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第74話 文学少女とアプローチ

コーヒー豆を手に入れ、専売契約も勝ち取った。密輸事件に巻き込まれはしたが、無事目的を達したシルヴィアは、意気揚々と皇都リシャールへと帰還した。


出迎えたコレットから、留守中に面会の申し出があったことを聞かされた。先日、風見鶏と共に謝罪に訪れたセシルであった。


「そういえば、一人で私と会いたいと仰っていたわね。―ガブリエル殿下とのお約束は、いつだったかしら?」


「二日後でございます」


コレットも侍女が板に付いてきた。スケジュール管理もバッチリである。


「そう…。もしセシルさまの都合が良ければ、今日、お会いするわ。コレット。ご足労だけど、お伺いしてきて」


「はい、シルヴィアさま」


「―よろしいのですか」


胸を張って出て行くコレットを見送りながら、マノンが心配そうに尋ねる。


「カルパンチエから戻られたばかりでお疲れでしょうに。少しお休みになられてからでも遅くはございませんよ」


「私なら大丈夫よ。心配してくれてありがとう。セシルさまとのお付き合いは、大事にしたいの」


「シルヴィアさまがそう仰るなら。でも、ムリはなさらないでください」


「ええ。わかっているわ」


「―シルヴィアさま」


そこへ、コレットが戻ってきた。


「あれ? ずいぶん早いじゃないの。どうしたの?」


マノンが眉をひそめた。もしや、何か粗相でもやらかしたのか。


「それが、途中でばったりお会いしたのです。ご都合をお伺いしたら、すぐにでもお会いしたいとのことでしたので、お連れいたしました」


「あらっ、すぐお通しして」


シルヴィアに促されて、コレットはセシルを招き入れた。


「―妃殿下。ご機嫌よう」


「セシルさま。よくおいでくださいました」


挨拶を交わすと、椅子へ(いざな)う。


「お疲れのところを押しかけてしまい、申し訳ありません、妃殿下」


「いえいえ。こちらこそ、留守にしてしまいごめんなさい。一度、お訪ねいただいたとか」


「私の方こそ、お忙しいのにいきなり訪ねてしまって。カルパンチエへいらっしゃったそうで」


「そうなんです。帝国一の港町とお聞きしていたのですが、聞きしに勝る繁栄ぶりでしたわ」


「―失礼いたします」


マノンがお茶を持ってきた。


「ありがとうございます!」


セシルは、マノンに微笑んだ。とても愛らしい、可愛い少女である。


「―妃殿下。こう申しては身の程知らずも甚だしいのですが」


セシルは、居住まいを正した。


「私、妃殿下に憧れているのです」


「あら、それはありがとう」


「冗談や追従ではありませんよ。妃殿下の数々のご活躍を耳にする度、胸を躍らせていました。まるで物語のヒロインが現実に現れたようだと」


「それは申し訳ないわ。現実は、こんなただの可愛い猫耳族の女の子で」


「―!」


セシルは、一瞬、言葉を詰まらせた。


「……妃殿下は、とても…その…明るい方なのですね」


「印象と違ってらした?」


「……いえ。ますます好きになりました!」


「まあ…」


シルヴィアは、にっこり微笑んだ。太陽のような微笑みである。セシルは、うっとりと見つめた。どこか遠い世界へ漂っているような表情だったが、やがて現実に戻ってきたらしく、ハッとしたかと思うと、真っ赤になってうつむいてしまった。


「―た、大変、失礼いたしました。妃殿下に対し、好きなどと畏れ多いことを…」


「いいえ。とても嬉しいわ。初めてお会いしたときからセシルさまは、私に優しく接してくださって、感謝しているのよ」


「―お茶会では本当に申し訳ありませんでした。妃殿下がお出でになると伺ったので出席したのです。あのような趣旨の会だとわかっていれば、出席しませんでした」


「本当に気になさらないで。私も気にしていないから」


「妃殿下は、まさに理想のお方です。強くて、優しくて、お心が広い。謙虚で、慎み深く、慈悲深い」


「ちょっと待って、セシルさま―」


「結婚披露パーティーでのリオネル殿下とのダンス、会場で拝見しておりました。とても素敵でした」


「その話はやめて。恥ずかしいわ。穴があったら入りたいくらい」


「どうして? お似合いのカップルでしたよ。妃殿下の華麗なお姿はまさに地上に降りた女神そのものでした」


「私、ダンスは苦手なの。あれだって、ダンスの先生について必死に覚えたのよ」


控えるマノンにちらっと視線を投げた。マノンは口元を覆って笑いを堪えている。


「妃殿下は真面目でいらっしゃる。あれほど見事な技倆をお待ちながら、更に高みを目指して努力なさっておいでなのですね。そうかと思えば、先ほどのようなお茶目な面もある。物語の中にしか存在しないようなスーパーヒロインですわ」


