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第89話 鴛鴦の誓い

サンドラは、独り街道を歩いていた。


周りは人家の少ない農村地帯だった。左手にずっと藪が続いている。人通りは今はまったくない。


タダ食い騒動のあった町で一晩泊まり、翌朝早く出立してきたのである。


本当は兵舎から馬を連れてきたかったが、リオネル軍から支給された馬を勝手に持ち出す気にはなれなかった。


「……放浪していたときに戻ったと思えばいい」


祖国クニークルスをジルベールに滅ぼされてから、姉エマと共にブランシャール国内を旅して回った。そのときも、ほとんど徒歩で移動していたのだ。


放浪中は、旅商人の護衛やら豪商の傭兵やらをして食いつないできた。姉エマ以外に、槍で負けたことは一度もない。しかし、自慢の槍の遣い処を見いだせないまま月日が過ぎ、エマは独りいなくなった。


何も言わず出ていった姉は、風の噂で帝国軍の軍人になったと聞いた。怒りが心の底から湧いてきた。私はこんなに苦労しているのに、エマは独り仇の帝国の犬に成り下がっている!


それも、今では祖国再興のためだったと理解している。リオネルを皇帝に押し上げた暁には、クニークルスを再興できる約束なのだ。


(私がいなくても、エマがいればきっとリオネルさまは勝ち残る)


