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イオナ・ハミット

「(人生とは波乱万丈である。

僕は二十年近い生を謳歌し、様々な事象に振り回されてきた人生だ。

背中をナイフで刺されたり、銃で撃たれお腹に穴が空いたり、目の前で爆発が起こり三日間生死を彷徨ったり、本当にいろんなことがあった。

そんな僕でも——)」


「流石にこれは……驚きだな」

 姿見の前に映る少女の顔を、彼は訝しげに見つめる。

目が覚めると知らない場所、動かしづらい身体、そして姿見に映る知らない顔。

 それは全く見覚えのない顔でありながら、同時に彼自身の顔でもあった。

「記憶喪失、ではないな。前後の記憶は鮮明だし、自分の名前も出生もはっきりと覚えている」

「(しかし、だからこそ不可解だ。僕の記憶と今の僕の姿形は全くと言っていいほど一致しない)」

姿見に移るその姿は、元の彼とは性別も年齢も違う、年端もいかない少女の姿であった。

ルビーのような髪色に、きめ細かく白い肌、少し吊り上がったエメラルドグリーンの瞳。身体は華奢で、歳は10から12ほどである。

「(赤色の髪とは、一体何処の国の人間なんだ? 見た感じだと染めたような髪色には見えないし)」

「というか、ここは何処だ?」

 彼が目覚めたこの場所は、おおよそ一般家庭の一室とは思えない豪華絢爛な装飾と広さを誇る。

「(ベッドやソファの骨組みに取り付けられているこれって本物の宝石だよな? 一体この部屋だけで何億円の価値があるんだ)」

「(それに随分と古めかしい家具だな。状態はいいが、およそ現代の物ではない。千年以上前、それも日本じゃない。多分西洋かどこかの骨董品だろうな)」

 彼は首を傾げながら部屋の中を散策する。

「ともあれどうしたものか。如何せん情報が少なすぎて何もできない」

「(僕の人生の中でもこれほどに非現実的な展開を畳みかけられた経験はなかったな)」

困り果てたように、彼は自分のモノであると自覚できない赤髪に触れる。黒髪の日本人であった彼には馴染みのない色であった。

「とりあえず人を探すか。そうすればここが何処かくらいは——」


「ちょっ!? ど、何処よここ!? だ、誰かいないのッ!!」


 部屋を出ようとした時、化粧台の引き出しの中から甲高い少女の声が部屋中に響きわたる。

「次は怪奇現象か……」

「(ここまでくるともうどんなことが起きても驚かない自信が出てくるな)」

「ね、ねぇってば誰かいないの!? こんな暗いとこに閉じ込めてどうすんのよ!?」

「(遠目から見たら化粧台が喚いているみたいでシュールだな)」

「(まぁこの際幽霊でも未確認生命体でも情報提供をしてくれればなんだって構わない。とりあえず会話はできそうだしコンタクトを取ってみるか)」

「私が誰だかわかってるのッ! ハーミット家の次女である私に手出ししたら、お、お父様が黙ってないんだからッ!!」

「落ち着いてくれ、僕は敵じゃない。とりあえず君をそこから出してあげるからジッとしていてくれ」

 喚く化粧台を宥めながら、彼はゆっくりと引き出しを開ける。

「これは……?」

 引き出しから出て来たのは、手のひらサイズほどの折り畳みメイクミラーがあった。

 彼がそれを手に取り開いてみると、そこには先ほど見た姿形の変わった彼自身の顔が映し出されていた。

「え……わ、私……?」

 鏡の向こうの少女は目を見開く。

「これはまた……随分と奇妙なことになってるね」

