第99話 ツンデレとベストフレンド
「あたしのお店にロゴ!?」
シルヴィアは、目を瞠った。が、すぐに小首を傾げた。
「……って、何?」
「なっ…!?」
思わずアダンがズッコケた。
「ロゴを知らねえのかよ」
「知らないわよ。あたしは商人じゃありません。業界用語は使わないでよ」
「ロゴってのは、その店が定めたマークのことだよ」
「マーク…。紋章みたいなもの?」
「そうそう。ベルトラン皇家でいえば、双頭の獅子に二つ槍だよな。ああいうやつだ」
ちなみに、シルヴィアの実家のカトゥス王家は、猫…ではなく、盾と双剣と蔓の組み合わせである。
「この店でも、ロゴを作って看板だのチラシだのに載せるんだよ。このロゴが使用できるのは、当然シルヴィアの店だけだ。それで本物だという証明になる」
「……いいわね。とっても良いアイデアだわ。ありがとう、アダン。早速作ることにするわ」
店内では、未だカオスが繰り広げられている。それでも、マノンたちの参戦で少しは秩序が取り戻されつつあった。
シルヴィアの知る未来のとおり、カフェは、これからの爆発的な人気を予感させる、オープン初日の大盛況ぶりであった。
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「―サンドラ。一緒に帰ろうぜ」
ひっきりなしに来店する客への対応に一日中振り回され、夕方になってようやく閉店となった。これでも閉店時間より早く閉めたのだ。用意してあったスイーツは完売して、ミルクも在庫が切れてしまったからである。
「……」
バスティアンに呼びかけられても、サンドラは無視してスタスタと独り歩いていってしまう。
「おい、待てよ、サンドラ」
バスティアンは、肩を掴んだ。それを嫌そうに振りほどく。
「バスティなんか、知らない!」
ギロッと一睨みすると、大股で歩み去る。
「待てって!」
急いでサンドラの前に回り込んだ。
「何を怒ってるんだよ」
「胸に手を当ててよく考えてみろ」
「はあ!? 全然心当たりないけど」
「何だと!?」
オッドアイが怒りに打ち震えた。
「だったら、教えてやる。お前、若い女に取り囲まれて、鼻の下を伸ばしていただろう」
「えっ…」
「あんなキャーキャー言ってる女が好みなら、さっさと後を追いかければいい」
「お、おい、ちょっと待てよ。あれは、ただの接客じゃないか」
「知るか。とても楽しそうだったぞ」
「あんなの、表向きだけに決まってるだろ。そもそも接客で笑顔を振りまくのは普通だし」
「悪かったな、接客なのに笑顔を振りまけなくて」
「そんなこと言ってない。―おい、人の話を聞けよ」
脇をすり抜けようとするサンドラの腕を掴む。
「触るなっ」
「嫌だ。触るっ」
「……」
「サンドラだってわかってるだろ。あれは仕事上のことだって。ヤキモチ妬いてくれるのは嬉しいけど、少し冷静になってくれ」
「だ、誰がヤキモチなんか―」
「俺が本当に笑顔になれるのは、お前だけなんだよ」
「……!」
「お前と一緒にいるときだけ、幸せになれるんだよ」
「信じて…いいの?」
「当たり前だろ。俺の心は、もうサンドラに掴まれちまってるんだから」
「……」
サンドラは、うつむいたままバスティアンの胸に顔を埋めた。
「……ごめん、怒ったりして」
「いいんだよ」
「バスティの胸、温かいね」
「……」
サンドラの潤んだ瞳がバスティを見上げた。
二人は口づけを交わす。
「……サンドラ。これから飲みに行こうぜ」
「えっ」
「カフェ初日の大盛況を祝って、さ」
「うん」
そして、手をつなぎ歩き出した。二人の後ろ姿は、幸せオーラが光り輝いていた。
その一部始終を物陰から見つめていた者たちがいた。
「―覗き見は、趣味が悪いと思うぞ、エーヴ」
「うるせえよ、サイノス。てめえが二人のこと心配だと言い出したんだろが」
「よ、良かったね。サ、サンドラの機嫌も、直ったみたいだし」
「ミラベルに見せるのは、どうなんだろう?」
「うるせえよ、サイノス。てめえは、ミラベルの親か?」
「わ、わたしだって、サ、サンドラのこと、心配だよ」
「でも、男女の仲のことはまだミラベルには早いんじゃないか?」
「うるせえよ、サイノス。てめえが恋愛を語るんじゃねえ」
「……エーヴ。さっきから俺への当たりが強くないか?」
「エーヴは、ご機嫌ナナメだから、許してやってよ」
「おいっ、ジュスタン。余計なこと言うんじゃねえぞ、死にたいのか?」
「おお、怖。触らぬエーヴに祟りなし。からかうのはやめておこう」
「―んだと、コノヤロウ。やっぱり死にてえらしいな。表へ出ろや」
「ここ、表だけど」
「ちょ、ちょっと、二人とも、け、けんかはヤメてよ」
ミラベルが慌てて間に入った。
