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出涸らし娘

イオナ・ハーミットが出来損ないの出涸らし娘であるということ。

そう呼ばれる所以は大きくわけて2つ。

1つはイオナ個人の能力不足。

礼儀作法、生活態度、教養知識、全てが気品ある貴族にそぐわず、周囲より劣っているものであるから。

そして2つ目は——姉の存在である。


 入れ替わりが起きた当日の昼餉。

長いテーブルで昼食を取るハーミット家一同とその後ろで待機する執事やメイドたち。

そこでは一切の家族らしい団欒とした会話はなく、ナイフとフォークを動かす音だけが虚しく響く。

上座には公爵家が当主でありイオナの父親、オズフォード・ハミット。

赤髪に漆黒の瞳に厳格を絵に書いたような顔付き、まるで大物政治家のような貫禄を感じさせる。

上座から見て左手には義母のフィアーナ・ハーミット。

「(確かイオナ産まれてすぐにオズフォードと再婚したと言っていたな)」

灰色がかったブロンドヘアーに、タレ目な碧眼。歳は20かそこらで40を超えているオズフォードとは年の差婚である。

そして右手側の1番前に座り、レイの右隣に座っているのが姉のイリエナ・ハーミット。

イオナと同じ赤髪を後ろで一つ結びにし、父と同じ漆黒の瞳は他の追随を寄せつけないような冷徹さが垣間見える。

 レイはフォークで切り分けたステーキを口に運びながら、コッソリとイリエナの所作を観察していた。

「(ピシリと伸びた背筋に優雅な所作。十四歳とは思えない風格だ。なるほど、だから〝出涸らし〟と呼ばれるのか)」

 姉妹という組み合わせは周囲により比較されがち生き物である。

 その上この家では特に実力主義的思想が強い。

 そうなると必然的に優秀な方は敬わられ、劣る方は侮られる。

イリエナと比べるとイオナの不出来さが浮き彫りになるのは必然である。

「イオナ」

「なんでしょう、お父様」

「今朝方、お前がミケエラに罵声を浴びせたと聞いた」

 ミケエラは今朝方レイに対し無礼な態度を取っていたあのメイドのことである。

 レイの後ろに立つミケエラを一瞥すると、ミケエラは目が合ったレイを嘲るように嗤った。

「(今朝方僕が歯向かったことが気に入らなかったのだろう。しかしやることが公爵にチクることとは、まるで子供のすることだな)」

「申し訳ありません。今朝方は悪夢にうなされ気が立っておりまして、ついはしたない行動を取ってしまいました」

「(弁明したところで無駄だ。大人しく謝罪してこの場を凌ごう)」

「……今後は気を付けよ。仮にもお前はハーミット家の娘なのだ。それを常に意識して行動しろ」

 表情を変えず平坦なトーンで言う。

「はい、二度とこのようなことがないよう肝に銘じておきます」

「(仮にも、か)」

 イオナはお父様お父様と彼を頼っている様子であったが、それとは対照的にオズフォードはイオナを見限っているような様子である。

 父と娘の仲睦まじい親子愛など片鱗も見せないような冷え切った関係だ。

「(イオナと取引した手前父親との関係も改善すべきなのだが、なかなかに骨が折れそうだな)」

「なんだか今日のイオナさんは雰囲気が違いますね」

 柔らかい笑みを浮かべながら義母のフィアーナが言う。

「そうでしょうか? そういったことはあまり自分では自覚できないもので」

 レイも彼女と似た柔らかい笑みを浮かべて応対する。

「ええっ、今日はとても淑女らしいですわ」

「フィアーナ婦人、それは私の妹がいつもは淑女らしくないという意味でしょうか」

 刺々しい言い方で横やりを入れてきたのはイリエナだった。

「えっ、い、いえ、そんなつもりでは……」

「発言には気を付けてください。いくらフィアーナ婦人であろうとハーミット家の子女を貶めるような発言は許されません」

「わ、私はその……ご、ごめんなさい」

 フィアーナは悲しそうに視線を落とす。

 フィアーナは子爵家の娘であり、地位もそれほど高くなく、再婚相手ということもあって家の中では微妙な立ち位置なのである。

「まあまあお姉様、そう怒らないでください。お義母様もそのようなつもりでおっしゃったわけではありませんでしょうから」

「……っ」

