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第7話 料理の達人

それから一週間。エマの地獄の猛特訓は続いた。一日中厨房に籠もり、夜は寝るために自室へ戻るだけ。食事は己の練習品のみ。それも大抵は不味い。


これほどにも美味しい食事を作るというのは、大変なことなのか。朦朧とした頭で料理人に対するリスペクトがいやが上にも増した。


それでも日を追うごとに、罰の腕立て伏せや腹筋、スクワットを課されることが少なくなった。最後には、ほとんどそれもなくなった。つまり、料理の失敗がなくなったということだ。


「……まあまあだな」


魚のムニエルの味見をしながら、エマはうなずく。


「細かいことを言ったらキリがないが、これなら合格を出せる」


「……ありがとう、ございます」


やつれた顔で、シルヴィアは弱々しい笑みを浮かべた。エマは鉢巻を外した。


「卒業です、シルヴィアさま。よく頑張りました」


ニッコリ微笑む。


「正直、たった一週間でここまで腕を上げるとは思っていませんでした。私の指導に最後までついてこられる方なんて、そうそういませんから」


「……で、しょうね」


「今日のお昼でしたよね、皇妃陛下にお食事を供するのは」


「はい…」


「どうしました? 元気がありませんが」


(そりゃ、そうだよ! あんたのスパルタのせいじゃんか)


しかし、そんなことはおくびにも出さず、


「陛下を満足させられるか、心配で…」


「大丈夫! 充分標準はクリアしていますから。自信を持って!」


「……頑張ります」


とにかく、全力を尽くすしかない。シルヴィアはアレクシアの試験に臨んだ。


試験会場は、厨房だった。アレクシアの目の前で作るのだ。替え玉不正を防ぐためである。アレクシアは、調理台の横にテーブルを持ち込み、じっとシルヴィアの奮闘を観察していた。背後には四人の侍女を従えている。


まずは、シュークルートのサラダで攻め込む。アレクシアは初心者の攻めなど軽く受け止め、無言で口に運ぶ。


緊張の面持ちでシルヴィアは両手を揉んだ。アレクシアは何も感想を述べない。全て平らげると、ジロっと睨んだ。


(ひーっ!)


何を言われるかと、身体を固くする。


「……何をしている? 次の料理は無いのか?」


「にゃっ!?」


「前菜で終わりなのか、と聞いているのじゃ」


「―は、はいっ。準備いたしますっ」


(不味く…は、なかったのよね?)


次のスープに取り掛かりながら呟く。落第なら、サラダで既にダメ出しが出ているはずだ。二品目を所望するということは、少なくとも悪くはなかったのだろう。


ドキドキしながら、かぼちゃの冷製スープで一太刀浴びせる。渾身の一撃をものともせず、アレクシアは、またしても無言で一口一口、味を確かめるようにじっくりと味わう。


暑い季節ではないのに、汗が背中をじっとりと流れる。


「……次っ」


「は、はいっ。畏まりましたっ」


続けてメイン料理を用意する。今朝も作った舌平目のムニエルである。一撃必殺で繰り出す。アレクシアは、優雅にナイフとフォークで迎え討った。


「……」


傍目には、料理を堪能しているように見える。固唾を呑んで見守る。


「―次」


「も、申し訳ありませんっ」


シルヴィアは、頭が床に届くのではないかというくらい、頭を下げた。


「ここまでしか、覚えられなくて…もうご用意できないのです。申し訳ありません、陛下」


「そうか…。それなら、もうよい」


アレクシアは冷たく言い捨てた。


(やっぱり、ダメ…なのかな)


