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クビ

 メイド全員が丸テーブルを囲うように椅子に座る中、レイもまたその中に加わりトランプをシャッフルしてからカードを配り始める。

 レイが彼女らに提案したのはポーカー一回勝負である。

 手札の交換は一回で、5人で同時に手札を後悔して一番役の弱い者が負け。

 そしてレイが一番役の弱い手札になったらゲームは終了。

「その時点で残っていた者たちは、この家で働き続けることを許可しよう」

 つまりレイが最初に負ければ全員がこの屋敷で働き続けられ、レイが最後まで勝ち続ければレイの専属メイドは一人としていなくなる。

「それとこのゲームは棄権も不参加も禁止だよ」

「……っ」

 悔しそうに唇を噛み締めるメイドたち。

 メイドたちはレイにメイドとしての権利を握られているため、このゲームに参加する他ないのだ。

 彼女らは渋々手持ちのカードを見て交換するカードを決める。

「に、2枚交換で」

 メイドの一人がカードを2枚捨てると、レイは彼女にカードを上から2枚渡す。

「……っ、よ、4枚交換します」「わ、私は1枚で」「私も、い、1枚交換します」

 皆が続々とカードを交換し、自分の役が確定していく。

 メイドたちは自分のクビが賭かっているため、額には汗がにじみ手には力が入っている。

「じゃあ僕は5枚全部交換するとしよう。ミケエラ、君は交換しなくていいのかい?」

「……このままで、結構です」

 交換が終わり、全員の役が確定した。

「では全員役を公開しよう」

 手持ちのカードを、レイを合わせた5人が見せた。

「つ、ツーペアです」

「フルハウスです」

「おっ、ミケエラはツイてるね。私はスリーカードだ」

「っ……、クイーンのワンペアです」

「っ! ……は、8のワンペア」

 5人の役が確認終えた。そして、たった一人手札を公開していないメイドに全員の視線が向いた。

「……ッ」

 彼女は跡が付きそうなほど強く手札を握りしめながら、わなわなと震えていた。

「早く手札を公開してくれるかい?」

「ッ! は、ハイカードですッ!」

 彼女は八つ当たり気味にカードをテーブルに叩き付ける。

「ふむ、君の負けみたいだね。じゃあ——」

「ええわかっていますわッ! この屋敷から出ていけばいいのでしょう!」

 彼女は開き直った様子で椅子を倒して勢いよく立ち上がる。

「言っておきますが、私は伯爵家の一人娘です! このような不当な扱いを受けてはいくら公爵家であろうと——」

「おや? 何処へ行くつもりだい?」

「はぁ? 何処って、お嬢様がクビにするのだといったのですから今すぐ出ていこうと——」

「私はそんなこと一言も言っていないよ」

 貼り付けた薄っぺらい笑みを浮かべる。

「へ……?」

 彼女の間の抜けた声と同時に、レイはテーブルに右足を乗せ強く踏み込む。

 バンッ!——とレイの足がテーブルに乗った音にメイドらが驚く間も与えず、レイはテーブルの下に隠していた剣を取り出す。

 彼女らの視線が追い付かないほど素早く抜刀し、その剣は彼女の首を横に一閃する。

 ——スパンッ! ——ボトッ。

 一瞬の出来事である。

 彼女の首が斬られ、それが地面へと落ちた。

 そして釣られるように、首が無くなった胴体も地面に崩れ落ちる。

 飛び散った鮮血は横殴りの雨のように、床やメイドの服に降り注ぐ。

 メイドたちはその光景にただただ声も出せずに見届けることしかできない。

 目の前で起こった惨状に、思考が追い付かないのだ。

「おおっ! 騎士たちから拝借した剣だがなかなかの業物だね。貧弱な体でもこんなにうまく斬れるとは思ってなかったよ」

 人を殺めておきながらレイはそれを一切気にも留めず、血の付いた刀身を眺めながら感心したように言う。

 その光景をメイドたちは震えながら傍観していた。

 恐怖と戦慄で声も出せずにいた。

 レイは再び席へとつき、顔に飛び散った血を拭って微笑む。

「さぁ、ゲームを続けようか」

 その異常な行動に、誰もがそのイオナの皮を被った化け物に恐れを抱いた。

 生存本能が警鐘を鳴らす、絶対的な恐怖。

 それを前にした時、人間が取る行動は主に二つだ。

 服従か、逃亡か。

「い、いやぁあああああ!」

 椅子から崩れ落ち、地面を張って逃げようとする一人のメイド。

「おっと」

 レイはそれをすかさず追いかけ、テーブルを飛び越え、上から彼女の背中を踏みつけ逃がさんとする。

「お、お願いしますッ! た、助け——」

 彼女はうつ伏せのまま必死に懇願する。

