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第86話 真心とウソ

「―どうも可怪しいと思ってたんだよ」


暖かい暖房の効いた部屋へ戻ってきたシルヴィアは、これまでの経緯を包み隠さずリオネルに打ち明けた。リオネルはシルヴィアの告白を静かに聞いていた。時折うなずいてもいた。どうやら心当たりがあるらしい。


「最近、図書館にこもることが多いと聞いていたし、この前は、妙に精のつく料理ばかり出てきたろ。いったい今度は何を始めたのかと気を揉んでいたんだ」


「そうだったのですね…」


始めからリオネルには、不審がられていたようだ。もっとも、()()()人ならば、シルヴィアの挙動不審は当然気がつくだろうが。


「挙句の果てに、今夜は、その奇天烈な格好だろ? ほんとにお前は、何をしでかすか、わからんな」


「奇天烈、って…。これだって、一生懸命考え抜いて既存のドレスからあつらえたんです」


「確かに刺激的だけど、だからってすぐ欲情するかよ。むしろ、下品だと思わないのか? まるで、安っぽい娼婦みたいだぞ」


「……ごめんなさい」


がっくりとうなだれた。愛する夫に安っぽい娼婦と言われて、ショック極まりない。良かれと思ってやったことが、すべて裏目に出てしまった。


「まったく…。マノンもマノンだ。お前がついていながら、なぜ止めなかった」


「申し訳ございませんっ。むしろ、シルヴィアさまを煽ってしまいました。シルヴィアさまは悪くありません。すべて私の責任でございます!」


マノンは、深々と頭を下げた。マノンにならってコレットも、床に届くのではないかと思うほど頭を下げた。


「……まあ、仕方がない。これ以上、説教するのはやめるよ。元はと言えば、義母上の一言から始まったことみたいだし」


朝賀の儀で倒れた際、皇妃アレクシアから妊娠を疑われた。皇子の嫁としての責務について釘を刺された。その焦りがこの結果を招いたことは間違いない。


「でもなあ、シルヴィア。これだけは言わせてくれ」


真剣な眼差しが向けられた。シルヴィアは、それを真っ直ぐ受け止めた。


「俺は、お前を大事に思ってる。心の底からだ。お前の意思に反して無理矢理抱こうとは思っていない。これまでは、タイミングが合わなかっただけだ。それをお互いに強制するような形にはしたくない。わかるな? 俺の言ってる意味が」


「……はい、旦那さま」


「自然なままがいい。シルヴィアも、今まで通りにしていてくれ。何も気負う必要はない。何があろうと、お前は俺の妻なんだから」


「はい…はい、旦那さま」


また涙が溢れてきた。リオネルの優しさが心に染みてくる。


「もう泣くなよ。お前が悲しそうにしていると、こっちまで悲しくなってくる」


「ごめんなさい…」


「―よしっ、この話は、もう終わり!」


リオネルは、殊更明るく振る舞った。


「コーヒーを飲み直そう。マノンたちも一緒に飲もうぜ。ミルクコーヒーだっけ? あれ、気に入ったよ」


「はい…。すぐご用意いたします」


シルヴィアは、涙を拭って立ち上がろうとした。そこへ、慌てたようにリオネルが声をかけた。


「あっ、その前に一つお願いがあるんだがな」


「はい。なんでしょう」


「……その服、着替えてくれないかな。落ち着かなくてしょうがねえ」


ちらちらとシルヴィアの胸元に目を向けながら照れたように頭をかく。その様子がとても可愛らしくて、思わず吹き出してしまった。


「ふふっ。わかりました、旦那さま。少々お待ちください」


泣き笑いを浮かべながら、そそくさと立ち上がった。


(焦ることなんて何もない。リオネルを信じていればいいんだわ)


シルヴィアは、どこか晴れ晴れとした気分だった。


(だって、あたしが選んだ夫なのだから。あたしの…運命の人なのだから)


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


サンドラは、兵舎の食堂で一人、昼食を取っていた。


しかし、さっきからサラダをつついているだけで、一向に食が進まない。


(……なんで、二人でいたんだろう)


先日、街でバスティアンとエーヴが楽しそうに歩いているのを目撃した。アクセサリー店の小袋をエーヴは持っていた。買い物をしたのに違いない。


(誰の…? 自分で買ったのか? それとも―)


(……デート、だったのかな)


考えてみれば、サンドラはバスティアンとお付き合いをしているわけではない。バスティアンが日頃から気にして、暇を見つけては話しかけてきてくれているだけだ。


てっきり、好意を持ってくれているのだと思い込んでいたが、一人でいることが多いサンドラを見かねて、話し相手になっていただけかもしれない。


勝手に自分で盛り上がって、勝手に勘違いして浮かれてしまった。


(バスティアンとエーヴが付き合っていたって、私がどうこう言える立場じゃない)