「本当にやめて、セシルさま。いくらなんでも言い過ぎ。かえって恥ずかしくなるわ」


「とんでもない! 妃殿下に接した方は皆、そう思うに決まっています」


「……セシルさまは、読書好きと伺いました。もしかして、ジャンルは物語が好きなのかしら?」


これ以上の褒め殺しは身が持たない。なんとか話題をそらせたい。


「はいっ。特に冒険譚が好きです。セリーヌ女王の『ガゼルの聖剣物語』なんか、何回も読みました」


「古代王朝のセリーヌ・ブルボンが女王になる前に竜退治をしたという、あれね?」


マノンと目を見交わして苦笑いする。こんなところでよもやセリーヌの名を聞くとは思わなかった。


「セリーヌさまは、太陽のように明るい方で、いつも周囲を明るく照らしていたといいます。妃殿下にぴったりではございませんか」


「ははは…」


結局、そっちへ話が戻ってきてしまう。


エーヴを始め軍の同期からは太陽のようだと言われ、隊旗にデザインまでしてしまうほどだ。意図したわけではないが、結果的に伝説の女王の名の通りになってしまった。


「……憧れます。私には到底無理ですもの。宝剣を取っては敵をバッタバッタと斬り伏せ、王笏を執っては世を平らかにする。女神さまに選ばれし神の器ですわ」


セシルは、撫子色の瞳を潤ませた。


誰しも一度は憧れるのではないだろうか。物語の主人公のようになりたい、と。しかし、大人になるにつれ現実を突き付けられる。己はなんら特別ではなく、その他大勢端役の一人に過ぎないのだ。


「セシルさま。何も特別な力を持った者だけが主人公ではありませんわ。誰もが自分の人生の主人公なのよ。あなただって、セシル・ユゴーという主人公の物語を生きているのだから」


「……慰めていただいてありがとうございます。でも、自分のことは自分が一番よくわかっていますわ。私は表舞台に立つ人間では、ありません。だからこそ、観客席から妃殿下を応援したいのです」


撫子色の瞳が、うるうると見つめてきた。


「ありがとう。そう言っていただけると、力が湧いてきます」


「ミレーユさまやリゼットさまに負けないでください。私、精一杯、妃殿下を応援します!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「サンドラ!」


「―またお前か」


兵舎の食堂で遅い昼食を取っていると、バスティアンとばったり出会った。


「今、お昼ご飯?」


バスティアンは、さも当然のように隣に座ってきた。少し身をずらす。


「俺も食いっぱぐれて、今からなんだよ。やっぱり気が合うなあ」


「……」


「エーヴのやつ、俺への当たりが強くてさ、参るよ。調練でも、やたら俺を狙ってくるし」


「いつもヘロヘロしてるからだろ」


「ひでえな。いつも真面目に取り組んでるぜ。いっちゃあなんだが、小隊の中じゃ俺が一番強いんだよ」


「……小隊長に選ばれたそうだな」


今、リオネル軍は再編中である。常備軍の膨張で、シルヴィアたち隊長の名称を大隊長と改めて、正式に小隊長制度を取り入れた。


天馬隊はというと、50人からいきなり5百人になった。そこで、小隊長の5人を中隊長に引き上げて百人隊とし、更にその下に小隊長を置いた。小隊が10人なのは変わらない。


初期メンバーの50人から小隊長に選ばれた者も多いが、そこはシビアな実力主義のリオネル軍である。全員がなれるわけではなく、いわば新参のバスティアンのようなものが小隊長になった例も少なくない。


「まあな。そのうち、サンドラに追いついてみせるぜ」


「……」


あまり反応がないサンドラを、バスティアンはちらっと横目で見た。


「……そういや、もうすぐフレイモスだな」


「……」


「―なあ、サンドラ。もし良かったらフレイモスの日に、食事に行かないか。美味しいレストランを見つけたんだ」


「……悪いが、その日はエーヴたちと飲む約束をしている」


「へえ。中隊長たちとか。5人で? 仲が良いんだな」


「……」


「だったら、俺も参加していいか?」


「えっ…!?」


「俺だって小隊長だし、中隊長たちと親睦を深めるいいチャンスだ」


「で、でも―」


「よし! 決まりっ。じゃあ、当日よろしくな」


「ち、ちょっと待て―」


戸惑うサンドラを残して、バスティアンはさっさと行ってしまった。残されたサンドラは、ただ呆然とするばかりだった。

【裏ショートストーリー】

マノン「セシルさまには、驚かされましたぁ。シルヴィアさまが別れ際に抱きしめて差し上げたら、『この服は、生涯洗いません!』、って、仰るのですものぉ」

シルヴィア「なんというか、印象的な方よね。アニェスさまは物静かな方と仰っていたけど、とてもそうは見えないわ」

マノン 「まったくですぅ。あれは、庶民の間でいうところの、『推し』ですよぉ」

シルヴィア「なによ、それ?」

コレット「好きな人を熱心に支持して応援することですよ。もともとは、舞台俳優さんを熱烈に応援することを『推し』と呼んでいたのですが、一般的にも使うようになったんです」

シルヴィア「へえ。よく知ってるのねえ。それにしても、あそこまで手放して褒められると、身の置き所がなくてかえって困ってしまうわ」

マノン「宮廷に味方が増えるのは良いことだと思いますけどぉ」

シルヴィア「そうなのよね。宮廷で初めて仲良しになった姫君だもの、大事にしなきゃ」

コレット「実は私も、シルヴィアさまが『推し』なんです! だから、同志ができたみたいで嬉しくって」

シルヴィア「あら、ありがとう」

コレット「本当ですよ。そうでなきゃ、押し掛け侍女なんてしませんよ」

マノン「あなたの場合、『推し』じゃなくて『押し』ね」

コレット「……」

シルヴィア「おあとがよろしいようで!」

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