「ちっ…。命拾いしたな、ジュスタン」
「……」
ジュスタンは、まだ何か言いたそうだったが、賢明にも言葉にはしなかった。しかし、代わりに口にしたことは、ある意味、もっと刺激的なことだった。
「それにしてもサンドラたちは、ずいぶん関係が深まったようだね。断言できる。あれは、デキてるね」
「……!」
エーヴが、血相を変えてジュスタンを睨んだ。
「なあに? エーヴ。言いたいことでもあるの?」
「……何でもねえよ」
エーヴは、悔しそうに横を向いた。
「ねえ、ジュ、ジュスタン。デキてる、って、何?」
無邪気にミラベルが尋ねる。
「ん? それはだね―」
「ゴホン、ゴホン」
わざとらしくエーヴが咳払いする。
「あー、……ええと、まだミラベルには早い話さ」
「ええー、な、なんでよ。ど、どうしてわたしには、は、早いの? な、なんで尋いちゃいけないの? ねえ、ど、どうして?」
「ミラベルが大人になったら、教えてあげるよ」
「あーっ!? ま、またわたしのこと、こ、子ども扱いした。お、怒ってるって、前に言ったよね?」
「痛っ…! ―だから、腕をつねるなって」
「実際、ミラベルはまだ15、6だろ? 立派なお子ちゃまだよ」
「エ、エーヴまで! ヒ、ヒドいよ。わ、わたし、今年で21だよ。り、立派な大人の、じ、女性ですっ」
「ええっ…!?」
あまりの驚きに、三者三様のリアクションを見せた。
「に、21!? どう見ても15、6だろ!?」
「僕としたことが、女性を見誤るなんて、ショック極まりないよ」
「なんと女性とは奥深いのだろう。難しい。俺の手には余る」
童顔のミラベルから、大人の女性は想像できない。決してエーヴたちを責められまい。ただ、マノンと違ってミラベルは、年齢を詐称したわけではないのだ。誰も聞かないから、答えなかっただけである。
「……今後は認識を改めることにするよ、ミラベルさん」
「そ、それでいいわ。じ、じゃあ、教えて。デキてる、って何?」
「きみは、いったいこれまで、どういう人生を送ってきたんだい?」
ジュスタンは、質問に質問で返した。
「えっ…!?」
「戦闘能力は、抜群だ。僕の弓でさえ通用するかわからないくらいだ。それでいて、世間一般の常識に疎いところがある。考えてみれば、不思議な女性だね」
「い、いや、わ、わたしは…」
「大人の女性というのなら、俄然、興味が湧いてきた。ミラベルさんのことを、もっと知りたい」
「ちょ、ちょっと待って…」
「そうだ、そうだ! ミラベルの身の上話、今まで聞いたことねえ。ダチのわたしには話せるだろ?」
「わ、わたしのことは、ど、どうでもいいでしょ。い、今はサンドラのことでしょ」
「サンドラは、もうデキ上がってんだ。それより、今はミラベルのほうだ。今夜は夜通し語り合おうぜ。教えろ、お前の話」
「し、しつこい!」
「あっ、こら! 逃げるなっ!」
天馬隊の中核を成す中隊長たちの歓声がリシャールの町に弾けた。彼らの友情は、天馬隊ある限り、永遠に続くのだろう。
いや、きっと、天馬隊がなくなったとしても、続くに違いない。
シルヴィアという太陽ある限り。
【裏ショートストーリー】
バスティアン「……こんな感じかな」
シルヴィア「きゃあぁっ! 可愛いっ!」
リオネル「シルヴィアの店のロゴってやつか」
サンドラ「アレンジした猫耳に、肉球を添えてあるのか」
エーヴ「へえーっ! バスティって、絵が上手いんだな」
ミラベル「か、可愛いっ! せ、制服とかにもつけたら、お、女の子にウケるんじゃないかな」
ジュスタン「おっ、それ、いいね。さすが、ミラベルさん」
ミラベル「……」
アダン「これでいいのか? 素案が決まったら、専門業者にデザイン化してもらうぞ?」
シルヴィア「いい! これがいい!」
バスティアン「デザイン料、とかって頂けるんですかね?」
サンドラ「バスティ!? なんてこと言うんだ、シルヴィアさまに向かって」
シルヴィア「いいのよ、サンドラ。それはそうよね。ただでお願いするなんて、虫が良すぎるわよね」
バスティアン「いろいろ物入りなもので」
サンドラ「バスティ、調子に乗るなよ。……申し訳ありません、シルヴィアさま。もちろん、ボランティアで結構です」
シルヴィア「そういうわけにいかないわ。ちゃんとケジメはつけないと」
サンドラ「ダメです。大恩あるシルヴィアさまからお金を頂くなんて、絶対にできません。……バスティ、後で説教だからな」
ジュスタン「……バスティアン。物入りというのが気になるんだけど? お金に困ってるの?」
バスティアン「えっ!? ……ええっと、まあ、その…いろいろですよ(ジュスタン中隊長、その話は、また後で)」
ジュスタン「(ふ〜ん。サンドラ絡みか)」
サンドラ「?」




