲気の女子で、男子からの評判は上々だった(中学では)。ただ本人が男子を不得手としているためか彼氏はできたためしがない。神崎にとってはオカルト文化こそが恋愛よりも情熱をささげられる対象なのである。UFOだのネッシーだの、彼女は自分の狭い世界に埋没するのが大好きなのである。

 中学生の頃の士郎はまだ、二条ゆあともう一度会うことを諦めきれずにいた。だからこそ士郎がオカルト本を読み漁っていたのだとは神崎は知らない。士郎は藁にも縋る思いで、オカルトの力を借りてでも二条ゆあにもう一度会おうとしていた。死者蘇生なんて何回入力したか覚えていないくらい何回も検索して調べつくした。

「高校でも一緒にオカルト極めます?」

「俺はいいよ。やることあるし」

「やることってお墓参りくらいなもんでしょう?青春しましょうよ」

神崎はグイっと顔を士郎に近づけてくる。妙に白くてきめ細かい肌と薄緑の髪が士郎の気に障る。

「大事なことなの!」

 士郎は地面を足の裏で軽くたたく。

「ひい。すいません。士郎の永遠の淑女に対する思いを軽んじてしまいました」

「わかったのならよろしい」

 さわやかな雰囲気のくせにオタク的な話し方なので、どう対応していいのか士郎もいまいちわかっていない。ただ毎回誘いを断っても話しかけてくるので、士郎は神崎も俺みたいな奴に関わらざるをえないくらい友達が少ないのだなと同情していた。

「し、士郎!」

 神崎が急に大きな声を出した。

「一緒に帰りませんか。お墓参りに向かう道まででいいので」

「おう。さっさといこうぜ」

「はい!」

 士郎は毎日欠かさず二条ゆあの墓に出向いていた。それでどうにかなるとも思っていないが、どうしても足先が勝手にそちらのほうに向いてしまうのだ。

 士郎には怖いことが一つだけあった。それは時間が流れていく中で、二条ゆあに対する思いを忘れてしまうことである。もしそうなってしまえば、自分がひどく浅く空っぽな人間に思えて仕方がなくなる。士郎は自分のアイデンティティを守るためにも二条ゆあの墓に通い続けなければならないと思い込んでいた。

「士郎はさ、何か好きなものとかないんですか?」

 隣に歩く神崎は下を向いている。しかし声量はあるので、士郎の耳にも言葉がはっきりと届く。

「ないな」

 士郎は迷いなく答えた。大好きなものは既に失ってしまったのだ。

「そのいつも士郎のお話に登場する二条ゆあさんは亡くなってしまわれたんですよね」

「ああ。そうだ。だから毎日墓参りに行く」

「そうですか………」

 神崎は長い沈黙の後に、少し小走りをして、士郎の前に立ちはだかった。

「士郎、出過ぎた真似かもしれないし、そんなことわかってるって言いたくなるかもしれないけど、聞いてください。私は死者を想い続けることだけが弔う方法ではないと思います。今の士郎の二条ゆあさんに対する弔い方は正しくないと思います。ちゃんと過去を乗り越えて前に進んであげないと、きっと二条ゆあさんだって悲しむと思います」

 士郎は神崎が、二人が高校生になったのを機に一区切りつけさせようとしてくれていることを感じ取った。直接言葉にしていなくても、彼女の考えていることは伝わってきた。

 神崎のひどく優しい言葉のせいで、士郎の視界はぼやけ始めてしまった。

「分かってる。分かってる。分かってる。ほんとにな。いつまでもこのままじゃ駄目だよな。でもごめん」

 士郎は神崎の目をじっと見る。神崎も目を合わせてくる。神崎の目元からクリスタルのように透明な雫が一粒流れる。少し鼻もかんだほうがよさげである。

 ここまで他人との距離をぶち壊してくるのはこいつだけだろうと思いながら、士郎にはそれがありがたかった。自分だっていつかは変わらなければいけないと思っていた。

 だけれども、長年の習慣と積み重なった思いが士郎の身体を掴んで離さない。士郎が自由になることなど決して許しはしない。

「俺、行くわ」

 士郎に向かって伸ばされた神崎の手を払いのけ、士郎は二条ゆあの墓へと向かった。


 三扇墓地。ここに二条ゆあの墓がある。

 士郎はいつも通り、墓の掃除から始める。周囲のごみを拾い、水をかけ、たわしで汚れを落とし、雑巾で水気をふき取る。そして二条ゆあが好きだった板チョコレートをお供えする。

 墓に手を合わせて、二条ゆあに思いを馳せる。士郎は変わらぬ想いを持ち続けることが、彼女の傍にいられなかった贖罪になると信じている。


 

 

 

 

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