それなのに、どうしてだろう。こんなに心がザラザラするのは。イライラして、今にも叫び出しそうだ。


「―サンドラ!」


そこへ、声をかけてきた人物がいた。


「エーヴ…」


エーヴは、トレイを持ってサンドラの前の席に座った。


「サンドラも今から昼メシか? 中隊長は辛いよな、隊員優先にしちまうから、どうしてもわたしたちは食い物にありつけるのが遅れるぜ」


「……」


「―どうした? なんか元気ないな」


「いや、別に…」


「そうか…」


エーヴは、ちらっと様子を見ただけで、深くは聞いてこなかった。


「……冬が終われば、いよいよルメール戦だな。それまでに隊をできるだけ仕上げなきゃなんねえ」


「……」


「セリーヌのやつ、忙しいんだかなんだか知らねえが、最近調練を見に来ねえし、わたしたちがしっかり―」


「―バスティアンはっ!」


「えっ!?」


エーヴを遮るように、声を張り上げた。しかし、すぐに後悔した。今更、エーヴに確かめてどうするのだ。


「……いや…バスティアンは今、どうしてる?」


「やつなら、小隊の連中と反省会してる。午前の調練がメタメタだったから。指揮するバスティが何を浮かれてるのか、メタメタだったからな」


(浮かれてる…エーヴと付き合うのが、そんなに嬉しいのか…)


「……どうせ、エーヴのことでも考えてたんだろう」


「は? 何のことだ?」


「お前、バスティアンと付き合っているんだろう?」


「えっ…!?」


やめようと思った。こんなこと、聞いても自分が惨めになるだけだ。それなのに、一旦話し出すと止まらなくなった。


「見たんだ。仲良くアクセサリー屋から二人が出てくるところを」


「ち、違う! わたしたちは、付き合ってなんか―」


「隠さなくてもいい。プレゼントの袋も持っていたし、そのあとレストランにも入っていったし。……デートだったんだろ?」


「……」


「それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに」


(もっと早く言ってくれれば…こんな気持ちにならずにすんだのに…)


「―ああ、そうだよ。わたしたち、付き合ってるんだ」


「―!」


「いやあ〜、参ったなぁ。見られてたかぁ。ほら、中隊長と小隊長が付き合ってると知れると、士気に関わるだろ? だから、黙ってたんだよ。ごめんな、サンドラにも内緒にしていて」


「……」


「バスティから誘ってきたんだよ。でさ、プレゼントもらっちゃった。可愛いネックレス。あいつ、可愛いとこあるよな。明日の休みにも、デートの約束してるんだ。でさ―」


ガタン、と椅子が大きな音をたてた。サンドラが立ち上がっていた。


「サンドラ…!?」


無言のまま、逃げるようにして食堂を後にした。涙が勝手に溢れてきた。


(―バカっ。バカ、バカ、バカ! 私の大バカっ!)


流れる涙を拭おうともせず、サンドラは夢中で走り続けた。どこへ向かっているのか、自分でもわからなかった。




一方。残されたエーヴは…


「―あーっ、バカ、バカっ……わたしは、バカだ〜…」


頭を抱えていた。傍らには手付かずの食事が置かれたままである。


「……なんで、あんなこと言っちゃったんだろ」


指の爪を噛み始めた。しばらく噛み続けると、突然立ち上がって食堂を走り出した。後ろを振り返りもせず、夢中で走り続けた。

【裏ショートストーリー】

ミラベル「ね、ねえ、サイノス。サ、サンドラどこにいるか、し、知らない?」

サイノス「サンドラ? 知らないな。中隊にいるんじゃないのか」

ミラベル「ご、午後、わたしの中隊と、も、模擬戦やる予定だったの。で、でも、サ、サンドラが来なくて、け、結局流れちゃった」

サイノス「ふ〜ん。まじめなサンドラにしては珍しいな。仕事をすっぽかすなんて」

ミラベル「し、心配だわ。サ、サンドラの身に、な、何かあったんじゃないかな」

サイノス「……あっ、エーヴ。いいところへ」

エーヴ「よう、サイノス。相変わらず不景気な顔してんな」

サイノス「うるさい。生まれつきだ、放っとけ」

ミラベル「そ、そうじゃないでしょ。サ、サンドラのことでしょ」

エーヴ「……サンドラがどうしたって?」

ミラベル「い、いなくなっちゃったの」

エーヴ「……!」

ミラベル「エ、エーヴ、知らない? ……あっ、どこへ行くの!?」

サイノス「なんだ、あいつ? いきなり血相変えて」

ミラベル「き、きっと、何かあったんだわ。サ、サイノス。ジュ、ジュスタンを呼んできて。急いで! サ、サンドラを捜すのよっ!」

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