そして、クニークルスは再興される。自分がいようがいまいが関係ない。再興に自分は必要ないのだ。


「―これから、どうしようかな…」


一度、故郷に戻ってじっくり考えるつもりだった。


「……どこか、小さな村で道場でも開いて、のんびり過ごそうかな」


そんなことを考えていたときだった。殺気を感じて立ち止まった。


「……おやおや、殺気を勘付かれてしまったか」


左手の藪から5、6人の男たちが現れた。先頭にいるのは、夕べ食堂で騒ぎを起こした小男だった。傍らには連れの大男もいる。


「すまない。敵対する気はないんだ。習性でね、つい剣士を見ると殺気が溢れちゃうんだよ」


小男は、ニカッと笑った。作り笑いなのは明らかだった。


「……何をしに出てきた? どうせ待ち伏せでもしていたのだろうが」


「勧誘さ。あんたは腕が立つ。もし良かったら俺たちの仲間にならないか」


「お前らは、何者だ?」


「傭兵だよ。あちこちを渡り歩いているんだ。腕利きの剣士は、一人でも多くほしい」


小男は、ぷらぷらとサンドラに近づいてきた。


「興味ない。ほかを当たれ」


「そう言うなよ。オレを負かした凄腕剣士さんよ。あんたを見込んでお願いしているんじゃないか」


違和感を覚えた。どこがどうとはっきりわからなかったが、本能が危険を告げていた。


「おい、お前。それ以上、私に近づくな―」


小男から身を引こうとした、その刹那。小男が何かを投げつけた。とっさに手で払う。路上に突き刺さったそれは、小刀だった。


「……! 何をする!?」


槍を構えた。小男は、ひらりと距離を置いた。


「おおっと! その槍はヤベえ。二度と喰らいたくないねえ」


「お前の目的は何だ? 夕べの腹いせか? だったら、こんな小細工などしないで、全員まとめてかかってこい」


一対一ではサンドラに敵わなかったので、数を頼んできたのだろう。だが、たかが5、6人、例え手練を揃えてきたとしても、負ける気がしなかった。


「腹いせというか、復讐だよ」


「何!?」


「オレをコケにした礼をしにきたのさ。大勢の人前で恥をかかされたからな、お前にも同じ目に遭わせてやるよ」


「ふん。自分の弱さを棚に上げて逆恨みか? 器の小さいやつ―!?」


急に手足に力が入らなくなった。槍がとても重い。


「何っ…!?」


ついに槍が持てなくなって取り落としてしまった。膝から崩れる。


「きさま…まさか…!?」


「ふふふっ…あっはっはっ。ようやく効いてきたか」


小男が高笑いを響かせた。


「痺れ薬だよ」


「さっきの小刀か…」


小刀を払った手を見ると指に小さな傷がついていた。血が滲んでいる。


「てめえは強いからな。手足の自由を奪わせてもらった」


「卑怯なっ」


「なんとでも言え。オレはコケにされたら必ず復讐することにしているんだ」


小男は、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた。


「その痺れ薬はな、身体の自由は利かなくなるが、意識は保てるんだよ。声も出せる。―喘ぎ声もな」


「……!」


「てめえをオレたち全員で犯す。足腰が立たなくなるまでな。痺れ薬が切れるころになったら殺して藪の中に埋める。それですべて終いよ」


「きさまぁっ…」


手慣れているところをみると、これまでも同じ手口を重ねてきたのに違いない。傭兵などと名乗ったが、その辺のゴロツキと変わらない。


「うさぎ娘。大いに泣き叫んでオレたちを楽しませてくれや」


小男は、膝立ちのサンドラを押し倒した。胸をまさぐってくる。


「……!」


小男の顔に思い切り唾を吐きかけた。小男は、黙ってサンドラの顔を殴りつけた。


「……うさぎヤロウ。舐めたマネすんじゃねえぞ」


長い耳を引っ張り上げて、再び殴りつけた。口が切れて血が流れる。


「てめえは悲鳴を上げてりゃいいんだよ」


拳をまた振り上げようとして、突然腕を掴まれた。驚いて振り返ると殴り倒されていた。路上を吹っ飛ぶ。


「―それ以上、わたしのダチを傷つけんじゃねえよ」


「……エーヴ!?」


それは、エーヴだった。仁王立ちしたエーヴのベリーショートの金髪が逆立っている。


「な、何だ、てめえは!? どこから湧いてきやがった?」


男たちが殺気立つ。


「―おっと、動くと殺すぞ」


エーヴに一歩遅れて現れたのは…


「……バスティ!」


「ふざけるな!」


サンドラの叫びと男たちの喚き声が重なった。男たちは剣を抜いてバスティアンに斬り掛かってきた。軽くかわすとひらりと舞うような動きで剣を振るった。男たちは、バタバタと倒れる。


それを見て、小男が仲間を見捨てて逃げ出す。


「待てや!」


バスティアンは、追いかけた。脚が早い。あっという間に追いつき剣を浴びせる。小男は振り向きざま剣を振るった。剣同士が弾き合う。二人は、対峙したまま動きを止めた。


「……サンドラ。ごめん。ごめんっ」


エーヴは、バスティアンたちには構わず、サンドラを抱き起こしてすがりついていた。青い瞳から涙が滂沱と溢れている。


「エーヴ…。どうしてここにいる…?」


「あんたがいなくなった、って聞いて、追いかけてきたに決まってるじゃんか」


「私は…エーヴに会わせる顔がない」


「違うよ! サンドラは悪くない」


「エーヴとバスティのこと、知らなくて、私―」


「だから、それはウソなんだよ!」


「え…ウソ…?」


すぐには飲み込めず、サンドラは、呆然とした。


「ごめん、サンドラ! あんたが誤解して話してるのを聞いて、つい付き合ってるなんてウソついちまったんだ」


「ウソ…付き合っていないのか?」


「んなワケないだろ。バスティは、あんたに惚れ切ってるんだから」


「そう…だったんだ…」


サンドラは、全身の力が抜けた。もっとも、痺れ薬が効いていてどのみち力は入らなかったが。


「私の…早とちりだったんだ…」


「ごめん、ほんとにごめんよぅ」


エーヴは、サンドラの胸の中で泣き崩れた。


「―泣くなよ、エーヴ。私は何とも思っていない」


「……怒ってるだろ? わたしのことなんか、嫌いになったろ?」


「怒ってないし、嫌いにもなってないよ」


「ほんとう?」


「ああ。本当だ。私たちは、親友だろ?」


「わあ〜っ、サンドラーっ!」


エーヴは、恥も外聞もなく大声を上げて泣いた。まるで子どものように。


「―サンドラさま。お迎えに上がりました」


そこへ、スッと跪く者がいた。


「……お前は、ファニー…?」


元盗賊のファニーだった。確か、シルヴィア命名の煌豹団という諜報団を率いているはずだ。そのファニーがここにいる、ということは…


「シルヴィアさまか…?」


「はい。シルヴィアさまからの帰還命令でございます。何卒、リシャールへお戻りくださいますよう」


シルヴィアには早晩知られるとは思っていた。だから、できるだけ遠くへ行こうと思ったのだ。しかし、予想以上にシルヴィアの動きは早かった。いや、ファニーが優秀ということなのかもしれない。