リオネルの悪魔化を止めるために、わざわざ嫁を差し替えてでも人間族の国へ乗り込んできたというのに、一週間やそこらで帰されるのか。


「―いつまでそうしているつもりじゃ? 話しづらいではないか」


「にゃっ…?」


恐る恐る顔を上げる。


「料理を始めて一週間。初心者にしては、まあまあの出来じゃ」


「……!」


「細かいところを言えばキリがないが、充分美味しかったぞ」


エマと同じようなことを言う。


「そ、それじゃ―」


「ああ。合格じゃ。ベルトラン家の嫁として認めよう」


「やったぁーっ!」


思わずアレクシアに抱きついていた。


「ありがとうごさいます、陛下っ」


「包丁も握ったことのない娘が、たった一週間でよくここまで頑張ったな。大変な努力を積み重ねたのであろう。味はともかく、その姿勢は買うぞ」


「……っ」


涙が溢れて止まらない。


「今後も精進することじゃ。そちは栄えあるベルトラン家の嫁なのだから」


「はい…はいっ。―陛下、大好きっ!」


アレクシアの頬にキスをした。


「これっ。調子に乗るのではない。皆に認められるには、まだまだ力不足にもほどがあるのじゃぞ」


「私、頑張りますっ。誰からも認められるように」


「―さあ、まずは最初に認めてくれた方にお礼を言わなければならぬな」


「にゃっ!?」


「外で待っているのであろう? そちの料理の先生が」


「どうしてそれを……」


「それくらい、知っておる。さ、お礼を兼ねて合格したことを伝えてきなさい。心配しているであろうから」


「はいっ。―陛下は怖い方だと思っていました。お顔に似ずとてもお優しいのですね」


「なにっ―!」


「それでは、失礼いたします!」


唖然とするアレクシアに膝折礼をすると、厨房を飛び出した。


「エマさまっ!」


廊下でそわそわと歩き回っていたエマに飛びついた。


「合格よっ」


「それは良かった!」


エマの顔がパァっと明るく輝いた。


「陛下に嫁として認めていただけたわ。これもみんな、エマさまのおかげよっ!」


「とんでもございません。全て、シルヴィアさまの努力の賜物ですわ」


「ありがとう…ありがとう!」


シルヴィアは、巨大な胸の中で泣きじゃくった。


「まあ、子どもみたいですよ、シルヴィアさま」


「あたし、嬉しいの。努力は報われるんだって、一生懸命やれば、人に認められるんだって…信じて良かった」


「きっと、天空の女神フレイさまが見守ってくださったんですよ」


「……なんか、ホッとしたら、急に…眠く…なっちゃっ…た…」


「シルヴィアさま!?」


全体重がエマにのしかかってきた。ガッシと抱きとめる。


「……こんな所で寝ないでください!」


早くもスースーと寝息を立てている。


「仕方ないわね」


苦笑いを浮かべる。


「―本当にお疲れさまでした」


一度強く抱きしめると、ヒョイッと持ち上げお姫さま抱っこをした。シルヴィアは、胸の中で丸くなる。


「……ふふっ。本当に子猫みたいだわ」


寝顔を覗き込むと、スタスタと歩き始めた。


17歳で見知らぬ他所の国に嫁いできて、まだ一週間。心を許せる相手もいないだろう。ずっと緊張しっぱなしなのに違いない。


「―シルヴィアさま!?」


エマがシルヴィアを抱いて部屋へ入ると、マノンが悲鳴を上げた。


「どうなさったのですか!?」


「疲労で眠っておられるだけですよ」


「―なぁんだ」


マノンは、ホッとため息をつく。


「とりあえず、ベッドに寝かせま―」


エマは、ベッドの上に座っているフランベルジュ気がつく。


「ユ、ユニコーン!?」


驚愕のあまり、シルヴィアを取り落としそうになる。


「シルヴィアが倒れたの?」


フランベルジュと目が合う。


「な…な…」


震えて動けない。


「ちょっと、兎脚族のキミ。早くシルヴィアをベッドに寝かせなよ」


「―は、ははっ」


エマは、シルヴィアをそっと寝かせた。全く目を覚ます気配がない。


「ユニコーンさまっ」


エマは、フランベルジュにひざまずいて頭を垂れた。


「高貴なるお姿を拝し奉り、一生の誉れにございます」


「ひざまずくのはやめて。侍女が見てる」


「しかし…」


「今後がやりにくくなるから、自然に振る舞ってよ。例え人間族にボクの言葉が聞こえなくてもさ」


「ははっ」


ようやく立ち上がった。


「まさか、シルヴィアさまにユニコーンさまが付き添っておわすとは」


「ボクの名前はフランベルジュだよ」


「ははっ。フランベルジュさまが見込まれたということは、シルヴィアさまは神の器なのですか?」


「―しっ。その話は後で」


フランベルジュが制したちょうどそこへ、マノンが濡れたタオルを持ってきた。シルヴィアのおでこに乗せる。


「……よく寝てらっしゃる」


マノンがエマに振り返る。お人形のような微笑みを浮かべた。


「シルヴィアさま付きの侍女、マノンと申しますぅ。料理の先生のエマさま、で、いらっしゃいますね」


「―エマ・デシャンと申します」


「シルヴィアさまから伺っておりますよ。この度は、シルヴィアさまのためにご尽力いただき、誠にありがとうございます」


「いえ。私など、大したお力にもなれず、恐縮しております」


「ご謙遜を〜。エマさまのご指導のおかげで、料理の腕が上がった、とシルヴィアさまが感謝しておりました」


「そうですか。少しでもお役に立てたのであれば、なにより」


「あとは当方で看病いたしますので、エマさまは、お休みください」


マノンは、いかにも純真無垢といった笑顔を向けた。


「―では、後はお願いいたします」


名残惜しそうにフランベルジュを見やると、エマは静かに退室していった。


彼女を見送ったマノンが振り向いた。笑顔を消し、シルヴィアを覗き込む。スヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。


しばらく寝顔の()()を続けていたが、ふいにフランベルジュを見た。無言でニッコリと微笑む。そして、おでこに乗せたタオルを取ると、パタパタと離れていった。

【裏ショートストーリー】

アレクシア「シルヴィアという娘、根性だけは有りそうね」

侍女長「左様にございますね」

アレクシア「久々に鍛え甲斐のある娘だわ」

侍女長「……陛下。あまりやり過ぎますと、リオネル殿下に叱られますよ」

アレクシア「どうしてよ。ベルトラン家は男ばっかりでつまらないのだもの。アニェスどのには、とっくに全てを教えてしまったし」

侍女長「アニェス殿下は、そういう意味では天才でいらっしゃいました」

アレクシア「あの子が元気なら、ベルトラン家の将来も安泰なのだけど」

侍女長「……まさか、アニェス殿下の代わりに皇帝家の支柱になさろうというのでは…」

アレクシア「別に…何も考えてはいないわ」

侍女長「そこまであの猫耳族の姫君を見込まれましたか」

アレクシア「私は、そんなこと一言も言ってない。ただ、ベルトラン家の将来を案じているだけで…」

侍女長「素直でないところは、リオネル殿下にそっくりでございます」

アレクシア「私は…あの子の親じゃないわ」

侍女長「母親同然にお育てになりました」

アレクシア「あの子は…私のことを母親とは思っていないわ」

侍女長「……」

アレクシア「あの子の心には、今も…」

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