 彼は嘲るように鼻を鳴らした。

 鏡の向こうの少女とその少女の姿をした彼の動きは連動していなかった。

「(同一の人間が二人。ドッペルゲンガー現象? いや、どちらかと言うと……)」

「君の口ぶりから察するに、君がこの体の本来の持ち主なのかな」

「(何かの要因で僕の人格はは彼女の体に、彼女の人格は鏡に挿げ替えられた。実に珍妙な入れ替わり現象だね)」

「っ! あ、アンタ、まさか私の身体を奪ったの!? この無礼者ッ! 家名を言いなさい! お父様に言い付けてやるわ!」

「落ち着いてくれ。僕がこの体に入ってしまったのは僕の意図するところじゃない。僕も状況が理解できなくて——」

「さては魔術師の血筋ね! 穢れた人種の分際でよくもこの私を!」

 鏡の向こうの少女は顔を真っ赤にして怒鳴るばかりで彼の話を聞こうとしない。

「(全く以て話が通じていない……。この状況だと無理もないかぁ。となったらこちらのアドバンテージを最大限に生かして無理矢理交渉の場を作るしかない)」

「(お嬢さんには悪いが、少し騙してしまおう)」

「卑怯者ッ! 末代まで呪って——」

「口には気を付けた方がいいんじゃないか、ハーミット家の次女さん」

「ど、どういう意味よ……!」

「ふむ、自分の立場が分かってないんだね」

「立場も何もアンタが身体を奪って——」

「そうだね。だから今君の身体の主導権は僕にある」

「っ!?」

遠回しな脅しに、少女は噛みつくことを止める。

「ようやく立場が分かったみたいだね」

「な、何が望みよ……っ」

「難しいことはお願いしないさ。ただ少し、僕の質問に答えてくれればいい。そうすれば君の身体は返してあげるよ」

「っ……。わ、わかったわよ。何でも聞けばいいでしょ」


 ここはマルシリア帝国の首都リーベット。

 この国は貧富の差が激しく、また前時代的な身分制度が存在し、下は奴隷から上は皇帝までの階級がある。

「(この世界は、僕が元居た世界ではないようだ)」

 少女から聞いた歴史や文化体型から彼はそう推察した。

 俗に言う、異世界であった。

 そして、彼がこの異世界で入れ替わってしまったこの身体の持ち主は、ハーミット公爵家の2番目の娘イオナ・ハーミット。

 年齢は11歳、家族構成は父と義母と姉一人。

その性格は——。

「私は公爵家の娘なの! そんな相手に危害を加えて、ただで済むと思わないことねっ!」

「はいはい、肝に銘じておくよ」

「何よそのテキトーな返事はッ! 絶対にお父様に言い付けてやるんだから!」

 傲慢と不遜を煮詰めたような性格。

親の威光を自分の力と錯覚しているような愚かな少女。

「(この世界の貴族の子供という生き物がそういう性質を持っているのか、それともこのイオナという少女個人の性質なのか、……どのみち褒められた性格ではないな)」

「とりあえずは知りたいことは知れたかな。うん、とても役に立つ情報提供だったよ。ありがとう」

「お礼なんていいからとっととここから出しなさいっ」

「うぅ~ん、それはちょっと無理かな」

「は……?」

「実を言うと、僕もどうして君の身体に入ってしまったのかわからないんだ~。だから僕にはどうしようもできない。君をそこから出すことはできないんだ」

「はぁ!? さ、さっきアンタが私の身体奪ったって……!」

「あれは真っ赤な嘘。ごめんね~、僕も困っている状況でさ」

「な、なっ……!?」

 騙された怒りかイオナは顔を真っ赤にしてプルプル震えている。

 そんな彼女の怒りが爆発する寸前。

 ——バァン!