 レイがそう庇うとイリエナは少し嫌そうな顔をして眉をピクリと動かした。

「ね? そうなのでしょう、お義母様?」

「え、あ、……え、ええ、そうですよ。イオナがいつも以上に可憐に見えまして」

「まぁ! 可憐だなんて……照れてしまいます。ですが、お義母様にそう言ってもらえて嬉しいですっ」

 レイはにっこりと無邪気に笑って見せる。

「っ……! そう言ってくれると私も嬉しいわっ」

 するとフィアーナは少し驚きつつも嬉しそうに、満ち足りたような笑みを浮かべる。

「……イオナが気にしていないのなら私もこれ以上何かを言うつもりはありません」

 イリエナは不機嫌そうに視線を料理に移す。

「(イリエナの考えはあまり読めないな。フィアーナを陥れたかったのか? どういった意図があったのかわからない)」

 その後は誰一人として口を開くことなく、淡々と時間だけが過ぎ去っていった。


 昼餉を終え自室に戻ったレイはベッドに腰を下ろし、メイクミラーに映るイオナと向き合っていた。

「ねぇイオナ、少し聞きたいことがあるんだけど」

「……今朝から気になってたんだけど、なんで呼び捨てなのよ」

「ん? ああ、ちゃん付けのほうが良かった? なら今後はイオナちゃんで——」

「普通「様」でしょうが! イ・オ・ナ・さ・ま! 公爵家の娘を呼び捨てなんてあり得ないんだからね!」

「まぁ良いじゃないか、僕らは一蓮托生の身なんだし。それよりイオナ、聞きたいことなんだけど、君のお姉さん、イリエナはどんな人なんだい?」

「イリエナお姉さまについて? なんで知りたいのよ」

「家族のことなんだから知りたくなるのは当然だろう?」

「……」

 イオナは少しバツの悪そうな顔をしてから口を開いた。

「イリエナお姉さまは……凄い人よ」

「それはまた随分と抽象的な回答だね」

「事実そうなのよ。礼儀作法も勉学も剣術も全て完璧にこなして、なんでもできる凄い人なの」

 イリエナの話をするイオナの瞳はまるで遠い人を見るような眼だった。

「お姉さんが憎いかい?」

「なんでそんなこと聞くのよ」

「君が周りから侮られる原因には少なからずお姉さんが関係している。それを恨めしいと思う気持ちがあってもおかしくはないかと思ってね」

「……わからないわ」

 一瞬言葉に詰まるような様子を見せてからイオナはそう答えた。

「イリエナお姉さまのせいで私が周りからどう言われているのかはわかっているわ。でも、だからってお姉さまを恨む気持ちにはなれなくて……」

「(姉妹としての愛情からなのか、子供故に感情の整理がついていないのか、どちらにせよ今の立場でお姉さんに逆恨みをしていないのは立派なことだ。人間は弱い立場になると周囲に恨みをぶつける習性があるからな。イオナは案外強い子なのかもしれない)」

「だけど、イリエナお姉さまは私のことを嫌いみたいなの」

「そうなのか? そうは感じなかったけど」

「(イリエナのあの発言も見方を変えればイオナの侮辱に対して異を唱えたようなモノだし)」

「イリエナお姉さまに話しかけても無視されることが多いのよ。必要最低限のことしか話してくれないし、通りすがる時は目も合わせようとしないわ」

 イオナは悲しそうに膝を抱えて蹲る。

「きっと私を妹と認めたくないんだわ。出来損ないだから……」

「君も弱気なことを言うんだね」

「馬鹿にしてるの」

「いいや、子供らしい一面が見えて可愛いと思っただけさ」

「……うるさいわよ」

 そっぽを向くイオナの耳がちょっとだけ赤くなっていた。

「お姉さんについてはわかったよ。僕の方でも彼女の気持ちについていろいろ探ってみるよ」

「ねぇ、レイ」

 イオナは振り返ってレイに淡い期待を寄せて尋ねる。

「私は、幸せになれるのかしら」

「なれるさ、絶対にね」

 遠い目をしてイオナにレイは断言で返した。

「……やっぱ信用できないわ」

「聞いといてそれは酷くないかい? まあいいか、すぐに証明してあげるから」

「(明日からは本格的に動くとしよう)」

 レイはベッドから立ち上がり、イオナに微笑みかける。

「まずは手始めに、君を〝出来損ないの出涸らし娘〟なんて誰も呼べないようにしてあげよう」


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