「棄権は禁止と言ったはずだよ」

 しかしそんなことは一切耳に入っていない様子で、レイは——スパンッ!と再び首を落とす。

「もう夜中だからね。静かにしてもらわないと困るんだよ」

 レイは終始、笑みを浮かべていた。

 顔に血が付こうと、首を落とそうと。

 メイドたちは一言も言葉を発さず、断頭台に立たされた死刑囚のようにガクガクと震えていた。

「(どうやら他三人は服従を選んだようだね。賢明な判断だ)」

 抜き身の剣をテーブルに立てかけ、レイは椅子に腰を下ろす。

「じゃあ2回戦といこうかっ」

 レイは再びトランプを配り始め、3人はその絶対的な恐怖の対象に逆らうことなどできず、始まったゲームを続ける他なかった。

 逃げ出したい恐怖から必死に耐え、彼女らは真っ青な顔でゲームに臨む。

 カードをまともに持つことすらままならないほど震えた手で、彼女らは順々にカードを交換していく。

 ゲームの最中はメイドたちの息遣いとカードを配る音だけが静かに流れていた。

「じゃあ、役を公開しようか」

 全員の交換が終わったところで、一斉に全ての手札が表になる。

 レイ——ストレート。

 取り巻き(ルーネ)——スリーカード。

 取り巻き(ソフィア)——ツーカード。

 ミケエラ——2のワンペア。

「ッ!?」

「おや、今回はミケエラの負け——」

「お、お許しくださいイオナお嬢様ッ!!」

 レイは剣に手を伸ばした瞬間、ミケエラはレイの前まで駆けよりそのまま地面に頭を擦り付けて土下座する。

「どうか、どうかお慈悲を! も、もう、二度と無礼な働きは致しません! お嬢様に絶対の忠誠を誓いますッ! だから、だからどうか命だけはッ!」

「その言葉は遅すぎるね。ミケエラ」

「……ッ!」

 涙ながらにイオナに懇願するミケエラ。

 しかしその言葉は決してイオナに届くことはない。何故なら——。

「その言葉を、五日前に。——いや、それよりもずっと前に、君がこの私に仕える時にそう言えば、君はもう少し長生きできていただろう」

 そこにいるのは、イオナではないからである。

 笑みのない表情で淡々と告げられる言葉に、ミケエラの目は絶望に染まる。

 レイは剣を振り上げ、優しく別れの挨拶をする。

「さようなら、ミケエラ・バーネット」

 三つ目の首が落ちる。


 そして続けられる三回目のゲーム。

 結果は、

 取り巻き(ルーネ)——キングのワンペア。

 取り巻き(ソフィア)——4のワンペア。

 レイ——ハイカード。

「ふむ、どうやら僕の負けみたいだ」

 これにてゲームは幕を閉じた。

 しかし、残ったのは惨状のみである。血に塗れた床に、無造作に転がる3つの首と胴体。そして、震えるたった二人のメイド。

 まさに地獄絵図である。

「じゃあ残った君たちは、えっと、ルーネとソフィアだったね? 二人は私の専属メイドとしてこれからよろしく頼むよ」

「……は、はい」

「……か、かしこまり、ました」

 二人は震えた声で頷く。

「では二人に最初の命令だ。今すぐ公爵様の寝室に向かい、私の部屋に暗殺者が侵入しメイド三人が惨殺されたことを伝えるんだ。報告の前に血で濡れた服は着替えるんだよ。勿論、誰にもバレないようコッソリね」

その指示に2人は頷き、恐る恐る部屋を出ようとする。

「あっ、そうそう」

レイの一言に2人は肩をビクッと震わせる。

「わかってるとは思うけど、逃げようだなんて思わないことだね。これからは末永く仲良くやっていこうじゃないか」

「は、はい……。もちろん、です」

「お、お嬢様に、忠誠を……」

深くお辞儀をしてから、2人は退出する。

「(ちゃんと恐怖が根付いたみたいだね。これなら裏切られる心配も口を割る心配もなさそうだ)」

レイは椅子からベッドの上へと座る場所を移し、足を組みその光景を眺める。

かつてイオナを侮辱し、嫌がらせを繰り返してきた者たち。

それが今や変わり果てた姿となってそこに転がっていた。

生き残った者もレイに絶対の服従を誓うだろう。

これでイオナ・ハミットに敵対する者は誰一人としていなくなった。

「(だけど、まだ足りない)」

「(またいつ新しい敵対者が出てくるかもわからない。それに、イオナの幸せのためには人が必要だ。決してイオナを手放さない、深い愛情を持ってくれる相手が)」

レイの脳裏にはイオナの父親が浮び上がる。

「まずは君を幸せにする長い道のりの、記念すべき一歩目だ」

 血塗られた惨状で一人、イオナの皮を被ったソイツは微笑んだ。


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