人脈
「イオナさん! 大丈夫でしたか!?」
食事の間に繋がる扉を開けるなり、レイに駆け寄ってきた義母のフィアーナであった。
食卓にはイオナを除くハミット家の人間が既に揃っていた。変わらず多くの執事とメイドも立ち並んでおり、昨日と違うのはそこにミケエラの姿がない事だ。
「今朝方メイドから聞きました。さぞ怖かったでしょう……」
「ご心配をお掛けしてしまい申し訳ありません」
「そんな……謝らないでください。私こそ貴女が大変な時、傍にいてあげられなくてごめんなさい」
「大丈夫ですわ、お義母様。騎士達やメイドたちが一緒でしたもの」
暗殺者に襲われながらも毅然とした態度、義母を心配させまいと優しく気遣う姿に、事件当時対処してくれた下の者たちを立てるような言葉。
周囲にいた執事やメイドから見たイオナの印象は相当にいいものであった。
「それならよかったのですが……そういえば今は仮部屋で寝ているのでしたね? 何か不便はありませんか? なんでしたら私の部屋にいつでも――」
「フィアーナ婦人。不安な気持ちも分かりますが、座ってください」
口を挟んだのは、イオナの実姉であるイリエナであった。変わらず言葉には薔薇のような棘が生え、フィアーナの心にチクチク刺さる。
「あっ、そうでしたね。ご、ごめんなさい」
バツの悪そうに背中を縮こまらせて席に着くフィアーナ、それに続きレイもイリエナの隣に座る。
そうしてメイドたちによって運び出される食事の数々。変わらず「いただきます」の声もなく、ただ淡々と食器を動かす音だけが静かに聞こえる。
「イオナ、暗殺者に襲われたそうだな」
沈黙を破ったのは実父のオズフォード。変わらず感情ひとつ見せない平坦な声音でレイに問う。
「はい」
「暗殺者の侵入を許すような杜撰な警備配置をした覚えはないんだがな。まぁいい、しばらく護衛をつけてやる。勝手に死ぬことは許さん」
「(娘が死にそうになってこの反応か)」
「お気遣い痛み入ります」
オズフォードにとっては未だイオナという存在は興味の対象外にある。そう感じざるを得ない発言であった。
「……」
イリエナに関しては口を噤み、言葉一つかけない。メイドや執事といった屋敷に使える人間からのイオナの評価は変わりつつある。しかし、家族内での変化はあまり見られない。
「イオナさん、もし困ったことがあったら何時でも私にご相談くださいね」
「ありがとうございます。お義母様」
レイが微笑み返すと、フィアーナは満ち足りたような表情をしていた。義母のフィアーナは例外的に、イオナへの好印象を抱いている様子だ。
「――7日後にイリエナのデビュタントがある」
オズフォードは話を切り上げ、事務連絡でもするかのように言伝をする。
「フィアーナとイオナも出席しなさい。第三皇子殿下もお越しになられるそうだ」
「(第三皇子、確かイオナが言っていたな。この国の第三皇子とイリエナは婚約関係にあるとか。王族とも将来的な繋がりがあるなんて、ハミット家は安泰だな。家庭環境以外は)」
「畏まりました。お父様」
こうして息の詰まる朝食は、淡々と続いた。
◆
イオナの仮自室にて。
「というわけで七日後にパーティがあるから君にも同行してもらうよ、イオナ」
朝食での言伝をレイはそのままイオナに伝えると、彼女は鏡の中で眉をひそめた。
「私も……行かなきゃダメなわけ」
「まぁ鏡の中にいる君を矢面に立たさることはしないよ。ドレスのポッケにでも入って僕に色々教えてくれればいい」
「教えられることなんてないわよ。礼儀作法だってアンタの方が上手じゃない」
「勘違いしているようだが、教えて欲しいのは人物の情報だよ。僕にとってそのパーティーはどんな人物がどんな策略を持って集まるのか一切分からない未知の場所だ。君の友達に会っても話題一つ合わせることが出来ない」
「……なら余計私なんていらないわよ」
不貞腐れたように言う彼女に、レイは察する。
「あー、君友達いないのか」
「そんなハッキリ言わなくていいでしょ!」
「それならむしろ好都合だよ。パーティー会場では君でも知ってるような偉い人をその場で教えてくれるだけでいい。あとは僕が上手くやっておくよ」
「まぁそれくらいならいいけど……そんなこと知ってどうすんのよ。どうせパーティーの主役はお姉様で私がすることなんて何もないでしょう」
「いやいやそんなことはない。これは大きなチャンスなんだよ」
「チャンス?」
「ああ、と~っても大きなね。今の君に必要なのは、力なんだよ」
「はぁ? パーティー会場で運動でもするの?」
「筋肉の方の力じゃなくて、令嬢としての立場の力さ。強力な後ろ盾や人脈があれば僕としても今後動きやすくなるし、将来の選択肢も増える。そういう力があれば必ず役に立つ。君がこの体に戻れた時にね」
「(今僕が彼女の体を通じて行っている地位向上はあくまで一時的な措置だ。今体が戻れば出来損ないの出涸らし娘に逆戻り。そうならない為には体が戻っても力になってくれる第三者が必要だ)」
人材集め。レイがイオナの幸せを作り上げる上で、最も重要視しているものである。
「まずはお友達作りだ。――表側のね」