「―シルヴィアさまにも知られちまったか」


バスティアンが、のんびりとした口調で言った。


「バスティ! 無事だったか」


「この人たちが助太刀してくれたんでな、あのクソ野郎は今頃地獄で悪魔とダンスしているさ。―サンドラ」


バスティアンは、態度を改めた。真っ直ぐサンドラを見つめる。


「今回のことは、全部俺の落ち度だ。誰も悪くねえ。お前にはっきりと気持ちを伝えなかった俺が、全部悪い」


「バスティ…」


「サンドラ。愛している。お前のことが好きなんだ。結婚を前提に俺と付き合ってくれ」


途端、どっと感情が溢れてきた。


(やっぱり、私はバカだ)


なぜ、信じなかったんだろう。彼は、初めから真摯に向き合ってくれていたのに。


今度こそ、彼を信じよう。何があったとしても。


「……こんな私で良かったら、こちらこそ、よろしく頼む」


「よっしゃあ〜!」


バスティアンが雄叫びをあげてガッツポーズした。


「ありがとう、サンドラ! 大事にするよ!」


バスティアンは、はしゃぎ回った。


「子どもかよ…」


サンドラは苦笑いを浮かべた。


「―さあ、帰ろう。俺たちの家へ!」


バスティアンは、サンドラの両手を引いて立ち上がろうとした。しかし、サンドラは、動こうとしない。


「サンドラ…?」


「……ごめん、バスティ。痺れ薬がまだ効いていて、動けないんだ」


「俺の方こそ、ごめん、気が利かなくて」


一瞬、しょげ返るが、すぐにニヤッとした。そして、ヒョイっとサンドラを背中におぶった。


「バ、バスティ! 何するんだ!?」


「俺が背負って連れ帰るよ」


「や、やめろ、恥ずかしいだろ」


「構うもんか。―さあ、帰るぞ!」


冬の日差しが暖かく二人を包んだ。


まだまだ、冬は長い。しかし、一足早く恋人たちに春が訪れたようだった。

【裏ショートストーリー】

ファニー「サンドラさまを確保いたしました!」

シルヴィア「にゃっ!? ほんとう?」

ファニー「エーヴさまとバスティアンさまも都合よく同伴されていましたので、ついでに煌豹団でお守りしつつ、こちらに向かわれております」

シルヴィア「やった! ありがとう、ファニー。やっぱりできる女だと思ったわ!」

サイノス「……自慢げに俺たちを振り返るな、セリーヌ」

シルヴィア「だから、あたしの言った通りだったでしょ?」

ミラベル「セ、セリーヌは、ひ、人を見る目があるね」

シルヴィア「ありがと〜。褒めてくれるのは、ミラベルだけなのね」

ジュスタン「参った。セリーヌには恐れ入ったよ」

サイノス「前言は取り消す。ファニーは、立派な俺たちの仲間だ」

シルヴィア「みんなも納得してくれて、嬉しいわ」

ミラベル「エ、エーヴも見つかって、よ、良かった。や、やっぱりサンドラを、さ、捜しにいってたのね」

シルヴィア「いい、みんな? サンドラが帰ってきても、感情的に怒っちゃダメよ」

サイノス「わかってる」

シルヴィア「いつも通りに接してあげてね。サンドラが気まずい思いをしないように」

ジュスタン「しつこいよ、セリーヌ。ちゃんと温かく迎えるさ」

シルヴィア「ああっ…! 早く帰ってこないかしら。言いたいことが山ほどあるわ!」

ジュスタン「……セリーヌが一番感情的になってるじゃないの」

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