 蹴破る勢いで扉が開け放たれた。

「お嬢様、いい加減に起きてくださいッ」

 入って来たのは年配のメイド。不機嫌そうな表情に悪態染みたモーニングコールをしてくるあたりイオナに対していい感情を持っている様子ではない。

 僕は鏡が見えないように背中で隠す。

「何をボーっとしてるんですか。早く着替えの準備をしてください」

 およそ仕えるメイドとは思えない不遜な態度。

「(イオナの人格を真似て様子を見てみるか)」

「ちょっと何よその態度はッ! 着替えの準備はアンタがすることでしょ!」

 彼の物真似に違和感を持つことなく、メイドはすぐにその態度を鼻で笑った。

「いいのですかお嬢様、そんな態度を取って?」

「……どういう事よ」

「お忘れですか? 前もお嬢様が私にそのような生意気な態度を取って公爵様にお叱りを受けたではありませんかぁ」

「アンタが先に無礼を働いたんでしょうがッ! お父様もそれを知ればアンタに罰を——」

「ハッ、公爵様がお嬢様のことを気にかけるわけないじゃないですか」

 嘲笑を浮かべながらメイドは言葉を続ける。

「所詮〝出来損ないの出涸らし娘〟なんですから」

「……ッ!」

 その言葉に反応したのは言われた彼ではなく、鏡の中のイオナだった。

 彼はチラリと背中で隠したイオナを一瞥する。そこにはイオナが悔しさと怯えが入り交じったような表情で肩を小刻みに震わせていた。

「(ぼんやりとだがこの二人の関係図が見えてきたな)」

「……わ、わかったわよ。着替えるから外で待っていて頂戴」

「ふんっ、最初から素直にしてればいいのに」

 吐き捨てるように悪態をついてから、メイドはまた勢いよく扉を閉めて部屋を出ていった。

「君、いじめっ子みたいな性格してるのにいじめられてるんだね」

「う、うるさいわよ……」

「(さっきまでの威勢の良さがないな)」

本来、雇用主の娘がメイドに侮られることなど有り得ない。

しかし、メイドはイオナが子供であることをいいことに、コンプレックスにつけ込んでそのような有り得ないことをしていた。

「(プライドの高い彼女が言われっぱなしとは、余程強いコンプレックスなのだろう。だが、僕からしたら好都合だ)」

「ねぇ、イオナ」

「……何よ」

「僕と〝取引〟しないか」

「……はぁ?」

「僕はイオナさんの身体に入ってしまった。だから今後はイオナ・ハーミットとしての生活を強いられる。それには体の持ち主である君の記憶や知識が不可欠だ」

「私に情報を提供し続けろってこと?」

「ああ、その通りだ。イオナさんは賢いね」

「ッ……! べ、別にそんなことないわよ」

 彼女は照れたように鼻の下を掻く。

「それでアンタは何を提供してくれるのよ」

「僕が提供するものは2つ。1つは体を元に君に返す方法。今はわからないからこれはいろいろ調べて方法を見つけないとだけど」

「じゃあ、もう一つは何よ」

「2つ目は〝幸せ〟だ」

「……はぁ? なんですって?」

「幸せだよ。イオナ・ハーミットとしての幸せを君に提供しよう」

「意味わかんない。アンタが私の何を知っているのよっ」

「出来損ないの出涸らし娘」

「ッ!」

「君はそう中傷され、メイドから侮られ、お父さんに見放されている。違うかい?」

「……」

 黙りこくった彼女は彼と目線を合わせようとしない。それは図星をつかれたことの他ならぬ証明である。

「だから僕が、君の代わりに地位向上に努めてあげよう」

「偉そうに。アンタにできるわけ?」

「(期待していないようなそぶりをしつつもそう聞く当たり、心の底では望んでいるのだろう)」

「できるよ。僕ならね」

「……」

「そんな詐欺師を見るような眼で僕を見ないで欲しいな」

「信用できないわ」

「今は信用しなくてもいいさ。そのうち結果で示してあげるから」

「ウソだったらお父様に言い付けてやるわ」

「そのお父様から溺愛されるほどの良い娘になって君に身体を返そう」

 鏡の向こうで怪訝な表情をする彼女に対し、彼はにこやかに返答した。

「(こんなことする意味なんてないが……まぁ、ただの気まぐれだな)」

「じゃあこれからよろしくね、イオナ。僕のことはレイと呼んでくれ」

「……不本意だけどよろしく、レイ」


 こうしてレイとイオナの、イオナ・ハーミットの幸せを探す物語が始まった。


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