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デビュタント

七日後。

天気は晴れ、足場は良好、来客は大勢。

ハミット家邸宅で執り行われるハミット家長女にしてハミット家後継者候補一位のイリエナ・ハミットのデビュタント。

名だたる貴族を招き入れ、ホームパーティーと呼ぶにはあまりにも豪華絢爛すぎる邸宅のメインホールで、ハミット家の料理人が腕を奮った料理や輸入品のワインが並べられていた。雇われの音楽家たちが優雅な演奏を奏で、ドレスやタキシードを纏った来客は会食を楽しみつつ広い会場を練り歩きながら交流を深めていた。

そのパーティー会場の隅、柱に寄りかかり周囲を観察する少女が一人。

「ワインを持ったウェイターの近くにいるのは、侯爵家のベールン閣下よ。お父様と何回か仕事で会ってたのを見たわ」

ルビーの髪に会う深紅のドレスを纏うのは、イオナ・ハミットことレイである。そしてその手には、小さなメイクミラーことイオナがいた。

イオナは鏡の中から会場を見回し、重要そうな人物をレイに教え伝えていた。

「禿げてるあのおじさんのことかい?」

「そうだけど本人の前で言わないでよね、それ。滅茶苦茶怒るわ」

「まるで経験したような口ぶりだね」

「…………」

押し黙るイオナにレイは嘆息をつく。

「にしても、すごい数の来客だね」

「当然よっ! お父様はすごい貴族なのだからこれぐらい余裕で集められるわっ!」

得意気に胸を張るイオナ。

実際これだけの貴族を動かせるのは、公爵ほどの地位がないとできないことだ。

「すごい人数がいる割には、君に話しかけようとしてくれる人は誰もいないようだね。主役の妹なのに」

「うぐっ……!」

ハミット家次女のイオナ・ハミットは出来損ないの出涸らし娘。その認識はハミット家だけでなく、世間や社交の場でも周知されている事実だ。大人たちからは取り入る価値のない子供として、同世代の子からは自分より劣る人間として、下に見られているのだ。

故に話しかけられることはない。そう思っていたレイだが……。

「……おっと、誰か近づいてきたみたいだ」

少し離れた所から同い年ほどの令嬢たちと目が合う。彼女たちはクスクスと笑いながらこちらへ歩みを向けている。

「雰囲気からして友達って感じではなさそうだけど……誰かわかるかい? イオナ」

「あぁ、確かどっかの子爵家の娘たちだったと思うわ。公爵の娘である私とは釣り合わない人間よ」

「名前は?」

「忘れたわ」

「だから君は友達がいないんだよ」

「か、関係ないでしょ! それとこれとは!」

「十分に関係あると思うけど……っと少し話してくるから静かにね」

パタンとメイクミラーを閉じてドレスのポケットにしまう。

「ご機嫌よう。パーティーは楽しんでいらっしゃいますか?」

レイは貼り付けた笑顔で、名もわからぬ令嬢たちに挨拶を交わす。しかしながら、返ってきた言葉はあまり穏やかなものではなかった。

「ええ、流石は優秀なイリエナ嬢のデビュタントですわ。これが妹の方でしたらこうはならなかったでしょうねぇ?」

先頭に立つ令嬢は、開口一番とんだ悪口を放つ。周囲の令嬢はその言葉を聞き、さぞ愉快そうに笑っていた。

正真正銘、嫌がらせの類であった。

「そうですわね。私も妹ながら誇らしいです」

意に返さない様子で、レイは平然と言葉を返す。

「……ッ!? そ、そうですか」

「ね、ねぇ、おかしくなくて?」「ええいつもなら狂犬のように怒り狂うのに……」「頭でも打ったのかしら?」

ヒソヒソと想定外の事態に令嬢たちは困惑する。

彼女らにとってイオナを挑発するのは、子供が悪戯半分に蜂の巣をつつくような遊びなのだろう。つついても蜂が出ないから困っているのだ。

「ところで皆さんは、何処のお家の方ですの?」

「ッ! な、なんでそのようなことをお尋ねに……?」

突如顔を青ざめながら恐る恐る尋ねる令嬢たちに、レイは少し不思議に思いつつも続ける。

「……? いえ、ただ少々気になりまして」

「そ、そんな、私たちは、その……話せる程の家柄では……」

見る見る青くなる令嬢たちの顔色。

「そう邪険になさらないでください。私、皆さんと仲良くなりたいのですわ」

「ッ……! な、仲良くなんて……」

「仲良くとは一体なんの隠語ですの……!」「も、もしかして公爵家の力を使って私たちを消そうと……!」「そ、そんな、ちょっとからかっただけですのに……!」

「(何やら愉快な勘違いをしているみたいだね。これから何度もつかかってこられるのも面倒だし、少しからかってやろう)」

「皆さん」

ずいッと距離を詰めると、令嬢たちはビクリと肩を跳ねさせる。

「私、仲良くなった方はとても大切にしますのよ?」

「た、大切……に?」

「ええ、それはもう大切に。可愛がって可愛がって、もう私に縋るしか生きられないほど、とぉ~っても可愛がってあげますの」

先頭に立つ令嬢の頬に触れると「ひッ!?」と目に見えて怯えたような反応をする。

「皆さん、とても可愛がり甲斐がありそうですわ。可愛らしくて、気が強そうで……フフフ、とぉっても元気なお声が出そうですわねぇ♪」

「そ、そんな……! わ、私たちなんて……!」

子うさぎのように震える彼女たちに、レイは畳み掛ける。

「ねぇ皆さん、仲良くしましょう? 私、どうしても仲良くなりたいですわ。だって皆さん……」

先頭に立つ令嬢の耳元に顔を近づける。そして――。

「とぉ~ても美味しそうですもの♡ パクっ」

令嬢の耳を甘噛みする。すると掻き立てられた悪い想像が爆発し、令嬢たちは悲鳴を挙げて走り去っていく。

「アハハ! 子供は可愛いね。本当に食べちゃいたいくらいだ」

「ちょっと! 何変なことしてんのよ! まるで私が子供を食べる魔女みたいじゃない!」

ポケットの中からイオナの怒りに満ちた声がする。

「まぁまぁ、出涸らし娘よりはいいんじゃないの?」

「よくないわよッ!」

ケタケタと愉快そうにレイが笑っていると――。

「帝国の偉大なる太陽! アルノルト・マルシリア陛下がご到着されました!」

メインホールの入口に立つ警備兵が声を上げると、全員の視線が一点に集まる。


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